第34話「アンデッドが死んだら、本当に輪廻の輪に戻れるのかって思ってな」


 スケットンが小部屋から戻って来た後、三人は屋敷のアンデッド達を倒して回った。

 屋敷の結界が解除された事で、アンデッド達も何が起きたのかを察したのだろう。激昂し襲い掛かってくる彼らと戦いながら、スケットンは小部屋での事を掻い摘んで話した。

 ここのアンデッド達が傭兵団『灰狼』だった事を知った二人は驚いた顔をしていたが、スケットンと同じように「道理で」と納得していた。

 

「まさか『灰狼』だったとは……」

 

 苦い顔をしながら戦うルーベンスと比べて、スケットンとナナシは冷静だった。淡々とと言えるかもしれない。

 倒す相手に何らかの感情を持ってしまったルーベンスと違い、スケットンとナナシはそれを切り離す事が出来ているのだろう。

 倒さなければ殺される。放っておけば被害が広がる。自分の感情よりもそちらを優先しているだけなのだ。


「……君達は、何も感じていないのか」


 スケットンとナナシのあまりに淡々と戦う様子に、ルーベンスは一度だけそう聞いた。


「何を感じようが、やる事は変わらねぇだろ。気を抜くと死ぬぞ」

「それは――――そうだが」

「感情を引っ張られると死にますよルーベンスさん。――――死なないで下さい」


 答えながらスケットンは魔剣【竜殺し】で複数のアンデッドの頭を一度に飛ばし、ナナシも“炎帝の矢イグニス”で一直線に貫いていく。

 一切の躊躇いのない戦い方だ。


「勇者、とは」


 そう言いかけて、ルーベンスはギリと歯を噛みしめると、黙って剣を振るう。

 複雑な感情を噛み殺して飲み込んだ表情を見て、スケットンはルーベンスが良い意味で『普通の人間』なんだな、と妙に実感した。

 スケットンもナナシも勇者で、その前提で言えば普通とは違う。普通ではないという代名詞が勇者なのだ。

 強さにせよ、何にせよ、普通ではないが故に勇者は勇者足り得る。

 こと必要、、な戦いにおいて、感情を切り離して済ます事など日常茶飯事だ。


 だがそれは別に『何も感じない』という事ではない。怒りも、悲しも、それぞれがそれぞれに当たり前に抱いている。ただ表に出さないだけでそう言った感情は持ち合わせているのだ。

 しかしいかに感情を抱いていたとしても、避けて通れないものがある。譲れないものもある。

 勇者と呼ばれるまで『強さ』へ到達したスケットン達は、躊躇いは死へと直結する事をよく知っている。

 勇者ゆえに敵に狙われ、勇者ゆえに駆り出され、そうして生きて来たのだ。

 特にスケットンやナナシは仲間を作らない、作れない状況にあった。頼れるのは自分だけ、そういう中で生きてきた彼らには、躊躇う余裕、、はない。

 そんな二人と違い、ルーベンスは躊躇う余裕、、があった。

 そしてその余裕、、を、スケットンはほんの少しだけ羨ましく思った。「死なないで下さい」とルーベンスに言ったナナシも、恐らくスケットンと同様の感情を抱いている事だろう。


「おい」

「何だ」

「お前、変わるなよ」


 スケットンは、ふっと、何となくそう言った。ナナシも小さく頷いていた。

 ルーベンスは意味が分からなかったようで首を傾げ、何も言わずに戦い続ける。

 スケットンとナナシもそれ以上は黙って、淡々とアンデッドを倒し続けた。






 屋敷中のアンデッドを倒し終えた頃には、日付が変わるか変わらないかの時間になっていた。

 アンデッドの数が多く、またフランデレン並に動ける敵が多かったために、予想以上に時間が掛かってしまった。

 とは言え、まだ休むわけにはいかない。後始末が残っているのだ。


 アンデッドを倒しえたスケットン達は、この屋敷を燃やす事を相談して決めていた。

 主が戻った際にまたここにアンデッドを集め、人を襲うようになれば危険だろうという判断からである。

 何が目的でこんな場所にアンデッド達を住まわせていたのかは分からないが、ルーベンスをデュラハンにしようとした所を見ても、人を襲わないという保証はない。

 ゆえに、災いの目は早めに摘んでしまおうと考えたのだ。


 三人が屋敷の外に出ると雨は止んでいた。

 雲の晴れた夜空に月が浮かび、森や屋敷を照らしている。

 風のない静かな夜に、雨に濡れた木々の葉や草から落ちた水滴が時折、ポチャン、と小さな音を立てた。


 屋敷を出ると、スケットンは静かに屋敷の扉を閉じる。

 見上げればそこにあるのは最初に見た時のままの静かな屋敷だ。

 スケットン達は誰が言わずとも、屋敷内の資料も、貴重な素材も、道具も、その全てに一切手を付けようとはしなかった。

 アンデッドを倒し、屋敷の扉を閉じる。スケットン達が行った事はただそれだけだ。


「それでは――――行きます」


 ナナシは屋敷を見上げ、ぬかるんだ地面に手のひらを向けると、魔法を使い始める。

 魔力の反応と共に、ナナシの周囲からスウ、と水が集まり始める。その水はやがて屋敷を覆うほどに大きな水の膜になった。屋敷を燃やす際に周囲に被害を出さないためである。

 屋敷が水の膜で覆われると、スケットンとルーベンスはそれぞれ、離れた場所から屋敷に向かって火を放つ。

 小さな火はゆっくりと燃え広がり、やがて大きな炎を上げるようになる。炎はスケットン達や真夜中の森を明るく、濃く、照らし出した。

 

「……光の女神オルディーネよ、彷徨い続けた彼らの魂を、どうか輪廻の輪へ導きたまえ」


 ルーベンスは燃える屋敷の前に立って手を合わせ、祈りの言葉を口にする。

 アンデッド達の魂が光の女神オルディーネの導きで輪廻の輪へと入る事が出来ますように。

 静かに祈りを紡ぐルーベンスの声を聞きながら、スケットンもまた燃える屋敷を見上げていた。


「アンデッドも死んだら輪廻の輪に戻る……か」


 ぽつりと呟いたスケットの頭の中に浮かんでいるのは、フランデレンの言葉やフランデレンの死を知ったアンデッド達の表情だ。

 憎しみ、悲しみ、憤りの表情。彼らは人間や魔族達、肉体のある者達と遜色ないほどに色濃くそれを浮かべていた。

 その感情を向けられていたのはスケットン達だ。


「何か、ありましたか?」


 ナナシがスケットンを見上げて聞いた。 

 小さな声ではあったが、隣に立っていたので聞こえたのだろう。

 ナナシの言葉にスケットンは屋敷を見たまま軽く首を横に振った。


「いいや。……アンデッドが死んだら、本当に輪廻の輪に戻れるのかって思ってな」


 アンデッドは輪廻の輪に入れなかった魂の生れの果てだ。

 死霊術師ネクロマンサーによって生み出されたとしても、輪廻の輪に入れなかった、という点では同じだ。

 この世界は輪廻転生とう概念が存在する、、。だが、それが本当にそうなっているのかは、実際には当人しか分からない。


「稀に、前世の記憶を持ったまま生まれる人がいる、とは聞いた事がありますね」


 一度言葉を区切ったナナシは「でも」と続ける。


「この辺りにはまだ世界樹があります。入れますよ」


 来世ではきっと幸せになれるだろう、なんて無責任な事はスケットンには言えない。ナナシにも、恐らくルーベンスにだって言えないだろう。

 だがそれでも――――スケットンですら、思った。思ってしまった。


「そうか」


 小さく頷く。その後は二人とも口を閉じて、黙って屋敷が燃えるのを見ていた。

 聞こえるのはルーベンスの祈りだけだ。

 やがてその言葉も聞こえなくなり、空の端が白む頃になって、ようやく屋敷は完全に燃え尽きた。


 それを見届けてナナシは魔法を解く。

 パシャン、とシャボン玉が割れるように水の膜は弾ける。その水が燻る屋敷の熱に触れジュッと音を立てた。

 水が触れた部分からは白い煙が上がって行く。

 その煙は風に吹かれる事なく、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに、明け方の空へ溶け、消えて行った。

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