第97話「罠を仕掛けた奴が泣くぞ、その対処法」


 地下へと続く石の階段の周りの壁や天井は、同じ材質の石で出来ていた。

 ナナシの光源魔法ライトに照らされながら暗闇へ向かって一歩、また一歩降りて行けば、だんだんと空気の流れる道が限定されて、少なからず閉塞感が生まれる。

 ダンジョンや遺跡特有のそれだ。骨の身体になったスケットンからすれば、風や空気の流れというものは振動のようなもので、身体的な不快感は感じない。

 最初に洞窟で目覚めた時もそうだったのだろうが、驚きの方が強くて思い至らなかった。

 何となく懐かしい気持ちになりながら、スケットンは石の壁を骨の手で軽く触る。ざり、と、表面がざらついた粗い感覚がした。


「しっかし、屋敷の雰囲気とは違うな。あの屋敷の地下っつーくらいだから、もっと人工的なもんを想像してたんだが」

「ああ、ここはもともと遺跡やったらしいからなぁ。まずそこを改造してから、その上に屋敷を建てたらしいで」


 スケットンの疑問にガロが答える。

 どうやらここはもともと遺跡だったらしい。

 遺跡を利用した建物というものはあるにはあるが、そこを住処にしている魔物を追い払う必要があったり、人が住めるように改修や掃除をしたり、空調を整えたりなど、そのために必要な事は色々とある。

 もともとあるものを再利用――なんて言えば聞こえは良いが、そこを利用しようとするならば、普通に建物を建てるのと同じくらい手間や費用はかかるのである。

 そしていざ遺跡を利用しようと考えた時に、魔物以上に問題なのは仕掛けギミックトラップだ。


「遺跡ですか? うーん、嫌なトラップがなければ良いのですが……」


 ガロの言葉にナナシが顎に手を当てて唸った。

 自然に出来たダンジョンと違い、人の手が加わっている遺跡には侵入者対策の仕掛けギミックや、トラップある事が多い。

 オーソドックスなところで落とし穴や壁や天井から矢が飛んでくるアロートラップなど、大体が命にかかわるものだ。

 仲間に罠士トラッパーがいれば、トラップの感知や解除も可能だろうが――残念なことにスケットンら四人にはそういう技能スキルを持っている者はいなかった。


「まぁトラップはあるやろ。主はそういうの好きなタイプやで」

「えぇ……いやですわ……」

「ホントだよ。あー、でも、分かる気がするわ。今までのアレコレがそういう感じのものが多かったしよ」

「ですねぇ。でもガロさんはここに来た事があるんですよね? それならトラップが設置してある場所とかご存じなのでは?」

「そこは期待せんといて。俺が入った頃はトラップがあったとしても、作動しとらんかったからさ。でも、明るくする方法は知っとるで」


 そんな話をしていると階段の下まで到着した。

 ナナシが光源魔法ライトで照らすとそこは広間になっている。玄関口のようなもにのだろう。

 ガロは「確かこの辺りに……」と階段周りの壁を手で探る。少しして少し出っ張ったボタンのようなものを見つけたガロはそれを押した。

 途端に周囲が一気に明るくなった。見れば壁に設置された燭台に火が灯っていた。

 屋敷を訪れた時にスケットンたちが目にしたものと同じだろう。あの時は魔法の類かと思ったが、どうやら仕掛けギミックの一部らしい。

 仕組みの詳細は分からないが灯りが点いた理由は分かったのでスケットンは「なるほど」と呟く。

 周囲が明るくなった事でナナシは光源魔法ライトを消した。


 さて、そうして辺りがはっきりと見えるようになったわけだが。

 ゆらゆらと揺れる燭台の火に照らされた広間は、スケットンが考えていたよりは普通であった。

 石材の壁には絵画か飾られ、赤い絨毯の敷かれた部屋の端には壺などの調度品が置かれ――スケットンが覚えている限りでは上にあった屋敷と良く似た内装だ。

 家主は同じ人物なので内装もそれは同じようにはなるだろうが――似ていることで屋敷にいた大量のアンデッドを思い出して、あの類が出そうだな、とスケットンは思う。

 そんな事を考えながら広間に足を踏み入れると、


―――カチリ


 と、何かが作動する音が聞こえた。


「「カチリ?」」


 軽い音だったが全員の耳に届いたその音を、スケットンとナナシが同時に言葉にする。

 その直後、床に敷かれていた赤い絨毯の上にぶわり、と光る魔法陣が浮かび上がった。


「って、足下! 魔法陣が!」


 ティエリの悲鳴が響く。

 何の魔法陣かは分からないが、良くないものであるのは確かだ。

 入って早々にこれかよと、スケットンは心の中で悪態を吐きながら全員を階段口まで退避させようとする。

 だが、それよりも早くナナシが、


「こういう時は!」


 と、何やら意気揚々と言って腰に差したナイフを抜いた。

 灯りと魔法陣の光に照らされ、銀色のナイフが輝く。

 ナナシはその切っ先を魔法陣に向けて、


「“炎帝の矢イグニス”!」


 詠唱を破棄してすっとばして炎の矢を呼び出すと、絨毯目がけて打ち込んだ。

 轟々と燃える炎の矢は魔法陣ごと絨毯を音を立てて切り裂き、焼いて行く。

 周囲に焼け焦げた臭いが広がる。

 間もなくして魔法陣の光は消え、残ったのは無残に切り裂かれ黒く焦げた絨毯だけとなった。


「発動前に魔法で破壊するに限ります」


 ナナシは“炎帝の矢イグニス”を消してにっこりと笑った。

 確かにそれはそうだが、対処法が力技過ぎるとスケットンは思った。


トラップを仕掛けた奴が泣くぞ、その対処法」

「好きなだけ泣けばよろしいかと」


 けろりとした顔のナナシにスケットンは、


(こいつ、だんだんと吹っ切れはじめてやがる……!)


 と軽く慄いた。だがしかし、ナナシのそれはどう考えてもスケットンの影響である。

 しかもその影響はナナシだけにはとどまらず、


「なるほど、そうすれば良いんですのね!」


 なんてティエリまで目を輝かせ出す始末。影響の連鎖は留まるところを知らない。

 ガロはそんな魔法使い二人組に「あかん、変な影響が出始めとる……」と肩をすくめた。

 俺のせいじゃねぇしとスケットンは思ったが、何となく言えなかった。

 だが、まぁそれはさておき、ひとまずトラップは発動しなかったのだ。それは良しとしようと勝手に結論をつけると、スケットンは改めて絨毯を見下ろす。


「しかし今のは何のトラップだったんだ?」

「うーん、大きさと、発動までのラグから考えますと……移動魔法テレポート系ですかね」

「入り口でいきなりそれかよ。始末する気がすげぇわ」


 ナナシの言葉にスケットンは「うへぇ」と骨の顔を顰めた。

 移動魔法テレポート系のトラップの転送先は、大体は碌なものではないからだ。

 スケットンも移動魔法テレポート系のトラップに何度か引っ掛かった事があるが、魔物が大量にいる場所や、複雑なトラップが仕掛けられた部屋に転送されたりと散々であった。

 思い返せば良く生きていたものだとスケットンはしみじみ思った。


「まぁ解除できねぇもんは仕方ねぇ。引っ掛かったら壊してこうぜ」

「おや、トラップを仕掛けた方が泣くのでは?」

「好きなだけ泣かしとけば良いんだろ?」


 先ほどとは逆のやり取りをすると、ナナシがくすくす笑う。

 そこにはもう痛々しいまでの悲壮さはない。本当に落ち着いたようだ。

 スケットンはナナシが笑うのを見てつられて笑うと、


「そんじゃ進もーぜ」


 と、広間の向こうにある廊下に向かって歩き出した。

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