第49話 秘密はいつの間にか出来ている

 感動の出産シーンを見逃した俺達は、夜明けまで微妙な時間ということで、小屋で時間を潰すことにした。ちょうどお日様が顔を出したあたりでいい感じの睡魔に襲われた俺は、セリスの入れてくれたコーヒーで何とか意識を覚醒させた。


 そういえばミートタウンから戻ってきてから、セリスが全くといっていい程目をあわせてくれない。そんなに途中で寝たことに腹を立てているのか?それなら途中で起こしてくれればよかったのに。……でも、怒っているのとは少し感じが違う気がするんだよなぁ。まぁこういうのは時間が解決してくれるだろ!


 元気よく起きてきたアルカと半分以上寝た状態で朝食を食べた俺は、フラフラした足取りで三度みたびギーの屋敷へと赴いた。



「おう、三日間の視察ご苦労様……ってどうした?ひどい顔だぞ?」


「……気にするな」


 いつもどおり書類を眺めていたギーが、俺とセリスの顔を見て目を丸くしている。多分目の下にできたクマのことを言ってるんだろうな。鏡で見たとき俺自身もビビったくらいだし。


「まぁいい。今日朝一でタバニの奴が俺の所に報告に来た。牧場をずいぶん良くしてくれたみたいだな」


「あー……まぁ……そうだな」


 俺は曖昧な返事をする。オーク達の仕事振りどころか人格まで変えてしまった手前、なんとなく気まずい。


「なんだ?随分歯切れが悪いな」


 ギーは楽しげに指を組み、その上に顎を乗せながら俺に目を向ける。その様子からオーク達が変わってしまった事について、ギーは特に気にしているわけではなさそうだ。

 なら話は早い。牧場の環境が向上したのは事実なんだ。それをネタにさっさと交渉を進めよう。


「いや、別にいい。それよりも……」


「おっやる気満々だな。じゃあ早速次はフィッシュタウンへ赴いてもらおうか」


 ギーが俺の言葉を聞かずに次の仕事を振ってくる。ふん、甘いな。この街が四つのエリアに分かれていると聞いていた俺は、こうなることくらい想定の範囲内だ。


「それはできない」


「ん?なんでだ?この街の視察に来たんだろ?」


 俺がきっぱりと言い切ると、ギーは眉を顰めた。そんな毎回毎回思い通りに事が運ぶと思うなよ。


「この街の視察にもう既にかなりの時間を使っている。確かにこの街にはまだフィッシュタウンがあるが、それはまた後日見ることにする。なぜなら俺は他の街にも視察に行かなければならないからな」


 これが俺の用意していた答え。こちとら魔王軍の指揮官様だぞ?お前の街ばっかかまけてられるかばーか、ってやつだ。だが、正論には違いないはず。


「なるほどな……確かにあんたの言うことにも一理ある」


 ギーが腕を組みながら納得したように頷く。案外素直に受け入れるんだな。まぁこの辺が人間様とトロール風情の脳みその違いって奴だ。そういつまでも使われているだけの俺じゃないぜ!


「で、一つ相談があるんだが……」


「まぁ、ちょっと待て」


 ギーが俺の方に手のひらを向けてくる。なんだよ。俺は早くゴブリンの引き抜きについて話がしたいんだよ。いい加減諦めろ。


「そういえば一つ言い忘れていたことがあってな」


 言い忘れていたこと?どうせ大した話じゃないだろうが。さっさと俺にゴブリンよこせ。


「昨日出産を間近にした牛がいてな。今日無事にその子供が産まれたんだよ」


 は?知ってるよ。花子の事だろ。つーか俺その場にいたし。……なぜか産まれる瞬間は見てないけど。


「実はその牛の事を気にしたタバニが夜中にこっそり様子を見に行ったらしいんだ」


 ……ん?その話は初耳だぞ?


「そしたらなんと、お前さん達二人の姿があったらしいじゃねぇか!タバニは相当驚いたみたいだったぜ?」


「……俺もなんだかんだで気になったからな。花子の側についていただけだ。それがどうした?」


 まさかタバニに見られていたとは……。ギーにその事を知られたのは若干照れ臭いが、別段問題になる事などない。


「まぁ、落ち着けって。なんとなく声がかけづらかったタバニは隠れて様子を伺っていたらしいんだが……お前さん途中で寝ちまったらしいな?」


 ……おいおいタバニ、余計な報告しやがって。こりゃ後でお仕置きだな。

 つーか、ギーの考えていることが全然わからん。牛の様子を見に行って、途中で寝落ちしたという話を聞いて俺が考えを変えると思っているのか?


「話が見えてこないんだが?確かにお前の言う通り俺は寝てしまったが、今その話がなんの関係があるんだ?」


「……もしフィッシュタウンに行ってくれるんであれば、俺はこの話を誰にもしないと約束する」


「はぁ?」


 いやまじでこいつ何言ってんの?そんなんで俺がフィッシュタウンに行くと思ってんの?頭いいキャラでここまで来たんだから貫き通せよ。バカ全開じゃねぇか。

 俺は呆れた表情を浮かべながらギーの顔を見る。


「あのなぁ……その程度で───」


「その話本当でしょうか?」


 ところがどっこい、なんかものすげぇ食いついた奴がいた。俺が驚いて振り向くと、今まで見たことないくらいの真剣な表情で、セリスがギーも睨みつけている。多分付き合いが短いやつでもわかるぐらいの必死さだ。


「あぁ、本当だとも。俺が約束を破らないのはセリスもよく知っているだろ?」


「そっちではありません。タバニさんが夜中に牛舎で私達の事を見ていたという話です」


「……本当だ。まぁ、魔がさすってのは誰にでも起こりうる事だ。それにあの雰囲気、らしくない事をやっちまっても仕方ないっていう話だな」


 いや、魔がさしたっていうか睡魔に襲われただけなんだけどな。それにお前が知らないだけで俺は結構寝落ちするぞ?むしろあんな所で寝落ちしたのは俺らしい行動だといえる。

 つーか、別に秘密にしてくれなくてもいいっつーの。なぁ、セリスさん?


「……わかりました。クロ様、フィッシュタウンに行きますよ」


 セリスさん?


 セリスは俺の手を引き、足早にギーの部屋を出て行こうとする。ちょ、ちょっと待てセリス!おかしい!どう考えてもおかしいだろ!

 出て行く寸前、セリスは足を止め、顔を向けずにギーに声をかける。


「……約束を違えないように」


「だから言ってんだろ。俺は約束を破らないって」


 それだけ確認するとセリスと俺はギーの部屋から退出した。



「お、おい!セリス!ちょっと止まれって!」


 俺を引っ張りながらずんずん屋敷の出口を目指すセリスを懸命に呼び止める。


「……なんでしょうか?」


 セリスは無表情で返事をするがその足を止めることはない。俺はセリスの腕を握り、力任せに歩みを止めた。


「なんでしょうか、じゃねぇよ!なんでギーの話を受けたんだ!?」


「……魔王軍の指揮官ともあろうお方が牛舎で居眠りなど、皆に知られれば極刑は免れません」


 えっそうなの?なら仕方ない……ってなわけねぇだろ!なんで寝ただけで殺されんだよ!むしろその刑を言い渡す立場が指揮官だろうが!


「んなわけねぇだろ!つーか、お前朝っぱらから様子がおかしいんだよ?どうした?ギーのやつになんか弱みでも握られたか?」


「っ!?そ、それは……」


 おー随分露骨に目をそらすねぇ。こりゃ当たりっぽいな。


「なるほどねぇ……それを暴露されたくないから仕方なくフィッシュタウンに行く、と。なぜかこの俺が」


 セリスは視線を泳がせながらダラダラと冷や汗をかいていた。こんなセリス見たことねぇな……。ちょっと新鮮でおもろい。


「……それは俺にも言うことができないことなのか?」


 俺の問いかけに、セリスは顔をうつむかせながら微かに首を縦に振る。俺は頭をかきながら小さくため息をついた。


「なぁ……セリス?俺はなんだかんだでお前と二人で色々やってきてそれなりに信頼関係は築けていると思っていたんだが……それでも俺には話せないのか?」


「……話せません。というかクロ様だけには絶対に話せません」


 むしろ俺だから話せないんかーい。信頼関係もなにもあったもんじゃねぇな、おい。

 ……とまぁ冗談はこれくらいにして、俺だけに話せないとなると、前にギーの野郎が言っていたセリスが人間を憎んでいるってやつだろうな。

 それが花子の話となんの関係があるのかわからないが、まず間違いないだろう。


「なるほどな……ならしょうがねぇな」


 俺はセリスを掴んでいた手を離す。


「……さっさとフィッシュタウンに行こうぜ?」


「えっ……よろしいんでしょうか?」


「いいもなにも、行くって言っちまったんだから行くしかねぇだろ」


 俺の言葉を聞いたセリスが申し訳なさそうな表情を浮かべる。あーもう……本当今日は調子が狂うぜ。

 俺はセリスから視線を外し、屋敷の出口に向かう。


「……お前が過去に人間と何があったかなんか俺にはわからない。だが、俺は魔王軍指揮官のクロだ。人間であって人間から外れたはみ出しもんだよ。……だからお前の心の整理がついたら、いつかその話を聞かせてくれよ」


 その時は、俺は魔王軍の指揮官として話を聞いてやる。


 やべぇ……自分で言っててかっこよすぎて鳥肌立つかと思った。こりゃセリスも感動して涙ちょちょぎれてんだろうよ!

 俺はドヤ顔でセリスの方へと振り返る。肝心のセリスの反応はというと、


「はぁ……?」


 キョトンとしていた。


 こ、こいつ、あまりに感動して呆けてしまってんな!そうだろうそうだろう、部下の変調を気遣う上司なんてイケメンすぎるもんな!衝撃的すぎて脳みその処理が追いついていないんだよ、きっと!

 そろそろ言葉の意味がわかってそのキョトン顔が泣き顔へと変化……しない。


 えっーと……もしかして俺間違えた?


「あのー……セリスさん?ギーにバラされたくないことって、セリスが人間を憎んでいる理由じゃないんですか?」


 俺は恐る恐る尋ねてみる。セリスは一瞬眉をひそめたが、何かを思い出したように慌てて頷いた。


「そ、そうなんです!まだクロ様に話すには心の準備が……なのでおとなしくフィッシュタウンへ行ってください!」


 えっ、その反応絶対違う理由だったよね?俺ドヤ顔しちゃったけど違う理由だったよね?

 俺がセリスを問い詰めようと思ったが、間髪いれずにセリスの作り出した魔法陣により、俺はフィッシュタウンへと飛ばされた。

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