5.俺がコックを得るまで

第37話 隠し事はばれないよう事前に物語を考えておけ

 俺ことクロムウェル・シューマンが魔族であるデュラハン達の抱える問題を無事に解決へと導いてから数日後、魔王軍指揮官としての初仕事を終えたということで、俺は秘書のセリスと一緒に魔王ルシフェルのいる部屋へ報告に来ていた。

 魔王の部屋って言っても仕事部屋じゃなくて完全なる私室なんだよね。最初に人間界から俺が連れて来られたところ。普通、こういうのって厳格な謁見の間とか魔王の執務室でやるんじゃねぇのか? まぁ、堅苦しいのは苦手だし、椅子に座って報告できるからこっちの方がいいんだけどな。

 フェルは難しい顔をしながら書類をぺらぺらとめくっている。口頭だけじゃあれってことで、アイアンブラッドで俺がやったことは報告書にまとめてフェルに渡したんだよ。いやー俺ってできる奴だなー本当。実際に実務で成果をあげておきながら、こういう事後処理も手抜かりなく行えちゃうからねー。しかも報告、連絡、相談とか余裕だしー。働く奴の常識っていうの? そういうの感覚でわかっちゃうんだよねー…………報告書をまとめたのも、報告するように進言してきたのも、面倒くさいって渋った俺のケツを叩いたのも隣にいるおっかない秘書だけど。


「……うん、大体わかったよ。ご苦労様」


 フェルはふぅ、と小さく息を吐き、読み終えた分厚い紙の束をトントンとまとめ机の上に置いた。俺は城に勤める給仕さんが持ってきてくれたマドレーヌをはみはみしながらフェルに目を向けたが、セリスが非難するように咳払いをしてきたので、泣く泣くマドレーヌをお盆に戻す。


「アイアンブラッドにおけるコミュニケーション不足は解決に向かっている、と。僕も危惧していたことだから助かったよ」


「まぁ、俺にかかればこんなもんだ」


 俺は足を組んだまま自慢げに身体をそらした。隣でセリスが白い目を向けている気がするけどそんなの全然気にならない。なんたって解決したのは俺なんだからな!


「これでデュラハン達はクロが魔王軍指揮官である事を認めるだろうね。次はどこに行くか決めてるの?」


「当然。できる男はいつだって先を見据えているんだよ」


 自信満々でそう言い放ち足を下ろした俺は、少しだけ前かがみになりながらフェルに不敵な笑みを向けた。


「《美食の街・デリシア》だ」


✳︎


 俺がドヤ顔でフェルに報告をする少し前、俺はフェルの部屋へ行くためにセリスと二人で魔王城内を歩いていた。


「なぁ、セリス?」


「なんでしょうか?」


 俺は極力いつもの感じでセリスに声をかける。


「魔族の街って他にどんな場所があるんだ?」


「急にどうしたんですか?」


「いや、アイアンブラッドはもう目処がついたから、他の幹部が治める街へ行くことになるだろ? なら、事前に次行く場所を決めておこうって思ってさ」


 完璧な理由。おかしなところなど一つもない。昨日、布団の中で反芻しまくった台詞がすらりと出てきたぜ。これなら疑われることもないだろ。その証拠にちらりと見たセリスの表情は穏やかだった。


「それもそうですね。私の街を除くと《巨大都市・ジャイアン》、《フローラルツリー》、《美食の街・デリシア》、後は」


「美食の街?」


 あっやべ。思わず反応しちまった。セリスが少しだけ眉を寄せながら俺を見ている。いや、まだ全然ごまかせる範囲だ。


「美食の街に興味が?」


「そらそうだろ?人間、美味いもんは食べたいって思うもんだ」


「…………」


 セリスのこの目は……まだ少し違和感を感じているってだけだな。俺の真意を読み取ろうとしている段階だ。追及されてもボロを出すことはないと思うが万が一ということもある……ここは早々にファイナルウェポンを使わせてもらおう。


「城の飯も美味いんだけどな。それでもやっぱり他にも美味しいものをアルカに食べさせてやりたいんだよ」


 少しだけ優しい口調で言い放った俺はさりげなくセリスの顔に目をやった。よし! 効果は抜群だ!

 一見、何の変哲もないセリフのように思えるが実は違う。俺が普段食べている料理は城の人が作ってるってことになってんだけど、本当はセリスが作ってくれてんだよね。そして、俺がその事実を知っている事をセリスは知らない。つまり、城の料理を褒めれば間接的にセリスを褒めることになるのだ。

 そして、極めつけはアルカのためにっていう雰囲気を醸し出したこと。俺も甘いが、こいつもアルカには大概甘い。アルカを理由にすれば多少の違和感など軽く吹っ飛んじまうのさ。

 これぞ対セリス奥義・我が娘のたマイスイートめならばプリンセスだ!


 俺の言葉を聞いたセリスが嬉しそうに微笑を浮かべる。


「ふふっ、そうですね。あの街は本当に美味しいものが沢山ありますから、アルカも喜ぶでしょう。領主がギーなので他と比べても親交を深めやすいと思いますし」


「ギー……ってことはトロールの街か?」


 俺は幹部達に紹介された時に見たギーの姿を思い出す。確か上半身裸で全身緑のばけも……魔族だったな。友好的とは言い難かったが、それでもあの虎野郎よりはマシだった気がする。


「そうですね。正確には魔人の街でしょうか?ゴブリンやオーク、オーガもおりますので」


「あー……そういうことね」


 魔人は魔族の中でも姿形が魔物によっている種族。確かに見た目は魔物みたいだったもんな。パンイチだし、めちゃくちゃぶっとい棍棒を脇に置いてたし。


「なら次はそこに行くかな?」


「いいんじゃないですか? 彼は聡明ですからね。ライガみたいに突っかかってくることもないでしょう」


 おいおいあの見た目で聡明なのかよ。どっちかっていうと魔法陣も魔道具もなかった時代の原始人みたいな格好なんだが。まぁでも喧嘩売られても面倒くさいし、冷静な判断力があるやつの方がいいわな。


「じゃあ決まりだな」


「わかりました。……アルカはどうします?」


「うーん……とりあえず様子見で。ほとんど初対面で娘を連れて行くって微妙だし」


「そうですね」


 セリスが納得したように頷く。こうして特に怪しまれることなく俺の次の目的地が決まった。美食の街ならばさぞや美味しい料理や酒があるだろう。俺の目的のためにも、やはりこの街は早々に攻略しておかないとならねぇな!


 フェルに別れを告げ、セリスの転移魔法によりやって来たのは《美食の街・デリシア》。なんでも、四つのエリアに分かれているらしいんだけど、まずはベッドタウンってところに赴いた。

 ここはデリシアで生活する者達が住んでる居住区であり、デリシアに訪れた者達を迎する宿場町でもあるんだってさ。ここへ来る前にセリスが説明してくれたわ。街並みは俺が暮らしていた王都とそう変わるものでもなく、肉屋や八百屋、魚屋といった食に関する店が数多く存在している。それに負けないくらい料理屋が立ち並んでいた。


「いい匂いがするな」


「美食の街ですからね。料理の匂いが街に充満しているんですよ」


 俺はすんすんと鼻を動かしながら辺りを見渡す。肉の焼いた香ばしい匂いやスパイスの利いた匂いがそこかしこから漂っており、街を歩いているだけでお腹が鳴りそうになった。匂いだけでもこれだけ美味そうなんだ、これは味の方もかなり期待できそうだ。


「それにしてもいろんな種族がいるな」


 一見、どの種族の街なのかわからなくなりそうなほど、色んな種族が街に訪れていた。こりゃアイアンブラッドとは比べ物にならねぇな。多分食材を求めてやってきているんだろうが、精霊に獣人……うわっ巨人までいやがんのか。それにしてもみんな俺を避けているような……はて、なんでだろう?


「クロ様……ご自身が人間であることをお忘れなく」


 セリスが呆れたような顔で忠告した。あっそうだった。アイアンブラッドの街に慣れすぎてすっかり忘れてたけど、俺はこいつらが目の敵にしている種族だったんだよな。


「まぁいずれ俺も普通に街を歩けるようになるだろ! みんなが俺の魅力に気づいちまうのも時間の問題だ!」


「……そうですね」


 寂しい気持ちを隠すために、わざとおどけた調子で言ってみたら、セリスが優しく微笑んできた。おろ? なんかやけに優しいな。てっきり「また楽天的なことを言って……」とか小言を言われるかと思った。……なんか調子でねぇ。


「……朝食に変なものでも食ったか?」


「もしそうだとしたら、あなたも変なものを食べていることになりますよ。さぁ、バカなこと言ってないでさっさとギーの所に向かいましょう」


 そうでした。俺達朝食を一緒に食べているんでした。

 冷たく言い放つとセリスはスタスタと前を進んでいく。うんうん、やっぱりセリスはセリスだったわ。安心した。


 美味しそうな臭いの前によだれが出そうになるのを必死に堪え、しばらく街の中を歩いているうちに着いたのが大きな屋敷。ここがあのトロールの屋敷かぁ……流石は魔王軍の幹部、良いところ住んでるな。え? 俺? 柱が腐りかけている古びたおんぼろ小屋ですが何か?

 さて、どうすっかなー。アポイント取ってきたわけじゃねぇしなー。とりあえず屋敷の前に立っている門番っぽいトロールに声をかけてみるか。


「あー……魔王軍指揮官のクロなんだけど、ギーいる?」


 なんか友達の家に尋ねたみたいな言い方になっちゃった。隣からセリスの視線を感じるがもう言っちまったもんはしょうがない。

 門番のトロールはぎろりと俺の顔を見ると「……少々お待ちください」と言って屋敷の中に入っていった。すげー執事っぽい。半裸のくせにできる執事っぽい。ってか、トロールは半裸じゃなきゃいけないっていうルールでもあんのけ? 

 他愛もないことを考えながら屋敷をぼーっと眺めていたら、さっきのトロールが足早に戻ってきた。


「領主様がお会いになるそうです。ご案内いたします、こちらへ」


 一礼してから手で示し、俺達を屋敷に招き入れる。……丁寧すぎやしませんかね? 見た目は完全に人間をぶちのめしていそうなモンスターなんですが?

 戸惑っている俺をよそに、セリスはいたって平然と屋敷の中へと入っていく。魔人ってそんな感じなの?

 トロールに連れられて屋敷の中を歩いて行くと、一際ひときわ立派な扉の前で止められる。


「ここが領主様の部屋になります。では、私はこれで」


 きっちり四十五度の角度でお辞儀をすると、トロールはさっさと自分の持ち場に戻っていった。うーん、俺が思っていた魔人と違う。もっとこう……馬鹿で粗暴で短絡的な種族だと思っていたんだが。超高級レストランのウェイターみたいな感じだったぞ。ちょっと緊張しちゃったもん、俺。


「何をしているんですか?入りますよ」


 去っていくトロールの背中を見ていると、セリスがノックをする姿勢でこちらに目を向けてくる。俺は慌てて黒コートの裾を正し、セリスに頷き返した。

 コンコン。


「おーう。入ってくれ」


 なんともやる気のない声が返ってきた。俺達は扉を開け、中へ入っていく。

 部屋の中は貴族の執務室のようであった。大きな机にはたくさんの書類があり、部屋の壁は本棚に変えられ、数え切れないほどの本が並べられている。

 まさにできる男の部屋。それだけに椅子に座って書類を眺めている緑の巨体が、部屋にマッチしてなさすぎた。


「ん? あーセリスも来ていたのか……」


 ギーは書類を机に置き、かけていた眼鏡をはずした。いやいや眼鏡よりに先に身に着けるもんがあるだろ。まず上着を着ろ。

 ジト目を向ける俺の前で肩のコリをほぐすように大きく伸びをすると、ギーはセリスに視線を向ける。


「そういやお前は指揮官の秘書になったんだったな。同情してやった方がいいか?」


「……それはどういう意味ですか?」


 セリスの眉がピクリと反応した。あれ? なんかいきなり良くない雰囲気になっていませんか?


「別に深い意味はねーよ……ただ、俺達の中でも特に人間を憎んでいるであろうお前さんが、その人間と行動を共にしなくちゃならないのが不憫でな」


 ギーが底意地の悪そうな笑みを浮かべる。俺は思わずセリスの顔に目をやったが、セリスはこちらを見ようともしない。


「……それとこれとは話が別ですから」


「別なもんかねぇ。……人間なんてどいつもこいつも同じだろ、俺達の敵さ」


 軽い口調で告げるギーに対して、明らかに剣呑とした空気を醸し出すセリス。正直怖いっす。隣にいるだけなのに背筋がピンッてなります。

 それよりも人間は敵、かぁ……んー、そう言う割にはギーからそこまでの警戒心を感じないんだよな。どっちかというと挑発? いや、なんか試されているような気がする。


「クロ様は私達の敵ではありません」


 きっぱりと言い切ったセリスを見て、ギーが驚きの表情を浮かべた。俺も驚いた。まさか俺のことを庇ってくれるとは夢にも思わなかった。


「こんな後先考えない人がルシフェル様の敵になどなりえません」


 違った。けなされていただけだった。くそが。

 そんなセリスをギーはゆっくりと背もたれに身を預けながら興味深そうに見つめる。


「……なるほどな。よーくわかった」


 何がわかったんだ緑禿げ。俺が敵として取るに足らないやつだってことか?

魔法ぶち込むぞこの野郎。


「さて、と。挨拶が遅れたな指揮官さんよ。俺はこの街の領主をやっているギーだ……って、初対面じゃないから自己紹介はいらねーか」


 随分フランクな感じで話し換えられたんだけど。見た目とのギャップが半端ない。初めて会った時はえらくそっけなかったっつーのに。


「指揮官さんがこんな街に一体何の用で?」


「この街の視察に来た。一応魔王様の命令だ」


「視察、ねぇ……」


 ギーは顎を撫でながら、俺のことを値踏みをするように見る。


「こちとら真面目にコツコツ働いているもんでな。新米指揮官さんに怒られるようなことは何一つやってないつもりなんだがな」


「……視察と言っても悪事を働いているかの確認ってわけじゃなく、問題点があればそれを改善するのが目的だ」


「問題……それならあるぜ?」


 ギーがニヤリと笑みを浮かべる。イケメンがやれば絵になるが、こいつがやっても獲物を前にした怪物にしか見えない。


「この街はなぁ、魔族領のほとんどの食料を賄っているんだ」


「あぁ、そうらしいな」


 魔王の城で使われている食材も、アイアンブラッドに運ばれ来る野菜とかも全部デリシアで作られたものらしい。これもセリスから事前に教わったことだ。


「とは言っても、魔族ってのは結構沢山いるんだよ。食材の消費もバカにならん」


「まぁ、そうだろうな」


「食べるっていうのは生きるために必要なエネルギーの補給だ。食材がありません、じゃ許されないってもんだ」


 ……なんか当たり前の事を言われているような気がすんだけど、もしかしてバカにされてる?


「そんな大量の食材を毎日毎日供給するのは大変なんだよな」


「話はわかった。で? 何が問題なんだ」


 なかなか結論を言わないギーに若干イライラしながら俺は尋ねた。


「人手が足りない」


「……は?」


「聞こえなかったか? 人手が足りない」


 ぽかんとした表情を浮かべる俺に対して、ギーがあっけらかんと言い放つ。これはまたえらく単純な問題であり、解決しづらいやつがきやがった……。そんなん子供作れとしか言いようがない。適当に人間のメスを連れてきて襲い掛かんのが得意だろお前ら。完全にイメージでそう思っているけど。

 でも、俺はそんなこと言わない。なぜなら通常業務で人手が足りないとなればアイアンブラッドに引き抜くことなど夢のまた夢だからだ。セリス曰く魔人達は料理の才に溢れている者が多いとのこと。是非とも有望なコックをアイアンブラッドに拉致……招待したいのだ!


「話は分かった。俺が直接現場に赴く。それで仕事を手伝いながら解決策を探せばいいんだろ?」


「おぉ。そうしてくれんのか。悪いな」


 ギーがわざとらしく驚いたそぶりを見せる。この狸が……そういう風に仕向けたのはお前だろうが。

 話は終わりだとばかりに俺が踵を返し、部屋を出ていこうとしたらギーに呼び止められた。


「まずはベジタブルタウンに行ってくれ。あそこはゴブリンたちが仕切っているから話を聞くといい。……あぁ、くれぐれも指揮官だってことは内密にしておいてくれよ? 緊張しちまって作業にならないからな」


「……わかった」


 あくまで一般人としてふるまえってか。言ってくれますねぇ。俺は人間なんだが? まぁ、文句を言ったところで何も変わらねぇだろうな。これ以上ここにいて得られることはないと判断した俺は、セリスを連れてさっさとギーの部屋を後にした。

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