第98話「元が遺跡だったせいか無駄に曲がるなぁ……」


 死霊術師ネクロマンサーの邸宅地下と言うのだから、もう少しおどろおどろしいものを想像していたスケットンは、ごくごく普通の内装に少しばかり拍子抜けしていた。

 狭めの等間隔に設置された灯りに、隅々まで掃除の行き届いた廊下。廊下の端に置かれた花瓶の花は、やや萎れてはいるものの生花だ。

 地上の屋敷を思い出して比べると、どちらかと言えば地下の方が生活感が感じられた。

 ガロの話では彼らの主は最初に、この地下を改造してから上に屋敷を建てたらしい。上が立派な屋敷でも住み始めた場所に愛着があるのだろう。

 自分だったら何だかんだで最初の方で生活するだろうな――なんて事を考えていると、廊下の角が見えてきた。

 道は左に続いている。


「元が遺跡だったせいか無駄に曲がるなぁ……」

「迷宮系列なのかもしれませんが、まぁ侵入者対策でもあるのでは。懐かしいですか?」

「どっちの意味で聞いてんだ、それは」


 ナナシにそう聞かれスケットンは半眼になる。

 恐らく過去にスケットンが攻略した結晶迷宮クリスタルメイズの事を言っているのだろうが、如何せん挙げた言葉が不穏である。

 まぁ実際に二重の意味で思い当たる節はあるのだが。


「しかしこれだけぐねぐねしますと、マッパーさんがいても良かったですね」

「マッパーなんて連れて来たら時間が倍以上かかるっての」


 ナナシの言葉にスケットンは肩をすくめてみせた。

 マッパーとは地図作成マッピングを生業とした者のことだ。

 彼らが作る地図は正確で重宝されており、特に複雑なダンジョンや遺跡などを攻略する際にマッパーを雇う事もあった。

 ただ――まぁ職業病という奴か、マッパーたちは軒並み「ダンジョンの隅から隅まで調べ尽くしたい」という考えの持ち主で、雇って連れて行けば道中に掛かる時間は三倍、四倍ほどになる。しかもマッピングし終えるまでは、よほどの危機的状況でなければ梃子でも動かない。

 そんな事からマッパーは畏怖を込めて地図狂いマッピングジャンキーとも呼ばれていた。

 マッパーと聞いてガロも苦い声で、


「あいつらの作る地図はホント正確なんやけどなぁ……」


 なんて呟いた。

 スケットンとガロが渋い声を出す中で、ナナシだけは「うーん」と苦笑する。


「でも私は結構好きですよ、マッパーの方。細部まで記録に残してくれるのはとても有難いです」

「調度品の詳細価格まで書く奴と当たった事ねぇだろ、お前」

「ありませんけど……あるんですか?」

「ある。割とガチな確率で当たる」


 思い出してスケットンは骨の顔を顰める。

 もっとも自分で言うほどスケットンも雇った回数は多くはないのだが、それでも九割方はそういうマッパーだった。

 手を抜かず正確で丁寧な仕事をする姿は高く評価しているが、一緒に行動するとなれば話は違ってくる。

 姿勢は好ましいが厄介な相手――というのがスケットンのマッパーに対する感想だった。


「まーここはぐねぐねしとるけどほぼ一本道やし。マッピングが必要なほど複雑やないから安心してええで」

「へぇそりゃ良かった」


 ガロの言葉に軽く頷いてスケットンは廊下が続く左手を覗き込む。

 魔物が潜んでいる音や気配はなさそうだ。

 スケットンは「ふむ」と呟く。

 上の屋敷が大量のアンデッドが犇めいていたので、こちらもそこそこいるかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 地下に降りてから今まで――トラップはあったが――まだ一度もアンデッドや魔物には遭遇していない。

 それなりに広さが制限されている場所だ、戦わずに済むならばそれに越した事はないのだが――あまりに静かなので少々不気味でもあった。


「魔物どころかルーベンスたちの声も聞こえねぇな……」

「こちらから名前を呼んでみるのはどうですの?」

「今はやめておいた良いな、下手に大声を出して変なモン呼び寄せても厄介だしよ。もう少し調べてからの方が安全だ」

「分かりましたわっ」


 スケットンの言葉にティエリは素直に頷いた。

 その様子にスケットンは、思い込みが激しいが素直だ――と言うような事をドラゴンゾンビのじっさまが言っていたのを思い出した。

 トビアスが心配でたまらないのだろうが、それでも焦って冷静さを欠いている様子はない。

 ついて来ると言われた時は多少心配していたが杞憂だったなと思いながら、スケットンは角を曲がった。


 その時、踏み出した足が少し沈んだ気がした。


「ん?」


 思わず足を止めてスケットンは下に顔を向ける。

 そこにあるのは何の変哲もない石材の床だ。


「どうしました、スケットンさん?」


 スケットンが急に止まったので、ナナシが不思議そうに聞いてくる。


「いや、何でも――――」


 何でもない、と答えようとした時、不意にスケットンの足元の床の色が水色へ変化、、した。

 その色の変化は足下だけに留まらず、そこから一直線に伸びて行く。色に続いてそこへ矢印のような絵柄が浮かぶ。

 途端にスケットンの身体が本人の意志とは正反対に前へ、前へと動き出した。

 スケットンの足が動いているのではない。足下の床が動いているのである。

 一方通行ワンウェイトラップだ。

 上に乗ると矢印の方へ強制的に進まされる、移動系のトラップである。一度発動すれば終点まで足の底が引っ付いて動かないという厄介な仕様だ。


「スケットンさん! 破壊します!」

「それ俺様が巻き添え食らう奴!」


 ナナシの言葉にツッコミは入れたものの、どうする事も出来ずにスケットンの体は運ばれて行く。

 廊下に添って右へ、左へ。あっという間にナナシたちの姿は見えなくなる。

 だんだんとスピードを上げるトラップに、スケットンの身体が仰け反った。


「移動系のトラップ好きだな、オイ!?」


 言いながらスケットンは対処法を考える。

 そうだ、いっそ魔剣を壁に刺せば止まるのではなかろうか。

 そんな事を思いついてスケットンは魔剣【竜殺し】の柄に手を伸ばした。

 だが―――如何せん体制に無理があった。

 魔剣を抜く事は出来るが、仰け反った状態のため振り回すのは無理だ。


「……まぁどうにもならねーなら、終点まで行くか」


 スケットンはそう決めて手を下ろす。

 どうせ罠だらけだというのは予想していたのだ、このくらい騒ぐ事ではない――などと言い訳がましく独り言つ。

 そうしてスケットンが開き直ってから直ぐ。思いの外早くその終点、、はやって来た。


 壁である。


「うごっ!」


 大きな音を立ててスケットンは壁に激突した。

 一方通行ワンウェイトラップは、終点までその速度を一切緩める事は無かった。

 つまり身体が仰け反るようなスピードのままスケットンは壁にぶつかったという事である。

 さすがにこれは痛かったようで、スケットンはしばし顔を抑えて蹲る。

 生身の身体だったら涙目にでもなっているだろう。


「何で壁まで直行なんだよ、普通は少し前で止まるだろ……!」


 恨みがましく壁を見上げながら、スケットンはよろよろと立ち上がる。


「……で、何があるってんだ」


 一方通行ワンウェイトラップで連れて来られた先ならば、何かしら良くないものが待ち受けているはずだ。

 スケットンは警戒しつつ、周囲を見回した。

 だが周囲にアンデッドや魔物はいない。トラップらしきもの他にはない。

 あるのは壁に向かって左手側にドアが一つくらいだが――そのドアに掛けられたプレートを見て、スケットンは骨の顔を引き攣らせた。


 プレートには『バスルーム』と書かれている。


「どんだけ急いで入りてぇんだよッ!!!」


 あまりのやるせなさにスケットンは叫ぶ。

 その声を聞いてナナシたちが駆けつけてきたのは、それから間もなくの事だった。

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