第9話「気勢漲る、火の構えから放つ…」
—大阪府警、とある会議室—
「何の用?」
部屋に入ってきたともこは無愛想に吐き捨てた。
首相はともこの容姿に驚いていた。ともこ13という確実な腕を持つ仕事人がいるとある筋の人間から聞いていたが、まさか、こんなに若い女子高生だなんて…私の孫と同い年ぐらいじゃないか。
しかし、そんなことで驚いてる場合ではない。一刻を争う状況にあるのだ。
「どうしても君の力を借りたんだ」
首相はともこに話しはじめた。
「現在、高石市の石油コンビナートに石油タンカーが停泊しているのだが、そのタンカーがテロリストに占領されてしまってね…。
「彼らはタンカーのデッキに起爆装置を仕掛け、日本政府に対してタンカーと引き換えに100億円を現金で要求している。要求に応じなかった場合は、大阪の一部が爆破によって消し飛ぶことになる。
「取引は午前1時に行われる。万が一、起爆装置が作動されるようなことがあれば、それを止めて欲しいんだ」
「私じゃなくてもライフルで狙える人ぐらい自衛隊にいるでしょ?」
「ああ、そうなんだが…」
首相は困惑の表情を浮かべる。
「ふん、どうせ行政手続きと事後処理が面倒なだけでしょ? それとも自分の国の兵隊さんがそれほど信用できないの?」
「まさか…」
「まあ、依頼金さえ払ってくれればいいや。それで、起爆装置はリモコンになっているの?」
ともこは首相に訊ねた。
「リモコンになっている。自衛隊が裏をとってくれた」
「わかった」
ともこはそう言って立ち去った。
首相はポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭った。
……あんな若い子に重い仕事を任せるなんて、恥ずかしいやら、情けないやら。しかし、この事態の収束に失敗は許されないのだ。手段は選んでいられない。
—石油貯蔵庫—
「ここからタンカーまで80メートルぐらいかな」
千尋は双眼鏡を片手に、石油貯蔵庫の屋根からタンカーを見つめていた。
ともこはいつものように制服の上からユニフォームを羽織り、バットを手に取った。腕時計の針は12時45分を指していた。ともこは紙やすりでグリップを磨き、握り具合を調整していた。
千尋は珍しいものを見るようにともこを眺めた。バットの様子を気にするともこを見たことがなかったからだ。
「そろそろ時間だよ」
千尋の言葉にともこはうなずき、いつものようにバットを構えた。彼女の視線は起爆装置の置かれたデッキを捉えていた。
やがて、政府の使いが港に現れ、テログループの1人がタンカーから降りてきた。
千尋は双眼鏡でその様子を確認していた。彼女は男が運んできたキャッシュケースの数を数える。…8、9、10。あのサイズだと1億円分しか入らないタイプだ。つまり、10億円しか持ってきていない。
さしあたって、すぐに100億の現金を用意できなかったのだろう。
はあ、と千尋はため息をついた。
案の定、男とテロリストは言い合いになり、銃声が響き渡った。男は肩を手に当てて、ひざまづいた。
デッキのほうを見ると、リーダー格が起爆装置に向かって走って行った。
「ともこ、いくよ」
千尋がトスしたボールをともこは正確に捉えた。
「あっ」
ともこは微かに声を上げたが、それは海風に消されてしまった。リーダー格はつまづいて転んだのが、ともこの目に映り、慌ててスイングスピードを調整した。ともこの打球はいつものように美しい放物線を描いたが、しかし、狙っていたリーダー格の手元から大きく外れて、海へ落ちた。
ともこは自分の手を見ると震えていた。
今まで出来たことが咄嗟に出来なかったことなんて一度も無かったのに…。
リーダ格は震える手で、起爆装置のリモコンを拾い上げた。
千尋は咄嗟に予備のボールを手に取った。大きくステップを踏み、勢いをつけて放り投げると、ボールはわずかに曲がりながら風に乗り、リーダー格の頭に当たった。リーダー格は気を失って倒れた。
—首相官邸—
深夜、首相は庭に出て、タバコに火をつけて煙を吐き出した。
昨日のうちに石油タンカーの占領事件が無事に解決されて胸を撫で下ろしていると、不意に庭の奥から人の気配を感じた。その方を見ると、ともこだった。
首相は驚いた。
「君から依頼人の元に来るなんて」
「あんたに依頼金の半分を返しにきた」
ともこの言葉に首相はさらに驚いた。
「なぜ? あの事件は君のおかげで解決されたはずじゃ…」
「私の友達が解決した。いつも依頼金の半分はその友達に渡している。だけど、今回は私だけ自分の仕事ができなかったから返しにきた。それだけ」
ともこは現金の入ったキャッシュケースを首相の足元に置いて、立ち去った。
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