第52話 リヴァイアサンの「サン」は敬称の「さん」だと思っていた小学生時代


「こいつはやべぇぞ……全員、戦闘準備!!」


 ダニエルの声に反応し、オーガ達がオールを投げ捨て背中に背負っていた武器を取り出す。しかし、オーガ達が持っているのは斧やら槍といった近接戦闘用の武器。大海原にいるリヴァイアサン相手に有効だとはとても思えない。


「てめぇら!モリだ!!モリを投げつけろ!!」


 それを理解しているダニエルが近くに置いてあったモリを投げつけながら指示を出す。


「投げれるもんは全部投げつけろ!後は海の王様が撤退するのを神に祈れ!!」


 オーガ達が甲板にある樽やら木箱やらを力一杯投げつけた。だが、リヴァイアサンは全く意に介していない様子。

 このままではまずい、そう判断したセリスが勢いよく前に出る。そして、左右に上級魔法トリプルの同じ魔法陣を二種ダブルで構築した。


「“二重の燃え盛る散弾フレイムガトリング・ダブル”!!」


 セリスの複合魔法により、二つの魔法陣から無数の炎の弾丸がリヴァイアサンに向け発射される。だが、ここは海上であり、洪水のような雨も降っている。炎の威力は否が応にも減衰し、リヴァイアサンに対する有効打にはなり得ない。


「ギャオオオオオウ!!!」


 リヴァイアサンは雄叫びをあげると海中から尻尾を出し、海面に思いっきり叩きつけた。その瞬間発生する船を飲み込むほどの大津波。ダニエルはあまりの規模の大きさに思わず息を呑んだ。


「まずい!」


 いち早く反応したセリスが船全体を包み込むように魔法障壁を張り巡らせる。己の魔力を障壁として具現化する魔法障壁は、その面積が広くなればなるほど、当然耐久力も落ちるのだが、襲いかかってくる波から船を守る程度であれば問題なく機能していた。


 自身の発生させた波で転覆すると思っていた船が健在であることを見たリヴァイアサンは、目を細めると大きく口を開き魔法陣を構築する。船を飲み込むほどの巨体であるリヴァイアサン、その魔法陣も規格外に巨大なものであった。


「あれは……水属性の最上級魔法クアドラプル!?」


「おい、やべぇぞ!!あんなの喰らったら船がひとたまりもない!!」


 セリスが驚きに目を見開く隣で、ダニエルが焦ったように声を上げた。


「なんとか出来上がる前に潰すんだ!!」


 ダニエルがそこら辺にあるものを片っ端から投げつける。他のオーガ達も四の五の言っている暇はないとばかりに、自分の武器や甲板の板などを手当たり次第にリヴァイアサンへとぶつけていった。

 だが、その程度、リヴァイアサンにとって蚊に刺された程度の衝撃。気をそらすこともなく、魔法陣を構築していく。


「くっ……何か有効な幻惑魔法を……!!」


 セリスは必死に頭を働かせるが全くいい案が思いつかない。サキュバスの固有魔法である幻惑魔法は人間を想定して作られた魔法。その体躯が人間から離れれば離れるほどその効き目は薄くなる。

 前にドラゴン相手に使うことができたのはセリスの幻惑魔法使いとしての腕と対象との距離、そしてドラゴンの大きさにあった。あの時はセリスはドラゴンの間近におり、大きさは精々が十メートル。だが、今回の相手はセリスから離れており、その体躯はドラゴンの十倍以上。

 いくら天才的な幻惑魔法の使い手であるセリスといえど、リヴァイアサンに何らかの幻惑魔法をかけることは不可能であった。


 セリスは顔を歪めながら一種ソロ上級魔法トリプルを組成する。


「“螺旋の突風トルネード”!!」


 セリスの魔法陣から発生した竜巻がリヴァイアサンの顔面に襲いかかった。だが、それすらもリヴァイアサンはコバエを振り払うかのように頭を振るだけでかき消す。


「やっぱりこの程度じゃ……!!」


 すぐさま別の魔法陣を構築しようとするセリス。だがそんな時間もうなかった。


「ギャオオオオオガァァァァァァ!!」


 水属性の最上級魔法クアドラプルを完成させたリヴァイアサンは口から水のブレスを吐く。セリスは迫りくる水流に怯むことなく魔法陣の構築を中断すると両手を前に突き出し、自分の身体にある魔力全てを使って強力な魔法障壁を展開した。


 リヴァイアサンのアクアブレスがセリスの魔法障壁と衝突する。その瞬間、凄まじい衝撃波により、船とリヴァイアサンの周りから大波が発生した。


「ぐっ……!!」


 セリスは歯を食いしばりながら必死に魔力障壁を維持し続ける。他のオーガ達は立っていることなどできなく、船に這いつくばりながらセリスを縋るように見つめていた。

 魔力の供給過多によりセリスの腕から血が噴き出し始める。それでもセリスは腕を下ろさず、魔力障壁に魔力を流し続けた。


 永遠とも思えるほど続いたリヴァイアサンのアクアブレスが途切れる。それを確認したセリスは腕をだらりと下ろし、フラフラと身体を揺らした。二人の魔法の衝突により、床に伏せていたダニエルは慌てて立ち上がり、倒れかかってくるセリスの身体を慌てて抱きとめる。


「セリス様!?大丈夫か!?」


「えぇ……それよりリヴァイアサンは?」


「え?あぁ、あいつは……」


 リヴァイアサンを見上げたダニエルはそのまま絶句した。セリスが死に物狂いで防いだあのアクアブレスを、リヴァイアサンは涼しい顔でもう一度放とうとしている。

 セリスもダニエルの雰囲気から状況を察し、その腕から離れると、もう一度魔法障壁を作ろうとし始めた。


「っ!?セリス様無茶だ!それ以上はあんたが死んじまう!!」


「……例えそうだとしても、何もやらなければ結局死んでしまいます」


 セリスの言っていることは正しい。だが、もう碌に手も上がらないセリスが、必死に魔力を練ろうとする姿は痛々しくて見ていられなかった。


「くそっ!野郎ども!!何とかあの化物ブレスから避難するぞ!!」


 ダニエルは甲板に転がっているオールを持つと必死に漕ぎ始めた。他のオーガ達もそれに続く。だが、全員頭では分かっている。あのブレスから逃れる術など何もない。そして自分達が助かる術もない。


 みるみる構築されていく魔法陣を前に、誰もが絶望にも似た表情を浮かべた。


 バーン!!


 そんな空気をぶち壊すかのように、船室へと続く扉が乱暴に開かれる。全員の視線がその音の方に向いた。


 そこには明らかに不機嫌な表情を浮かべるクロの姿があった。


 クロは胡乱な目つきでオールを使って必死に船を漕ぐオーガ達を一瞥し、目の前に魔法陣を構築しているリヴァイアサンに目をやり、ホッとした表情で自分を見るセリスに目を向け、眉をピクリと動かした。そして、ゆっくりと近づいて行くと、セリスの血だらけの腕に優しく触れる。


「"癒しの波動エクストラヒール"」


 即座に回復属性の上級魔法トリプルをセリスの腕にかけた。その瞬間、見るも無残だったセリスの腕は何事もない奇麗な肌へと戻っていく。


「あ、ありがとうございます……」


 セリスがほんのり顔を赤らめながらお礼を言うが、クロはそのまま何も言わずにリヴァイアサンの前まで歩いていった。


「お、おい!指揮官さん!!」


 ダニエルがクロを呼ぶが一切の反応はなし。ダニエルもそれ以上クロに声をかけるのは憚られた。それだけ剣呑とした雰囲気がクロの身体からあふれ出している。


 クロは両手を前に出すとリヴァイアサンのものと遜色ない大きさの魔法陣を三種トリオで構築する。当然すべてが最上級魔法クアドラプル

 あまりの光景にオーガ達が呆気に取られて見ている中、後から組成したにもかかわらず、クロはリヴァイアサンよりも早く魔法陣を完成させた。


「おいクソ蛇」


 クロの口から低い声が発せられる。


「うちの大事な秘書を傷つけてんじゃねぇよ」


 その言葉にセリスが目を見開いた。そんなことには気付かず、クロは三種トリオ最上級魔法クアドラプルを発動させる。作り上げたのは火、水、重力属性。相反する二つの属性を重力魔法が無理やり結び付けた。


「“水蒸気爆発スチームエクスプロージョン”」


 魔法陣から放たれた業火が、同じく魔法陣から生まれた巨大な水球にぶつかる。何も起こらないと思いきや、次の瞬間にはリヴァイアサンの顔ですさまじい爆発が起こった。襲い来る余波から、クロは魔法障壁を張り船を守る。


 まさに一瞬の出来事であったが、海面から出ていたリヴァイアサンが肉片を残して跡形もなく消し飛んだことから、その圧倒的な威力を窺い知ることができる。


「……でかい身体で船の側に出てくんな。揺れんだろう、くそが」


 全員があんぐりと口を開けて自分を見る中、クロは吐き捨てるように言うとスタスタ歩いていき、また船内へと入っていった。そんなクロの背中を見ていたダニエルは引き攣った笑みを浮かべる事しかできなかった。


「魔王軍の指揮官……ははっ、バケモンだな、ありゃ」


 そう呟くと他のオーガ達に視線を向ける。もうこの場にはクロを魔王軍の指揮官と認めない者など誰もいなかった。


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