第68話『ゴールドエクスペリエンス』1


 ゴールデンウィークのエピソードです。


※――――――――※




「Pppp! Pppp! Pppp!」


 目覚まし時計のアラームが鳴る。


 ホーホーホッホーホーホーホッホー……ホー……というなんとも後味の悪いキジバトの鳴き声を聞きながら僕は覚醒した。


「ん……むに……」


 僕は鳴り響く目覚まし時計のアラームを止めようと腕を伸ばそうとして、それができないことに気付く。


「……ん……むに……?」


 眠気眼を開けて腕の上にのしかかっているモノを見る。


 それは、


「おはようございます兄さん」


 長い黒髪を持って、白磁器の肌を持って、生気の溢れる眼差しを持って、整った顔立ちを持った少女だった。


「兄さん、朝食の用意ができてますよ……」


 少女……百墨華黒は、僕こと百墨真白の伸ばした腕に腕枕をしていた。


「か、華黒……!」


 驚く僕に、


「おはようございます兄さん」


 華黒は語尾にハートマークをつけてもう一度そう言った。


「何してるのさ華黒……!」


「何って……腕枕……?」


「朝食の用意ができてるって言ってなかった?」


「ですから朝食を用意してから兄さんの部屋を覗いて、ついでに兄さんの腕を枕にさせてもらった次第です」


「『ついでに』からの行動が理解できないんだけど!?」


「兄さんの腕がちょうどいいところにあったもので。はぁ……至福の時間でした……」


 うっとりとそう言う華黒。


 僕は無理矢理華黒の頭から自身の腕を振り外すと、


「あん……」


 と嘆く華黒を無視して、腕を伸ばし目覚まし時計のアラームを止めた。


 それから薄い掛布団を剥いで腹筋の要領で上体を起こす。


 同時に華黒の姿も掛布団がはがれたことによりあらわになる。


 華黒は、黒い下着の上にエプロンだけという格好をしていた。


 慌てる僕。


「何してるのさ華黒!」


「何って……朝食の用意をしてから兄さんを起こそうと思って……そのままの格好で兄さんの部屋に入って腕枕をしてもらった次第です」


「だから『そのまま』からの行動が理解できないんだけど!? っていうかもしかして下着にエプロンのままで朝食を作ったの!?」


「もちろんです」


 あっさりと頷く華黒。


 駄目だこいつ……早く何とかしないと……。


「とりあえず早く服を着て!」


「ええ!?」


「何故驚くのかが理解できないんだけど!」


「この格好……グッときませんでしたか? やっぱり裸にエプロンの方がよかったですか?」


「余計悪いよ!? いいから服を着てくる! あんまり遊びが過ぎるようだと怒るよ僕」


「に・い・さ・ん……情熱の猛るままに私を好きにしていいんですよ?」


 僕のおとがいを人差し指で持ち上げて、ついでにエプロンをずらして下着をちらつかせながら挑発してくる華黒。


 僕は華黒の頭上にチョップを落とした。


「はうあ!」


 奇声をあげて怯む華黒。


「いいから早く着替えて朝食の準備して。その間に僕も着替えるから」


「ぶー。甲斐性なしです兄さんは……」


 すごすごと僕の部屋を出ていく華黒の後姿は当然ながらエプロンに隠れていないブラとショーツが丸見えで目に毒だった。




     *




 僕はティーシャツを着てジーパンをはくとダイニングに顔を出した。


 華黒は桜色のシャツに黒いジャケット、それからチェックのスカートだ。


 二人そろってダイニングテーブルにつくと、


「「いただきます」」


 と言って合掌した。


 今日の朝食は和食だった。


 五穀米に焼き鮭、納豆に味噌汁。


 僕は味噌汁をすすりながら言う。


「今日からゴールデンウィークだよね? べつにこんな真面目に朝食を作らなくてもよかったんじゃない?」


「兄さんに手作りを食べてもらうことこそ私の至福ですよ。本当なら学校の昼食も私のお弁当にしてほしいくらいですのに……」


「それは……ちょっと……」


 そんなことしていたら今でさえキツい華黒に想いを寄せる男女の嫉妬のレーザービームが僕を刺すだろう。


 昼食くらいは学食で我慢してもらいたい。


 納豆に梅干を落とし、ぐるぐるとかき混ぜると僕は納豆を食べる。


 伸びる糸を箸でからめとりながら言う。


「それでゴールデンウィークだけど華黒って何か予定ある?」


「それはもう」


「あるんだ……」


「毎日兄さんとデートする予定が……」


「身に覚えがありません!」


 そこはキッパリと言う。


 あまり華黒をつけ上がらせると何をされるかわかったものではないからだ。


 華黒は口をへの字にして僕をジト目で睨んだ。


「もうっ。兄さんは意地悪です……」


「……何が悲しくて妹とデートしなきゃならないの」


「妹だと思うから駄目なんです。恋人だと思えば何の違和感も……」


「恋人じゃないし」


 そう言って僕は焼き鮭を箸でほぐすと口の中に入れた。


 うん。


 いい焼き加減。


 さすが華黒。


 口に出しては言わないけど。


 テキパキと要領よく朝食を食べ終わると僕は皿を重ねてキッチンに持っていく。


 華黒が言った。


「あ、私が洗いますので水につけるだけでいいですよ」


「あいあい」


 ここは言われた通り華黒に任せるとしよう。


 僕は「ふあ……」とあくびをするとキッチンで麦茶をコップに注ぐとこれでもかとばかりに砂糖を入れて、ダイニングに戻る。


 華黒が入れ替わりでキッチンに行き水洗いを始める。


 僕がダイニングで茶を飲んでいるとピンポーンとインターフォンが鳴った。


「兄さん。手が離せません。代わりに出てもらえないでしょうか?」


 皿洗いをしている華黒がそう言う。


「はーいはいはい」


 僕は了承して、


「どちら様でしょうか?」


 キッチンから続く玄関のドアを開ける。


 そこにいたのは、金髪セミロングの、華黒よりなお白い肌を持って、青い目をした美少女だった。


 服装は白いセーラー服。


「ルシール……」


 僕は知らずに金髪の美少女の名前を呼んだ。


「ルシール!?」


 玄関からすぐの水場で華黒が驚く。


 皿洗いを手早く終えて、エプロンで濡れた手を拭くと華黒は金髪の美少女……ルシールに近づいた。


「久しぶりですルシール。私と兄さんの卒業式以来ですね」


「………………うん」


 か細い声でそう答えるルシール。


「今日はどうしたんです? 来るって言ってくれれば準備の一つもしましたのに……」


「………………えと、今日は、迎えに……」


 要領を得ないようにそう言うルシール。


 そんなルシールの言葉を補足するように、


「それについてはパパから説明しよう」


 そう言っていきなり現れたのは百墨家の父だった。


 父は色眼鏡をかけてアロハシャツを着て……とても開放感あふれる格好をしていた。


 ふと玄関から外を見れば父の愛車がアパートに横付けされていた。


「父さん……ゴールデンウィークも出社しなきゃって泣いてなかった?」


「いやぁそれが予想以上に早く仕事が片付いたから休暇もらっちゃった」


 そう言って「あっはっは」と笑う父。


「それで、どうしてルシールと一緒にいるのさ?」


「いやぁ、これからキャンプに行くことになったんだ。どうせだからと弟に連絡したら仕事が忙しいからと断られたが娘のルシールちゃんが自分だけでも行くと言ってくれてね」


 ちなみにルシールの本名は百墨ルシール。


 僕と華黒にとっては従姉妹にあたる。


 一学年下で今は中学三年生だ。


 言わなくてもわかる事実だけどハーフ。


「で、なんでいきなりキャンプ?」


「ゴールデンウィークだからな」


 いや、その理屈はおかしい。


「もう真白と華黒の着替えは車に乗せてあるぞ。そのままの格好でいいから早く乗りなさい」


 用意周到なことで。


「………………あの……真白お兄ちゃん」


「ん?」


「………………久しぶり」


「うん。久しぶり」


 そう言ってニコッと笑ってあげるとルシールは顔を真っ赤にして俯いた。


 照れ屋なところは治ってないようだ。


 それがルシールの可愛さでもあるんだけど。

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