第28話 ヒーローがタイミングよく現れるのは、助けてもらう側が意外と粘っているから
走る走る走る……。一心不乱に薄暗い森の中を駆け抜けていく。自分に襲いかかってくる魔物に目もくれず、ウェーブのかかった美しい金髪が乱れるのを気にも留めずに、セリスはアルカを探し求めて走り続ける。
「はぁ……はぁ……アルカ……どこですか……!?」
息も絶え絶えになりながら、返事がないと分かっているのに呼びかけずにはいられない。限界だ、と足が悲鳴を上げていても動かさずにはいられない。
セリスはアルカの姿を見つけることだけに意識を集中させる。でなければよくない光景が次々と頭に浮かんでき、その重圧に押しつぶされてしまいそうであった。
「アルカ……無事でいて……!!」
セリスは走りながら右手をギュッと握り自分の胸に添える。それは神に祈りを捧げるポーズ。神など信じていないセリスであったが、それでアルカが助かるなら、とまさに藁にもすがる思いであった。
突然、視界の端に大きくモノが動く気配を感じ、セリスは咄嗟に近くの大木に身を隠す。それまで完全に魔物のことを無視していたセリスの頭に警鐘が鳴り響いた。
セリスは木の影から少しだけ身を乗り出し様子を覗う。そして、自分の判断が正しかったことを理解した。
そこにいたのは体長十メートルはあろうかと思える巨大なドラゴン。赤黒い鱗に覆われた身体には屈強な翼がたたまれており、目はギラギラと黄色く光っていた。人間一人を軽々貫けそうな鋭い牙が並んだ口からは涎をまき散らし、目に入るものすべてを敵とみなすかのように低い声でうなり声をあげている。
「あれに見つかってたらアルカを探すどころじゃないですね……気づかれないように注意しなければ」
先程とはうって変わり、セリスは気配を消して森を移動する。ドラゴンの視界に入らないよう細心の注意を払い、少し遠巻きにドラゴンを見据えながら少しずつ歩いていった。
幸いドラゴンは違う獲物に夢中になっているためセリスの事には全く気付かない様子。それでもセリスは油断せず、じっくりと進んでいった。
かなりドラゴンから距離をとれたことでセリスの心に余裕が生まれる。ふと気になってドラゴンが狙っている獲物に視線を向けた。そして目にする、目にしてしまった。
ガタガタと震えながら、大事そうに二つのお弁当を抱えている茶色い髪をした魔族の子供の姿を。
声が出る前に身体が勝手に動いた。さっきまでは警戒していたドラゴン目がけて一直線に向かっていく。アルカのことを興味深げに観察していたドラゴンがゆっくりと前足を振り上げた。命を奪うのを今か今かと待ち望んでいるように鋭利な爪がギラリと光る。
あと一歩、アルカの事しか目に映っていないセリスは声の限りに叫び声を上げた。
「アルカッ!!!!!!」
「っ!?ママッ!!?」
セリスは自分の身体が傷つくことも厭わずアルカに飛びついた。そしてそのままアルカを腕の中に抱く。セリスの身体をかすめるようにその少し上をドラゴンの前足が通過した。
「うっ……!!」
ドラゴンの爪が肩を抉り、苦悶の表情を浮かべたセリスであったが、決してアルカを抱く力を緩めることはせず、そのまま二人一緒に地面の上を滑っていく。すぐに立ち上がったセリスは、肩から血が出ているのもお構いなしでアルカを地面に立たせた。
「怪我はありませんか?」
「……うん」
涙目でこちらを見つめるアルカを抱きしめてあげたい衝動を堪え、自分の背後に移動させると、セリスはドラゴンと向き直る。
ドラゴンはせっかくの獲物を横取りされてかなりお冠のご様子。翼を広げ身体を大きく見せながら猛るようにセリス達に向けて咆哮した。その衝撃波だけで木が次々となぎ倒されていく。
セリスは自分を落ち着かせるように息を吐き、後ろで震えているアルカに目を向けた。アルカを守らなければいけない以上、自分がここを動くことはできない。それならば、とセリスは自分の手をドラゴンへと向け魔法陣を構築した。浮かび上がるのは誰もが見たことがない模様。
セリスの種族であるサキュバスの身体能力は人間のそれとほとんど変わらない。魔法陣に関しては優秀であることには違いないが、それでも同じ悪魔のメフィストには及ばず、近接戦闘に関しては身体能力が人間並ということで、戦いの得意なエリゴールとは比較になるわけもなかった。
だがそれでもサキュバスは悪魔の中でも上位に君臨している。それはなぜか。彼女達は固有の魔法陣を持っているからだ。
「“
セリスの手から魔法陣が生み出され
目の前にいたドラゴンが急に鼻を引くつかせ、あたりをキョロキョロと見まわし始める。そして苛立ちを感じさせるような鳴き声を上げると、セリスたちとは全く関係ない方向に尻尾を叩きつけた。何度もそれを繰り返し、しまいには前足で空中をひっかき始める。
これがサキュバスの固有魔法陣、幻惑魔法である。
相手の身体を直接傷つけるのではなく、相手の感情や五感を狂わせる魔法。生物、特に人間のような高い知能を有する相手には凶悪無比な威力を発揮する。
先程セリスが唱えた魔法は相手の視覚を完全に遮断するモノ。魔力耐性の高いはずのドラゴンがしっかりとセリスの魔法の効果を受け、光が一切届かない盲目な世界を体験していた。それだけでセリスの魔法の精度の高さを窺い知ることができる。
このままいけばあのドラゴンは明後日の方角に移動するはず。
セリスは目が見えないで暴れまくるドラゴンを静かに見据えていた。“
だが、セリスの思惑はアルカには届いていなかった。
「ママ……あのドラゴンさんどうしちゃったの?」
「っ!?アルカ!!ダメっ!!」
咄嗟にアルカの口元を手で覆うも時既に遅し。視覚と同様に鋭い聴覚を持つドラゴンがピタっとその動きを止めた。そしてセリス達の方に顔を向けると口から炎を吹き出す。
「くっ……!!」
セリスはアルカを抱きしめ横へとダイブする。その音を聞いたドラゴンが完全に獲物の姿を捉え、再び二人に襲いかかってきた。
セリスは片手でアルカを支えながら必死に魔法陣をくみ上げる。
「“
咄嗟に唱えることができたのは水属性の
“
「トカゲ風情が何してんだよ」
ボゴォン!!
鈍器で殴りつけたような音がしたと思ったら、次は何か巨大なものが地面を滑っていく音が聞こえる。
セリスがゆっくりと目を開くと、そこには黒いコートに身を包んだ自分の上司の姿があった。
「クロ……様……?」
「悪い、遅くなった」
振り返ってこちらに笑いかけるクロの手には黒い剣が握られている。
「えっ……?」
驚いたセリスがもう一度クロの手に目をやると、先ほどまであったはずの剣は幻だったと思わせるほどいつの間にか消えていた。
あの剣はまさか……でもそんなはずは……。
呆けているセリスに近づくと、クロはセリスの肩に回復魔法をかける。痛々しかった傷跡が奇麗さっぱりなくなり、痛みも飛んでいった。
「あ、ありがとうございます……」
「いや、俺の方こそアルカを守ってくれて礼が言いたいくらいだ。……アルカは無事か?」
クロがアルカの方に顔を向ける。せっかく大好きなパパが助けに来てくれたというのに、アルカは俯いたまま何も言わずにコクリと頷いた。
「そうか……よかった」
クロは安心した表情を浮かべると、振り返り、自分が吹き飛ばしたドラゴンに目をやる。ドラゴンはもうすでに起き上がっており、血走ったような目をクロに向けていた。
「アルカ」
突然、クロに呼ばれたアルカはおずおずと顔を上げ、クロの方を見た。
「確か
クロが右手を前に出すと瞬時に四つの魔法陣が組成される。その速度はセリスが先程放った
「
だが、驚くのはまだ早かった。クロは魔力を滾らせ魔法を唱える。
「“
その瞬間、四つの魔法陣が同時に火を噴いた。炎の弾が、水の矢が、風の刃が、地の
クロは魔法が発動し、魔法陣が消えるとすぐに全く同じ魔法陣を組成させ魔法を放っていた。まさにノータイムで放たれる魔法にダメージはないものの、ドラゴンは近づくことができない。
「すごい……」
セリスの口から出た言葉は頭を経由していなかった。思ったことがそのまま口に出るほど、クロの魔法陣のスキルの高さに驚嘆していた。
だが、魔王軍指揮官の腕前はまだまだこんなものではない。クロはゆっくりと左手を上げるとチラリとアルカの方に視線を向けた。
「
「えっ!?」
驚きの声を上げたのはアルカではなくセリス。今の口ぶりではまさか……?
「“
セリスの予想通り、先ほど
「こんなことが……!?」
セリスは開いた口が塞がらない状態だった。違う
この魔法陣の技術はルシフェル様に匹敵する……いやルシフェル様を超えている?
ありえない妄想にとらわれるセリスであったが、目の前に広がる光景を前に、それは妄想ではないのではないか、と囁く自分がいた。
もうこれ以上の驚きはないだろうと思っていたセリスは、クロの言葉を聞いて自分の甘さを呪う。
「同じような魔法じゃつまらないな。最後はフェルの……アルカの友達の魔法を見せてやる」
クロは
「よく見ておけよ。……"
四つの魔法陣から違う属性の四匹の龍が空高く飛び出す。上空で一度旋回した龍達はそのまま地上にいる標的目がけて一直線に降下した。クロは魔法が着弾する瞬間に撃ち続けていた
すさまじい爆音と閃光が森を覆いつくした。クロが作り出した魔法障壁がビリビリと震えており、セリスは覆いかぶさるようにしてアルカを抱きしめる。
しばらく煙で何も見えなかった視界が晴れていくとドラゴンの姿はおろか、鬱蒼と生い茂っていた木すらなくなっており、あたり一帯平地と化していた。さっきまでドラゴンがいた場所には巨大なクレーターあり、その大きさがクロの魔法の威力を物語っている。
「……デタラメですね、あなたは」
呆れたように顔を引きつらせながらセリスが声をかけると、クロは振り返ってニッと笑いかけてきた。他に敵はいないか一応周りを確認すると、クロは二人の方へと向き直る。
「さて、と。とりあえず城に戻るとするか」
そう言うとクロは魔法陣を即座に組み上げ、アルカとセリスを連れて城の中庭へと転移した。
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