第92話『夜にて統べる星』1
酒奉寺統夜のエピソードです。
※――――――――※
俺の名前は酒奉寺統夜。
夜を統べると書いて統夜。
ちなみに姉がいる。
こっちの名は酒奉寺昴。
勘のいい人間なら気付いただろうが俺らの名前の元はプレアデス星団だ。
昴はそのままプレアデス星団の漢名で「統べる」がなまって落ち着いた結果と云うのが通説だ。
夜にて統べる星たる昴。
故に昴と統夜である。
中々洒落た名前だ。
少なくとも俺は気に入っている。
*
(統夜! 統夜!)
まどろみの中で誰かの呼ぶ声が聞こえる。
(統夜! 起きて! 朝だよ!)
「うるせえ……」
頭にガンガン鳴り響く声に俺は愚痴った。
よく創作物とかで二日酔いは頭にガンガンとハンマーを叩かれている的な描写が散見されるが、こういうことを指すのかもしれない。
(統夜!)
声はいっこうに黙らなかった。
「…………うっせぇ」
仕方なく目を覚ます。
愚痴るのは忘れない。
茫洋とした意識を徐々に覚醒させる。
「くあ……」
と欠伸一つ。
(統夜、やっと起きた)
六連がそう言った。
ちなみに「六連」と書いて「むつら」と読む。
縁あって俺が名前を付けたのだ。
本当の名前は「夜にて統べる星」というのだが、そんな長ったらしい上に動詞まで入っているような名前をいちいち呼びたくないので「六連」と。
短い金色の髪に切れるような金色の瞳を持つ美少女だ。
服装はバックルが無数についた黒い服。
バックルが全身を締め上げるように存在しており六連の豊満なわがままボディを強調している。
ここまではいい。
問題は付随物と状況である。
六連の背中からは光の一つも反射しないのっぺりとした……それも蝙蝠や悪魔に近い黒い羽が生えている。
ソレがパタパタと羽ばたき……六連は宙に浮いているのだった。
非常識と言えば非常識。
俺にしてみれば慣れたものだが、俺以外の人間には驚くべき光景だろう。
俺以外の人間に見ることが出来ればな。
(統夜。もうすぐ侍女さんが来るよ?)
そんな俺の脳そのものに響くような……テレパシーというらしい……声で状況を伝えてくる六連。
「はいはい」
俺は半端に頷く。
その間も六連はパタパタと宙に浮いている。
一種のショッキング映像だよなぁ。
いやまぁいいんだが。
そしてコンコンと扉がノックされ、
「統夜様。ご起床されていますでしょうか?」
侍女のそんな声が聞こえてくる。
「起きてるぜ。どうぞ」
ぶっきらぼうに俺は言う。
「失礼します」
とことわって侍女が部屋に入ってきた。
ちなみに六連は相も変わらず俺の傍でパタパタと羽ばたいている。
しかしてそんなことに構いもせず侍女は俺に視線をやる。
「統夜様。ダイニングにて朝食のご用意が出来ております」
「はいはい」
(統夜。朝御飯)
はいはい。
パタパタと六連。
バックルで体を締め付けている金髪美少女が悪魔の翼を羽ばたかせて宙に浮いているのにツッコミ一つ入らない。
見えていないのだ。
侍女に六連の姿は。
それも当然である。
背中の翼が示すように六連は悪魔なのである。
そしてその姿は契約した人間とエクソシストの連中にしか見えないらしい。
エクソシストの連中に会ったことはないから後者はどうだか知らんが、前者については痛いほどわかっている。
少なくとも契約した小学生の頃から現在の高校生の間までに六連を見ることが出来た人間を俺は知らない。
「ではダイニングへ。食後の茶は何にしましょう?」
そんな侍女の言葉に、
「コーヒーを食前に」
俺はそう注文してベッドから降りた。
そして侍女と六連を連れてダイニングに顔を出す。
ダイニングといっても一般家庭のソレではない。
食事のための空間であることは否定しないが無意味なほど広すぎる。
酒奉寺屋敷とご近所さんから呼ばれる所以だ。
うちは無駄に広すぎる。
まぁ地主の家系なのだから格好つける必要があるのは認めざるをえないが。
「おはよう統夜」
姉貴……酒奉寺昴が食後のお茶を飲みながら微笑んでくる。
その笑顔が様になる……そんな姉貴だ。
「おはよう姉貴」
そう言って俺は自身の席に着き、侍女に出された食前のコーヒーを飲む。
うん。
ほろ苦い。
「姉貴は今日もデートか?」
「ああ、だが休日のように統夜が関わる必要は無いぞ?」
そもそもにして姉貴のデートプランを俺が管理するということこそ、おかしな話なのだが……。
それについては文句を言ってもしょうがないので、
「あ、そ」
とだけ言うにとどめコーヒーを飲む。
朝食はフレンチトーストと厚切りベーコンとサラダとコーンスープだった。
食前のコーヒーに合わせてくれたのだろう。
それくらいは察し得た。
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