第79話 マロウと大人

 セッタが突然シバに噛みついた。


「何してるの?!やめて!姉さん!」

 メグルはセッタを止めようと、彼女の体に必死にすがりついた。

 しかし、セッタはおかまいなしに、シバをズタズタにしていく。


「ダメ!ダメだよ!体が無くなったシバが生き返れなくなっちゃう!」

 そう叫ぶと、メグルはシバをかばう様にその上に覆いかぶさってしまった。


「ワゥ」

 セッタは見下ろすようにメグルを睨む。

 あんな目をしているセッタは初めて見た。


「やだもん!退かないもん!だって、退いたらまたシバに酷い事するんでしょ?!」

 メグルも食らいつくように睨み返す。


 私はどちらの味方をすればよいのだろうか。

 シバをこのままにしておく訳にはいかない。

 メグルの為にも、シバの為にも。


 それでもメグルの気持ちを考えると、シバをバラす手伝いは出来なかった。


「わっ!」

 そうこうしている内に、しびれを切らしたセッタが、鼻先でメグルを突き飛ばした。

 丁度、シバの顔を抱えていたメグルは、シバの首ごと後方へと転がって行く。


 私はそんなセッタの行動に驚いた。

 まさか、あそこまでするとは思わなかったからだ。


 その隙に、セッタはシバを引き千切り始める。

 目線を私やメグルに向ける事すらない。

 一心不乱だった。


 本気なんですね…。


 私にはあんな事、できない。

 なんせ、どちらの味方にもつけず、今もこうして動く事ができないのだから。


 メグルは自分の身に起きたことが理解できなかったのか、しばらく目をぱちくりさせていた。

 まさか、セッタにここまでしてこばまれるとは思っていなかったのだろう。


 そんなメグルを気にする事無く、シバの解体を続けるセッタ。

 メグルはだんだんと状況を理解してきたのか、シバの頭をギュッと抱えると、瞳をうるませた。


「姉さんの馬鹿!」

 そう言うと、メグルはシバの頭を抱えたまま駆け出してしまった。


 私は未だに動けない。

 セッタもその後を追う事はしなかった。


 その代わりに、血だらけの顔を上げると、私を見つめる。

 尻尾がメグルの消えて行った方向へ揺れた。


 行ってこい。

 そう言う事だろう。


 …私などで良いのだろうか。

 結局、私は何もできなかった。

 彼を追う資格があるのだろうか。


「ワゥ!」

 セッタが、鬱陶うっとうしいと言わんばかりに、尻尾で私の背中を叩く。


 うじうじしていても仕方がないだろう。

 それとも、メグルを見捨てるのか?

 彼女の瞳が私に問うてくる。


「…そんなの」

 見捨てられるわけがない。


 動けなかった私には、彼を追う資格は無いのかも知れない。

 それでも、私はあの子の家族だから…。お母さんだから…。

 可愛いメグルをこのままにしておく訳にはいかない!


 セッタは自ら憎まれ役を買って出てくれたのだろう。

 勇気のない私に代わって。


 それでも、そんな私でもメグルを救えると、セッタは信じている。

 私はその期待に答えなければならない。


「ありがとう。セッタ」

 これではどちらが親だか分からない。


 私も思った以上に子どもだったという事か。

 それなのに、大人ぶって、無駄な事ばかり考えて、結局動けなくなってしまった。


「馬鹿馬鹿しっ!」

 それならば、私も子どもらしく正面からぶつかって行こうではないか。


 …思えば、私は一度もメグルをしかった事がなかった。

 それは勿論、彼が良い子だからなのだが…。


 それでも、彼の危険な行動にひやひやさせられる事は多かった。

 あの時、しっかりと叱っていれば。

 悪い事を悪いと言える関係なら、こうはならなかったのだろうか?


 …いや、今はそれを考えている時でない。


「待ってなさい、馬鹿メグル!」

 私は拳を握ると、彼の後を追った。


 彼の頭に怒りの鉄槌をくだすために為に。

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