2.俺に娘ができるまで
第7話 子供がつけるあだ名はえぐい
「そういえばお前って魔王なのな」
俺は回復魔法で傷を癒してくれているルシフェルを見ながら言った。やたら強いと思ったが、魔族の親玉なら納得できるな。
「そうなんだけどね。君からは一切敬意の気持ちを感じないよ」
知らんがな。お前に会ったのは今日が初めてだし、しかも敵のボスだし、俺人間だし、敬えとか無理な話だろ。
「よし、とりあえず傷はこんなものかな。そもそもクロの場合は魔力の酷使が原因で倒れたから、傷自体はそんなにないんだけどね」
「あーサンキュー……って、クロってなんだ?」
「君のお友達から名前を聞いたんだけど、クロムウェルなんて呼びにくいから、クロでいいでしょ」
おい、勝手に変な愛称つけんじゃねぇよ。せっかく親からもらった大事な名前だっつーのに……その親はもういないんだけどな。
「魔王軍に入ったんだから人間の頃の名前は捨てて、今日から君はクロで決まりね」
無邪気に笑いやがって、本当にこいつ魔王かよ。つーかなんだその笑顔は。世のお姉様方が黙ってねぇぞ。
「……まぁ、もう死んだ扱いになってんだ、それでもいいけどよ。俺はお前をなんて呼べばいいんだ?」
「みんな大好き完全無欠のイケメン魔王様」
「却下だ」
俺即答。まず呼び名が長すぎる。毎回呼ぶたびに十八文字も使ってられるか。それに仮にも俺は人間、敵側の大将を褒めちぎるような真似はまだ抵抗がある。あと普通にうざい。
ルシフェルが不服そうな表情を浮かべる。逆に問うが、お前は今の呼び名が受け入れられると思ったのか?
「うーん……いい呼び名だと思ったんだけどな。ならクロが呼び名を決めてくれていいよ?」
「あ?俺が決めんのかよ」
嫌だなーこういうのってセンス出んだろ。俺ってまじでセンスないからなぁ。とはいってもこのまま決めなかったら、みんな大好きなんちゃらかんちゃらって呼ばなきゃならなくなるだろうし……。
うーん……ルシフェルだからルシちゃん?ルッシー?ルー君?思い切ってマオたん?いやまじでそんなので呼びたくねぇ。
あー!悩んでんのがバカらしくなってきた!こいつは俺がクロムウェルって名前だからクロって呼んでんだ、だったら俺は。
「フェルだな」
「えっ?」
ルシフェルが心底驚いたようにこちらを見る。なんだよ、俺の呼び名になんか文句あんのかよ。
「お前がクロムウェルをクロって呼ぶんなら、ルシフェルをフェルって呼んでもいいだろうが」
「…………」
なんでこいつは俺の顔をじっと見つめてるんだ?そんなに気に入らないか?悪かったな!センスなくて!
「……そうだね。君がそう言うならそれでもいいよ。ただし、他の魔族がいる時は魔王って呼んで欲しい。僕にも面子があるからね」
まぁそうだよな。魔族のトップに立つような奴が、何処の馬の骨ともわからんやつに呼び捨てにされれば、他の奴らは面白くないわな。ケースバイケースってやつだ。他の魔族がいるときは敬語を使うようにしとくか。
俺が頷くとフェルは満足そうな笑みを浮かべる。そしておもむろに立ち上がると、部屋にある衣装タンスへと足を運んだ。
「とりあえず魔王軍に入った記念にこの服をあげるよ」
フェルはタンスから服を取り出すと、こちらに投げ渡す。俺は受け取った服を広げて思わず顔を引きつらせた。
「お前……本当に黒が好きなのな」
「ふふふっ。黒は悪の親玉って感じがするでしょ?」
「悪の親玉でいいのかよ」
俺は呆れたようにため息をつくと、手に持つ服に目を向ける。
渡されたのは普通のロングコートなのだが、とにかく黒い。夜の闇より黒い。ボタンも黒いし、金具も黒い。
デザイン的にはシンプルなんだけどな。その黒い感じが、なんとなくフェルとペアルックみたいで嫌だ。
「その服には衝撃耐性もあるから、少しぐらいの打撃なら無効化できるよ」
そうは言われてもなぁ……。なんか厨二チックで着る気がしない。
服を手にしたまま着ようとしない俺を見て、フェルは眉をひそめながら洋服タンスを漁り始めた。
「それが嫌ならこっちの服に」
「この素晴らしい服を着させていただきます、魔王様」
おい、その手に持っている紐はなんだ。それは服とは呼ばないぞ。それを着るぐらいなら裸の方がまだましだ。
「そうかい?気に入ってもらえて嬉しいよ!」
渋々といった感じで袖を通す俺をフェルが嬉しそうに見つめる。
ふむ、魔王の服なだけあって着心地はかなりいいな。ってか、俺が今まで来た服の中で一番いいぞ。
「それは本当に高性能でね。さっき言った衝撃耐性に加えて、環境適応と自浄作用の効果が付与されてるよ」
まじでか?それやばくね?
環境適応があれば寒いとこでも暑いとこでも関係ないし、自浄作用があるなら洗わなくていいってことじゃねぇか!こんなの国宝級の魔装備だぞ!?厨二チックとか言ってすんませんでした!
「うんうん、よく似合ってるよ」
フェルが俺を見ながら何度も頷く。なんか恥ずかしいからそれやめろ。
「後二つ、君に渡すものがあるよ」
「まだ何かくれるのか?」
なんだなんだ?この黒コートのことを考えるとこれは期待できそうだ。
「まずはこれ」
フェルは空中に魔法陣を描く。あの模様は空間魔法。そん中に収納しているアイテムか……ってなんだそれ?
俺は訝しげな表情でフェルが取り出したものを見つめる。
「あれ?これのこと知らない?」
「いや知ってるけど……何に使うんだ、それ?」
フェルが取り出したのは仮面だった。それも目元だけを隠すタイプの紺の仮面。えっ、まさかそれを俺がつけるの?
「魔王軍の仕事で人間の国に行ってもらうことがあるだろうし、その時に顔を隠せる方が役に立つこともあるでしょ?」
なるほどな。でも、なんだかなぁ……仮装パーティみたいで気が引けるわ。まぁ四六時中つけろって言われてるわけでもないし、必要な時に使えばいいか。
俺はフェルから仮面を受け取ると、そそくさと空間魔法に収納するため、魔法陣を展開する。そんな俺の手元を、フェルはじっと見つめていた。
「……相変わらず惚れ惚れするような魔法陣組成の速さだね」
「褒めてもなんもでねぇぞ」
「いやいや、純粋にそう思ったんだよ」
なにこいつ、めっちゃニコニコ笑ってんだけど。下心ありそうで怖えわ。
……でもまぁ、褒められて悪い気はしないな。大したことない奴に言われてもなんとも思わないけど、フェルは俺が見てきた中でも、魔法陣の精度も速度も抜群に高い。
「それで?後一つはなんだ?」
俺は照れているのを隠すためにフェルに続きを促した。だけどこいつにはなんか見透かされているような気がする。
「そんな照れなくてもいいのに」
気がするんじゃねぇ、見透かされてた。くそが。
フェルが楽しげに笑いながら、スッと手を前に出すと、ゆっくりと空間を握り締めた。
「えっ……?」
フェルの手の中に突如として現れた黒い剣に俺様びっくら仰天。今一切の魔力を感じなかったぞ。こいつもしかして休日の大通りにいる大道芸人か何かか?
「もう一つはこれだよ、はい」
お菓子を投げ渡すような気安さで黒い剣を投げよこす。あぁそうか。魔王軍として働くには戦闘は避けられないもんな。
っていやいやいや!この剣って俺がドヤ顔で撃った"
「なんだよ、これ?」
とりあえず平静を装って尋ねるが、内心焦りまくり。これ絶対やバイ剣だろ。こいつが使ってる時から異様な雰囲気を醸し出してはいたが、持ってみてわかる。この剣、俺の魔力をどんどん吸い取っていやがる。
「魔剣・アロンダイトだよ」
「いやこの剣の名前を聞いてんじゃねぇよ!なんでこんなもんくれるんだよ!?ってか魔剣ってどういうことだよ!?」
「魔剣っていうのはいわくつきの剣のことで性能はいいけど、どこかしら欠陥がある───」
「魔剣の説明を聞いてんじゃねぇよ!」
つーかわざとやってんだろこれ!付き合いは短いが、こいつが人をからかっている時の表情はなんとなくわかるようになってきた。だって今めちゃくちゃ楽しそうな顔してんもん。
「……僕のお気に入りの武器なんだけど、あの魔法を喰らった時に君の魔力に懐いちゃったみたいでね。面倒見てあげて?」
子犬相手みたいな口ぶりで言ってんじゃねぇよ!そんな可愛らしさはこの剣から一ミリも感じねぇから!
「……つーか俺の魔力吸われてるんだけど?」
「魔剣だからね。早く戻した方がいいよ?僕との戦いで魔力がそこをつきかけてんだから下手したら死ぬよ?」
「早く言えよ!」
俺は慌ててアロンダイトを戻し……おい、戻すってなんだよ?
「念じれば勝手に消えてくれるよ」
嬉しそうに説明してくれるフェル先生。でも先生、そういう大事なことは最初に言ってください。
俺は頭の中でアロンダイトが消えるのをイメージする。おぉ!本当に消えた!なんか感動。
「……ってかこれってどこに消えたんだ?」
「うーん……詳しくは知らないけど、多分身体の中じゃないかな?」
怖えよ!!寄生虫なんかよりずっと怖えよ!!
俺は手を前に出しながらアロンダイトに出てくるように命じた。すると間髪入れずに俺の手の中に現れる。……なんかカッコいいな。
まぁ、身体に異常はないみたいだし?異常が出れば捨てればいいだろうし?とりあえずは俺の身体に住まわせてやるよ。
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