第62話『ポニーテールとシュシュ』1

クリスマスのエピソードです


※――――――――※


 十二月二十三日。


 暗鬱の期末テストも終わり、終業式の一日前。


 数学の授業中。


「はあ……」


 僕は溜息をついた。


「なんだ、そのあからさまな溜息は。俺が聞いてやらなきゃならない流れ?」


「別にそういう意図はないけど……」


 隣の席の酒奉寺統夜……彼の軽い嫌味を躱して、僕は、また思考の渦に飲み込まれた。


 課題は一つ。




 クリスマスプレゼント、何にしよう?




 ちらりと華黒の席を見やる。


 うちの可愛い妹といえば、どうせ言われて理解しているはずの数学の内容を、いちいちノートに記していた。


 その理由の半分が、僕に見せるため……というのだから泣けてくる。


 主に僕のプライドが。


 長い黒髪。


 ぱっちりお目々。


 桜色の唇。


 それらが奇跡的な配置で美人を形作っている。


 つまり僕の妹は綺麗だ。


 今更確認するまでもない。


 二学期の半ばは、色々とあったものの、一応それにも決着がついて、僕と妹の華黒は、正式に恋人同士としてお付き合いをしている。


 となれば、だ。


 クリスマスイベントは、恋人同士のスペシャルイベント。


 これを逃す手はない。


 無論、僕らは高校生。


 不純異性交遊などするはずもないのだが――とはいっても華黒がどういう腹積もりなのかは議論の余地は大いにあるのだけども――それでも清いなりに盛り上がるイベントであることは確かだ。


 どうせ華黒のことだ。


 明日の終業式が終わればさっそくデートに誘うつもりではあるのだろうけど、それはこちらとて同じこと。


「何にやけてんだ真白。キモいぞ」


「え、顔に出てた?」


「もろ」


 むむむ。


 それは注意せねば。


 とはいえ美人な華黒とデートとなれば顔の一つや二つにやけるのはしょうがないわけで。


 となれば……クリスマスプレゼントは必至なわけで。


 ――さて、どうしよう、という思案が、僕の脳内を渦巻いていた。


 クリスマスプレゼント……どうしよう。


「はあ……」


 結局、溜息をつく僕だった。


 と、統夜が僕の机に、ノートの切れ端を置いた。


 読む。


『なんの悩み事だ?』


「…………」


 そのノートの切れ端に、


『華黒へのクリスマスプレゼント、何にしたらいいと思う?』


 と追記して、統夜に返す。


 さらさら。


 ノートの切れ端に筆記して、統夜が返してくる。


『爆発しろ』


「…………」


 まぁ言わんとすることはわかるけれども。




    *




 昼休み。


 僕は華黒と学食で昼食を済ませると、一人になりたいと華黒に言って、購買部に足を向けた。


 たむろす人ごみの中で、何とかコーヒー牛乳を買うと、外に出る。


 と、


「…………」


 ツンツンはねた癖っ毛の生徒会長……酒奉寺昴先輩を見つけた。


 購買部のすぐ近くだ。


 誰とも知らぬ女子とポッキーゲームをしていた。


「…………」


 無言で、その成り行きを見つめる僕。


 先輩は、ポッキーゲームの末に、見知らぬ女子と、ディープキスにいたった。


「…………」


 それ以上、見ていられず、僕はコーヒー牛乳にストローを指すと、ぶらぶらとその辺を歩こうと足を向けて、


「人の情事を覗くなんて悪趣味じゃないか真白くん」


 いつのまに近づいたのか、昴先輩にお尻を撫でられた。


「……っ!」


 ぶーっとコーヒー牛乳を噴きだす僕。


「くぁwせdrftgyふじこlp……!」


 動揺して、言葉にならない言葉を吐き出す。


「ていうかポッキーゲームしてたんじゃなかったんですか先輩! いつのまに近づいたんです!?」


「ポッキーゲーム中に君を見つけてディープキスもそこそこに追いかけたんじゃないか。光栄に思ってほしいものだね」


 なんでやねん。


「そのままディープキスに没頭してればよかったじゃないですか」


「うむ、それも惜しかったのだが一度手に入った物より、手に入らない物に興味が惹かれるのはしょうがないことというかなんというか……。無論、だからといって良子くんに対する愛情がないわけじゃないぞ。その辺を誤解されては困る」


「別に何も言ってませんけど。ていうか良子さんって言うんですね、さっきの先輩の被害者は」


「可愛い子だろう?」


 先輩のハーレムで、可愛くない子を探す方が難しいかと。


「しかし真白くん。昼休みというのに華黒くんと一緒にいないとは珍しい」


「ああ、ちょっと悩み事が……そうだ!」


「どうした?」


「先輩にちょっと聞きたいことがあるんですけど」


「うむ。頼りにしたまえ」


「華黒へのクリスマスプレゼント……。何がいいと思います?」


「ふむ……」


 先輩は、おとがいに手を当てて、悩む。


 それから言った。


「勝負……」


「却下」


「まだ言い終えてないのだがね……」


「健全なもの限定で」


「それなら……ふむ……」


 また悩む。


「真白くんが華黒くんに送るのだというのなら……あれなどいいな……」


「あれとは?」


「それは秘密だ。ガッチリ華黒くんのハートをキャッチするウルトラCだからね」


「言葉にしてもらわないと相談した意味がないんですが……」


「では条件を出そう」


「…………」


 僕はうさんくさいペテン師を見る目で昴先輩を見た。


 その眼に宿るのは、胡散臭さに対する警戒と、酒奉寺昴に対する警戒だ。


「なんだいなんだい。聞きたくないのかい? ウルトラC」


「そりゃ拝聴したいですけど条件って……?」


「なに。明日はクリスマスイブだ。明日終業式が終わった後、一時間だけ私とデートしてくれたまえ。そうすれば助言してあげよう」


「華黒に殺されたいんですか?」


「まぁ華黒くんもそのつもりだろうことは想像にかたくないがね。何、一時間だ。それくらい構わないだろう? それにこちらもハーレムの子たちと複数デートの予約があるからあまり君に構ってはいられないんだ」


「一時間……」


 明日、華黒はまず間違いなく放課後にデートを誘ってくるだろう。


 それを無下にしての一時間。


 どうする?


「嫌なら自分で考えることだね。ただし私以上の意見は出ないと断言してもいい」


「…………」


 しばし考えた後、


「いいでしょう。でも一時間だけですよ?」


 僕はそう言った。


「決まりだ。明日の放課後が楽しみだ」


 そう言って、昴先輩は、良子さんのところへと戻っていった。


 先輩が良子さんを抱きしめるところを見ながら、変なことになったな、と僕はコーヒー牛乳を飲むのだった。


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