4

「あー!!」



 それまで静かに眠っていたはずの朔夜が突然あげた叫び声は尋常なものではなかった。


 固まるシンの脇を抜け、ジグラはいち早く寝台に駆け寄る。


 手馴れた動作で診療道具を取り出す、ジグラのそのてきぱきとした行動を見ているうちにシンはようやく何が起きているのか把握出来るようになった。


 しかし状況がわかったからといって、何をすればいいのかは分からない、せめて出来ることは邪魔にならないように行動することだと、寝台からすこし離れたところに立っていると、ジグラに怒鳴られた。



「何をぼさっと突っ立っている! 腕を押さえろ!!」



 ジグラは朔夜に打擲ちょうちゃくされながら叫んだ。


 その動きは眠っているとはにわかには信じがたいほどのもので、シンは一瞬唖然としたが、すぐに近寄り、云われた通りに腕を押さえた。



「そのまま押さえておけ」



 ジグラは手に持った注射器を打ち込んだ。それは即効性の鎮静剤だったらしく、朔夜は十数秒後にくたりと力を失った。

 それでもまだ抵抗しようとしているようで、腕や首がぶるぶると震えながら動いている。


 ジグラはそんな朔夜の手を取り、その上皮に薬を塗布した湿布を当てた。



「それは?」



「安定剤だ」



 シンは身じろぎをする朔夜の髪を撫でながら、眉根を寄せた。

 湿布での薬剤処方はあまり一般的ではない。かつては精神病院などで、これと同じ仕組みを持つメディシンスーツなるものが多用されていたのだが、患者の自由を不当に奪うものだとして今はほとんど使われていない。

 湿布処方はそうした世間の追及からは逃れられたもののじょじょに減退していき、今ではアレルギー等でどうしても一般の薬剤注入が出来ない場合と、かなり限定された状況でしか使用されていない。



「湿布処方で、ですか?」



「そうだ、この子は昔からこれしか効かない」



 ジグラの言葉通り朔夜の呼吸はすこしずつ落ち着いてきた。ジグラは脈拍などを測ったのちシンに背を向けて、黙々と道具の整理をし始めた。



 目覚めてもいないのにもう帰るつもりだろうか。



 シンはジグラの様子を窺っていたが、彼は本当に帰るようだった。


 目覚めるまでここにいると云った割には随分と早い帰還だが、何か用事が入ってしまったのだろうか。



「あの、もう帰るんですか。せめて目が覚めるのを待つとか……」



 ジグラは背を向けたまま、手を止めずに顔だけをあげた。



「この子は私のことを覚えていない」



 そんなことがあるのか。



 怪訝な顔をするシンに、ジグラは表情の乏しい顔に憂いを浮かべた。



「何度話しても忘れてしまうんだ」



「どうして……」



「さあ、それがこの子なりの防衛手段なんだろう。朔夜にとっての私の存在は、両親を思い出す以外の何者でもないらしいからな」



「……でも、あれは事故だと」



「朔夜から聞いたのか?」



「――詳しい話はヤーンスのミカ・ナバロフという女性から。朔夜は記憶がないことを不安がっていて。その……家族の幻覚を見るって」



「そうか……、この子はそこまで君に話したのか。信頼されているんだな」



「……そうだと良いのですが」



「事故でも、安置室に連れて行ったのは私なんだ。朔夜の中では両親の死イコール私の存在として結びついていることになる。だから親族はいないと自己暗示をかけてしまったらしい」



 部屋は明るいはずなのにジグラの表情がよく見えない。

 部屋に満ちる重々しい空気から逃れるようにジグラから視線を逸らし、シンは朔夜の髪を梳いた。


 自然にはありえない銀と灰の混ざった髪はすこしぱさついていて、あと二日以内に起きないのなら洗う必要がありそうだった。

 安らかな呼吸音を響かせながら眠る朔夜の寝顔は、まだあどけなさも残したいとけないもので、両親を亡くしたというつらい過去を背負っているとは思えなかった。けれども確かに朔夜は家族を亡くしている。


 朔夜の部屋で見た、空っぽの寝台や広すぎる家がそれを知らせていた。

 出かけたまま帰ってこなかった家族。二度と使用されることのなかった両親の部屋と弟の寝台を見て、当時わずか十歳だった朔夜は何を思ったのだろう。


 シンは朔夜の髪から手を放し、顔を覆った。


 脳裏には望の寝台に刻まれた、つたない落書きがあった。思えばかつて四人で暮らしていたという形跡はほとんどなかった。両親の部屋にはしっかりと鍵がかけられていたし、診療室にも行けなかった。あったのは天体望遠鏡の中に隠すように入っていたアルバムだけ。


 あのアルバムも忘れているだけで、本当は朔夜が隠したものかもしれなかった。



「……朔夜は…PTSDなんですね……」



 声は完全にかすれていた。



 どうして今まで気がつかなかったのだろう。

 朔夜に現れる症状は全てPTSDの特徴だったはずだ。何度も見る悪夢や無気力感、それらは全てその代表的な症状だ。



「発作も症状の一つだ。朔夜の小児喘息は発症してまもなく完治させた。あの発作は喘息のものじゃない」



「では、あの薬は」



「精神安定剤だ」



 ジグラはあっさりと云い切ると、疲れたように大きく息を吐き出した。



「でも……PTSDならきちんとした診療を行えば治るのでは……」



 ジグラが言葉を詰まらせるのを見て、シンは焦った。



「すみません、親族でもないのに出過ぎた真似を」



「いや……」



 ジグラはゆるくかぶりを振った。思いつめたようなその様子を見て、シンはミカの言葉を思い出した。



―――これは……マリアさんに口止めされてたことだから云えないけど、望のこと、朔夜が話す気になったら聞いてあげて



 それまで嬉しそうに朔夜の幼いころを語っていた少女は、この上なくつらそうな声でそれを告げた。


 一卵性双生児の弟、如月きさらぎのぞむ


 話を聞くかぎり両親とともにアスガードで事故死したらしいのだが、ジグラの話を聞いてからミカの言葉を思い出すと、まるで朔夜の病は望が原因のように聞こえる。けれどもジグラは望が原因でPTSDになったとは一言も云っていない。

 口をついて出そうになった言葉を飲み込んだだけで、どうしてそれが望の話題だと断定出来ようか。



「チャンネルは知っているな」



「え?」



 眠る朔夜の顔を見下ろしながら思案に耽っていると、唐突にそう訊かれた。



「医局のチャンネルだ。精神科を呼び出して、私の名と君の軍籍番号を伝えればすぐに専用回線に繋ぐようにする。何かあったらそこにかけるように。それと公私混同は軍規に違反する。必要がない場合このことはくれぐれも口外しないよう」



「は、はい」



「それからもし朔夜が自分の意志で記憶を取り戻したいと願うなら、私のもとに来るよう伝えてくれないか」



「――承知いたしました」



 背を向けたジグラに、シンは慌てて寝台から立ち上がった。

 医官の軍服をまとった男は、来たときと同じく一言も発さずに出て行った。



 朔夜は先程の騒ぎが幻か何かであったかのように静かに眠っている。

 ここ最近硬く閉じた瞼ばかり見ていたから、シンにはもう目を開けているときの朔夜の姿を想像することが困難になっていた。



「朔夜」



 早く起きてくれという願いを込めるように、手を握った。

 どくどくと脈打つ手は彼が確実に生きていることを知らせているのに、朔夜が目を開くことはない。



「何があったんだよ」



 話しかけても朔夜は反応しない。



「朔夜……」



 シンは包み込んだ手を額に乗せてうつむいた。



 ◇



 飽和した痛みは最早痛みではなかった。脳が上手く機能しなくなり、視界を塗り潰す色すら判断出来ない。

 今目を開けているのかいないのか、音がしているのかしていないのか、全てがわからなかった。温かいのか冷たいのか、それすらも判別出来ない空間の中で自分という存在さえも曖昧になっていく。


 名前は、歳は、性別は。


 頭に浮かんだその言葉も、脳裏に刻まれたその瞬間から形を崩し、意味をなさなくなっていく。

 体の奥から湧き起こった恐怖もやはり消え、言葉もそこに内在する感情も全ては無に還っていった。これまでそこにあったはずの全てが認識出来ない無。あったはずの何かさえも、最早思い出すことは叶わない。そして想起するという行為さえも。


 時間も空間も全てを奪われ、流れとも感じられない流れに身を任せていたとき、頭の中に赤い光がちらついたような気がした。

 それは永遠とも一瞬とも感じられる時間で、もしかしたら時間自体流れていないのかもしれなかった。ただ脳裏をかすめた赤や光といった存在はこれまでと同じようにまたたく間に消えてしまい、やはり無になってしまった。生きているのか死んでいるのかさえ、定かではない状態だった。


 生死という言葉すら存在しない無の境地をさまよっていると、またもや赤い光が脳内で閃いた。


 花が散るような、それともなければ蝶の舞う姿のような、そんな光。認識する前にその光の存在は失われていったが、それでも次から次へと現れてはしつこくまたたき続けた。


 ちらちらと光りながらもその端からまたたく間に消えていく光。鱗粉のごとき光の粉がきらめきを発しながら消えていくその光は、なんとも云えない良い香りがして、そして温かかった。



 気持ちがいい。



 反射的に感じたその感覚は空間に蔓延していた無をいつの間にか取り除いていた。

 仄暗い視界の中をしばらく漂っていると、上の方に何やら明るいものを見つけた。ぼんやりとしたクリーム色のそれは、なにやらとても心地よく感じられた。



 あそこに行ってみよう。



 ゆっくりと手足を動かし、上へと向かう。

 四肢は水を掻くように重く、けれどもそれが確実に自分のものだという実感を持たせてくれた。上に行くにつれて、クリーム色だった塊は明度を増し、視界が利かなくなるほどにまぶしくなっていく。



 目覚める。



 そう感じた瞬間、目の前がスパークした。


 大量の細かい光の粒が視界を侵し、静電気のようにはじける。パチパチとしたそれらは一瞬のちに消え失せ、その向こうにあった光景が明らかになっていった。




 目尻に溜まった涙を拭うと、思いのほか手が濡れた。いまだぼやけがとれない視界を無言のまま、見つめ濡れた手をシーツに擦りつける。


 その感触がいつもとすこし違う気がした。

 まばたきをして、それからじっと天井を見つめる。


 ゆるい穹窿きゅうりゅうを描く白い天井はこれまでに見たことのないものだった。



 ここはどこだろう。



 もう一度まばたきをして、目を閉じる。それから数秒のちにゆっくりと開眼したが、視界に映る光景は先程と変わることはなかった。

 急に不安になり、身を起こす。すぐに起きあがれるものとばかり思っていたのに、体は意外と疲労が募っていて、上半身を起こしただけなのに眩暈がした。



「う……」



 思わず漏れた自身の声は想像していたものとあまりに異なっていた。

 こんな声をしていただろうかと、戸惑いを感じながら思い出したようにあたりを見回す。



 不安が頂点に達した瞬間、部屋の一角にあった扉が開いた。



「ルナ!」



 女性は入ってくるなり、いきなり怒鳴った。キンとしたその音にビクリと体が揺れる。



「何やってるのよ、早く支度しなさい。遅れるわよ!」



「……あ…」



 頭の中がピンと張ったような気がした。



「ルナレア!」



 はっとして顔を向けると、女性は腰に手を当て、ほうっと嘆息した。



「もうすぐ十歳になるっていうのにまだひとりで起きられないの? 早く支度しなさい」



 疲れたような口調で告げ、女性は出て行った。


 一気にしんとなった部屋は温度さえも下がったようで、元々ほんのすこしだけ感じていた寒さがそこで際立ったような気がした。


 身を守るようにそっと体を抱き締め、それから溜息でもつくようにそっと呟く。



「ルナレア」



 口にしてようやくしっくりと馴染んだ。それまで自分のものとは思えないほど現実感に欠けていた体に力が戻る。



「ルナ……」



 もう一度、噛み締めるように名前を呟き、ルナははっとした様子でパチンと自分の頬を叩いた。


 慌ててベッドから降り、クローゼットへ向かう。

 専用の端末で組み合わせを選んでもらい、出てきた服をベッドの上に放った。



 一体、何をしてるんだろう。自分の部屋が分からなかったのはともかくとして、自分の名前すら思い出せなかったなんて。



 脳裏に見覚えのない少年の姿が浮かんだが、ルナはきゅっと目をつむってそのイメージを消した。


 ちらりと見た時計は、もう遅刻は免れられないような時刻を指していて、それが余計に焦燥感を煽る。



 絶対に遅刻だ。



 泣きたいような気分になりながら服を着替えたルナは転がるようにして玄関へ走った。



「ルナ、ご飯は?」



「そんなの食べてる暇ない!」



 怒鳴りつけてまで起こしたくせにそんな時間あるわけない。



 ルナは母親の間延びした声に苛立ちをぶつけるように叫ぶと外へ出た。


 自宅は大通りからすこし外れたところにあって、学校のある中央塔まではなかなか時間がかかる。二十分は見積もらないと着かないだろう。


 ルナは部屋に置いてあるはずのスカイボードの存在を思い出したが、あれは校則で禁止されている。

 この街では子供はとても珍しく、ましてルナくらいの年齢となると該当者が友人と自分の二人しかいないので、大通りを飛ばして行けば目撃した誰かが必ず学校に通報するだろう。

 いくら子供の数が少ないとはいえ、この街はいささか寛容さに欠けているのだ。


 脳裏をかすめた考えを実行することを諦め、ルナは従来通り徒歩で行くことに決めた。

 大通りに出るまでの道はかなり入り組んでいて、この通学路を覚えるまでには随分と時間がかかった。


 ルナはすこし迷ったすえに今までの経験で最も近道だと思われるルートで行くことにした。この道はなかなかに狭い道なので、方角を知るためにいつでも塔の位置を確認しなければならない。塔は中心地にそびえる街で一番巨大な建造物でどんな場所からでも見えた。


 建物の合間からうっすらと見える塔を視界の端に入れながら狭い通路を走っていると、後ろからやはり駆けてくる音がした。



「ルナっ、待ってよ、ルナぁ!」



 聞きなれたその声にルナは足をゆるめて振り返った。



「よかった……っ」



 はあはあと息を吐きながら、ルナの前で一人の少女が立ち止まる。

 よほど頑張って走ってきたらしく、言葉も継げないほど肩で大きく息をしている。顔も見せずに呼吸を整える幼馴染みにルナはおろおろして声をかけた。



「大丈夫? アイラ?」



「大丈夫なわけ……っ」



 睨みつけるように顔をあげ、ネアイラ・アルトは長い垂れ髪を耳にかけながら荒く息を吐いた。


 幾筋もの光沢が入ったキャラメル色の髪はアイラご自慢のものだったが、今日は手入れもままならなかったらしく、ところどころ寝癖がついている。息を乱しながらも手櫛でどうにかしようと髪を梳きはじめるアイラを見て、ルナの中から焦燥感が消えていった。


 それまで病の気があるかと思うほどに高鳴っていた鼓動が嘘のように消え、現金なほどの余裕が芽生えはじめたのだ。


 ルナはそれまでとはまるで異なる、ゆったりとした歩調で歩きながら、アイラの体力が回復するのを待った。



「そういえば、ルナがこの時間にいるのって初めて。珍しくない? 遅刻なんて」



「ちょっと、夢見が悪くて」



 歩いているうちにアイラの呼吸はようやく落ち着いてきたらしい。いつもの調子でお喋りをはじめる友人の問いに答えながら、ルナは大きく溜息をついた。



 あれは夢見が悪いなんてものじゃない。何しろ、今自分がどこにいるのか、そして自分が誰なのかさえ分からなかったのだから。

 自分は夢をよく見るほうだし、ときには夢現の判別もつかないくらいに酔ったこともある。けれども自分の名前や母親の顔すら判別がつかないという事態に陥ったことなどこれまでなかった。



「どんな夢?」



 無邪気に訊いてくるアイラに、ルナは口籠った。どんな内容なのかはまるで覚えていない。けれどもそれがあまり良くはない夢であったことは覚えている。



「男の子の夢」



「男? 男ってずいぶん昔にいたっていうあの? それ男の子っぽい女の子だったんじゃないの? だってあたしたち映像でしか見たことなんてないじゃん、男なんて」



「そう云われると自信ないけど。あ、この間見た映画で出てきたからそれのせいかも」



「ああ、お姫様と王子様のやつ? ルナ、あれ結構好きだったよねえ」



「そんなに好きじゃない! 映像が綺麗だっただけだよ。花畑の中で王子様が迎えに来るところとか……」



 映画の内容を思い出し、ルナはほんのすこし面映(おもは)ゆくなった。



「それで肝心の内容は?」



「それが全然覚えてないの」



 肩をすくめると、アイラは口を尖らせた。



「つまんないなぁ、夢解きしてあげようと思ったのに」



「嫌だよ、アイラの夢解きは当たんないもん」



「だってルナの見る夢ってガイドに載ってるやつと一致しないんだもん。なんかこう、海がばあって広がってるやつとか、空飛んでるとか動物が出てくるとか、そういうやつってないの?」



「ないよ。ほとんどの夢の内容って覚えてないし」



「ふーん、じゃあ今度最上階のベッド予約しようよ。あそこ好きな夢見られるんでしょ。いい夢セットして一緒にお昼寝しようよ」



「嫌だよ。見てる夢、まるごと記録されるんだよ。すんごく良い体験したあとだったらいいと思うけど、それ以外は嫌。昔ママと一緒に行って、ものすごく恥ずかしい目にあったもん」



「つまんない」



 アイラはその言葉通り心底つまらないというように欠伸をすると、目尻に溜まった涙を拭った。その目が何だか昨日までと違う気がしてルナは眉根を寄せた。



「ねえ、アイラ」



「何?」



「変えてない?」



 ルナの指摘にアイラはエヘヘと笑った。



「わかった?」



 やっぱり。アイラは気付いてもらったのが嬉しいのか、やたらとにこにこしている。



「そんなふうにこれ見よがしに見せられたら誰にだってわかるよ」



 辟易したように溜め息をつくルナに、アイラはしかめ面をして見せたがすぐに機嫌を直したらしく、歩きながら自分の顔の部位を一つずつ指し示した。



「見て見て、こことここと、それとここをちょっといじったの」



「目尻またいじったの? この間もやってたのに」



「いいでしょ、もっとパッチリした目にしてみたかったんだから」



 頬を膨らませるアイラは、同性から見ても幼馴染みという欲目からを引いて見ても、とても可愛らしい。飴玉みたいに大きな目や長い睫毛、ふっくらとした小さな唇も人形のように整っていて、元々は自分と似たような顔だったとは思えないほどだ。


 アイラがコーティングと呼ばれるこの瞬間整形にこごりはじめたのはもう大分前のことで、それより随分昔からこの技術は使われてきていた。

 ルナの母親エラやアイラの母親テイアを始め、この街にいる女性たちは少なからずこの処置を施している。この街の中でこれを行っていないのはルナだけと云っても過言ではないほどだった。



「ルナはいじったりしないの?」



「しないよ。面倒くさいし」



「面倒くさくなんてないよ。瞬間整形だから時間かかんないし、服と同じだって! お姉ちゃんたちだってみんなやってるし、母さんたちだってやってるよ。ルナだって嫌でしょ? 毎日同じ服だなんて。それと同じだって!」



 ルナは母親を引き合いに出されてすこし躊躇った。


 しかしどうしても面倒という思いが消えない。アイラのように瞬間整形中毒になるのが怖いせいもあった。けれどそんなことを口に出せば、中毒じゃないとか一度やってみれば世界が変わるなどと云われるのがおちだったので、ルナはあえて微笑むだけに留めておいた。



「またそれ」



 ルナはいつものようにぶつぶつ文句を云う幼馴染みに、早く学校に行こうと急かした。

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