第29話「全面的に信用するなんて言われるのは嘘くさくてかなわねぇ」


 部屋を出るとスケットン達はすぐに、彼らを探すアンデッド達に見つかった。壁を抜けて、スウ、と現れた三体のゴーストと遭遇したのだ。

 ゴースト達は直ぐに指笛――のようなもの――を吹き、仲間にスケットン達の存在を知らせる。


「あの音、どうやって鳴らしてんだろうな」

「気合でしょうか」

「気合」


 ナナシいわく気合らしい。スケットンはナナシが適当な事を言ったと思っているが、実の所は真実だったりする。

 指笛というよりは、音全般に言えるのだが、音というものは基本的に空気の振動が耳に届く事で「音」として認識される。

 骨でも腐った肉体でも、のあるゾンビやスケルトンならば音を聞く事が出来るし、その逆も可能だ。

 けれどゴーストには肉体が無い。魂が細かい骨に引っかかって形を保っている存在である。

 それがどうやって音を鳴らし、また音が聞こえているのかと言えば、魂に同化している本人の魔力がそれぞれの器官の代わりとなっているのだ。

 細かく言えば「魔力とは何であるか」まで話が遡ってしまうので、結論だけ言えば気合である。

 そうして鳴らされた音によって、わらわらとアンデッド達は集まって来る。だが幸いな事に、その中にはデュラハンのような高レベルのアンデッドの姿はなかった。


 スケットン達は襲い掛かってくるアンデッド達を攻撃しながら書斎へと急ぐ。

 即席パーティーではあるが、何だかんだで勇者が二人に、アンデッドに対して強い教会騎士が一人。そう苦労せずに敵を倒す事は出来た。

 だがしかし、そこで一つ問題が発生した。

 この屋敷のアンデッド達が普通と違ったからである。


「よっと!」


 掛け声と共にスケットンが魔剣【竜殺し】で一体のゾンビの頭を叩き潰す。普段通りならばそれで頭に引っかかっている魂が離れ、倒すことが出来たはずだ。

 だが奇妙な事に、アンデッド達は倒したそばから、その体を再生させている。そしてそれはスケルトンにゾンビ、ゴーストと、現れるアンデッド達の全てに適応されている。  

 どうやら屋敷に張られている結界魔法の効果の一つのようだ。


「屋敷の中ではほぼ無敵ってわけか、面倒くせぇ」

「倒しても倒しても霧がないですねぇ」


 そう言いながらナナシは“炎帝の矢イグニス”で出現させた炎の矢を操り、ゴーストやスケルトン達の頭を連続で貫いていく。

 アンデッド達は一度は倒れたり霧散したりするのだが、すぐに元に戻ってしまうのだ。再生の仕方は文字通り受けた攻撃を逆から再生している形なので、見ていてあまり気持ちの良いものではない。


 それを見てナナシがどうしたものかと考えながら「うーん」と唸っている傍では、ルーベンスが剣を振るって淡々とアンデッドを倒していた。

 聖なる白色に淡く光る剣心がアンデッドを斬ると、切り口から蒸気のようなものが上がる。この反応は聖水や聖剣でアンデッドを攻撃した時の反応によく似ていた。

 どうやら先ほど剣にはめ込んだ石には聖水が入っていたようだ。ナナシの体質で弱体化している分をカバーするかのような聖水の効果に、ルーベンスが戦えると言った理由が分かり、スケットンは「へぇ」と納得顔になった。


「なるほど、聖水剣か」

「ああ」


 ルーベンスは短く答え、頷いた。

 例え弱体化していても聖水ならば触れるだけで確実にアンデッドを倒す事が出来る。

 しかし聖剣と違って無限に使えるというわけではないようで、ルーベンスが剣を振るう度に少しずつ石の中の聖水が減っているのが見えた。

 

「まぁ戦えるならいいわ。それで、一体どういう風の吹き回しなんだ?」

「どういうとは?」

「急にやる気出してどうしたのかって事だよ」

「……確かめなければならんのだ」


 ルーベンスの目には、何かを決意したような光が宿っていた。

 動揺の色はまだ残る。疑念も同様だ。だがルーベンスの目には、泥のような淀んだ色はなかった。


「君は本当に、あの勇者スケットンなんだな?」

「ああ」

「そして君はここの屋敷の主にアンデッドとして生み出された」

「フランデレンさんはそう仰っていましたね」


 ルーベンスはぐっと聖水剣を握る手に力を込める。

 そして「ならば」と続けた。


「君をアンデッドにした者と、司祭様に関係があるのならば――――私はその真意を問いたださねばならない」

 

 ルーベンスははっきりとそう言った。

 その言葉に嘘や偽りのようなものをスケットンは感じなかった。

 もちろんルーベンスからすれば、屋敷の主と司祭の関わりなど『無い』という確証が欲しいのも本音だろう。

 彼は司祭を信頼していたし、尊敬していた。しかし、だからと言って、スケットン達の言葉を真っ向から否定するつもりは今はないようだ。


(……ちょっと試してみるか)


 スケットンは腕を組むと、ひとつ賭けに出る。


「問いただすねぇ……俺としてみりゃ死霊術師ネクロマンサーと知り合いっつーのは理解出来るところだけどな」

「何故だ?」


 ルーベンスの視線を受けて、スケットンはナナシを見た。

 視線に含まれるのは「いいか?」という確認だ。

 ナナシはスケットンの意図が伝わったようで頷くと、彼の代わりにルーベンスの疑問に答える。


「今この国の各地で、世界樹引っこ抜き事件が起きている事はご存じですよね」

「ええ、あのはた迷惑な事件ですね」

「その事件の犯人がサウザンドスター教会であると私は考えています」

「何ですって!?」


 ナナシの告げた言葉にルーベンスは驚いて目を見開く。

 そして思い当たる事があるのか、直ぐに苦い顔になった。


「とは言え確証がないので、これからオルパス付近の世界樹に向かって、ゲットしようとしている所ですが」

「世界樹でゲットってお前、昆虫採集じゃねぇんだぞ」

「でも害虫ですよ」

「あー」


 妙に納得してしまった。確かに世界樹にとっては害虫のようなものだ。

 スケットンは【竜殺し】で目の前スケルトンの頭を飛ばすと、ルーベンスに言う。


「まぁそういう事だ。どうだい、教会騎士さんよ。納得したか?」

「……納得は出来ないが、理解は出来る。確かに私も最近妙に聖剣や聖水の流通が増えたとは思っていたんだ」


 聖剣や聖水の材料は主に世界樹である。 

 とは言え世界樹自体を引っこ抜いて使うというものではない。世界樹から落ちた葉だとか、天災で折れた枝だとか、そういうものを使っていたのだ。

 相当な災害が起きない限りは急に数が増えるという事はない。

 ルーベンスは眼鏡を押し上げると、


「しかし、それならばより司祭様にお話しをお伺いせねばならない」


 と言った。より決意を強めたようだ。

 そしてびしり、とスケットンとナナシを指差す。


「だが勘違いするな。君達の話を信じたわけではない。君達の言葉が嘘であると証明する為に、私は司祭様に会わねばならぬのだ!」

「はいはい、そーかよ」


 どうやら調子が戻って来たようで、ルーベンスの声に張り出てきた。

 元気なら元気でうるさい奴だとスケットンは肩をすくめ、ナナシは楽しそうににこりと笑う。


「あ、そのままでそのままで」

「そのまま? 何がだ?」

「いえほら敬語とか。そのまま無しの方向で、ぜひ続けて下さい」


 ナナシに言われてルーベンスは慌てて口を手で押える。

 そして困ったように眉尻を下げて謝った。


「こ、これは失礼を……」

「いやいや」


 謝罪されたナナシは「とんでもない」と首をぶんぶん横に振った。

 例えばナナシがルーベンスの上司だとか、何かの先生だとか、取引先の相手だとか、そういうのなら別に敬語でも構わないのだ。

 だがナナシはただの勇者で、ルーベンスもただの教会騎士だ。そこに上下関係はない。

 さらに言えばスケットンだけタメ口で、自分は敬語というルーベンスの使い分けに、ナナシはちょっとだけ疎外感を感じていた。

 要は羨ましかったのだ。

 例え記憶喪失であってもナナシは勇者だ。勇者に対する世間の反応は、ルーベンス等を見れば分かる通り、感謝されるが距離があるという感じである。親しさとは無縁の状態だ。

 なのでナナシにとっては、例えスケットンとルーベンスの喧嘩っぽいやり取りであっても、タメ口で会話しているという点において、とてもとても羨ましいものであった。


「失礼なんかじゃないですよ。むしろこう、友達! とか、仲間! とかすっごく友達! とかそれっぽく聞こえて嬉しいです」

「おい同じ言葉が二度入ったぞ、ナナシぼっち勇者

「今ぼっちって言いませんでした?」

「負けるな」

「もはや誤魔化しすら!」


 ナナシは両手で顔を覆って嘆く。そしてルーベンスは二人のやりとりを聞いて反応に困っていた。どう返答したものか迷ったのと、このやり取りがアンデッドと戦闘中に行われているという異様さのダブルパンチを受けたからだ。

 あまりに余裕のあり過ぎる二人にルーベンスが「勇者とは」と自問自答しかけた時、ナナシが復活する。

 そして「話を戻しますが」と人差し指を立てたので、ルーベンスはそちらを見た。


「ま、まぁ、そういうわけですので、スケットンさんみたいでいいですよ、スケットンさんみたいで」

「何で二度言ったんだよ。大事なところかよそこ。真似されたら俺様のアイデンティティーが大暴落だろーが」

「大丈夫ですよスケットンさん。スケルトン的なアイデンティティーは保たれています」

「意味が分からんわ」


 力強く頷くナナシを、スケットンはげんなりとした顔で見下ろす。

 もはや漫才でもしているかのような二人に、ルーベンスは思わず小さく笑った。


「――――分かった、ではそうさせてもらう」

「はいぜひに」


 ルーベンスが承諾すると、ナナシは嬉しそうに笑う。たぶん「そう」ではなく、本当に嬉しいのだろうな、とスケットンは思う。

 彼女が友達というものに対して人一倍執着しているという事は、幾ら短い付き合いスケットンでも分かった。

 スケットンからすればナナシが友達というものに対して感じる「嬉しい」という感情については未だに理解不能ではあるし、現段階でルーベンスが友達かどうかは微妙なラインだが、まぁ本人が楽しそうなら良いかという事にする。


「とにかく、私の目的のためにもここを出なければならない。だから協力する……つまりやる気が出たという事だ。これで良いか?」

「そこに繋がるのかよ」


 律儀にも最初のスケットンの質問に答えるルーベンスに、スケットンも噴き出した。

 何だかんだで真面目でな男だ。


「まぁいいぜ。全面的に信用するなんて言われるのは嘘くさくてかなわねぇ。とっととこんな屋敷脱出して、世界樹引っこ抜いてる犯人をとっ捕まえてやろうじゃねぇの」


 人の悪い笑みを浮かべながら、スケットンは新たに現れたゾンビを【竜殺し】で斬り飛ばす。ナナシの魔法とルーベンスもそれに続く。

 ぞろぞろと現れるアンデッドを倒し続け、そして引き離しながら走る三人の目の前に、ようやく書斎の扉が見えてきた。

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