第54話 ミランとあの頃の私達

「ちょっと危ないじゃない!」

 やっと一息つけた私は振り向かずに文句を言う。


「何を言う!貴様が足元ばかりに目を向けているから…。おっとすまん」

 カクタスは興奮からか口調が荒々しくなった事をびているようだった。


「冗談よ。…アンタ。中々良い動きするじゃない。見直したわよ」

 それに対して私も冒険者の時同様の口調で返す。

 こういう血生臭いの。嫌いじゃない。


「フッ…そうか。貴様も先程までとは大違いだ。どっちが本物なんだ?」

 カクタスが私の背中を守りながら意地悪い質問をしてくる。


「そんなのアンタが一番分かってるんだろ?お父さん」

 私はカクタスの背中を守りながらその問いに皮肉で返した。


「はっはっは!これは一本取られた!お前の旦那は良くお前を手に入れられたものだ!」

 敵に囲まれている事など気にもしないように、カクタスは豪快ごうかいに笑う。


「うっさいわね!んな事はどうでも良いのよ!」

 私は顔を赤らめながら、牙獣の首を切り落とした。


「そうだな!今はどうでも良い事だ!」

 後ろでも接戦が繰り広げられているだろうに、それを全く感じさせない返答。

 あぁ、楽しい。こんなにも危機迫る戦いだと言うのに、何故にこうにも楽しいのか。


 私は一瞬思い浮かんだコランの顔をすぐに頭からかき消す。

 今の私は親ではない。親であってはらないのだ。

 もし親に戻ってしまったら、失う恐怖で体が動かなくなってしまうから。


 私は冒険者ミランだ。

 そして背を任せるのは二児の父親ではなく、鬼の衛兵長カクタス。

 お互いの全盛期をなぞる様に戦う。背負うものなど思い出さぬように。


「「これで終わりだ!」」

 互いに最後の一匹を切り伏せる。既に息は絶え絶えだった。


「お、わった…な」

「そう、みたいだな」

 お互いに背を預け、その場にしゃがみ込む。もはや指一本動かす気力もなかった。


「おいおい。マジかよ」

 燃える村を背に、二匹の牙獣がこちらに向かって歩いて来ていた。

 あちらは村人たちがいたはずの方角だ。

 …彼らの体についているおびただしい量の返り血を見るに、誰一人生き残っていないだろう。


「まだ残っていたみたいだな」

 カクタスが剣を杖代わりに立ち上がろうとした、次の瞬間。


「…え?」

 カクタスが倒れこんだ。

 その顔には岩がめり込んでいる。


「…」

 私は声も出せずに固まっていた。

 カクタスはまだ生きているのか、ピクピクと痙攣けいれんしていたが、暫くすると動かなくなる。


 気付けば牙獣の二匹は私の眼前まで迫っていた。

 片方は酷くちているが、もう片方には生気を感じる。


 だが、そんな事はどうでも良いのだ。

 カタクスは謎の攻撃で死んだ。

 私が動けたとしてあれをかわすことは不可能だろう。


 しかし、冒険者にとって隣り合う者の死は日常だ。

 それに冒険者たる者、黙ってやられるわけにもいかない。


 私は闘争心とうそうしんをむき出しにして斬りかかる。

 狙いは生きている狼の方だ。

 生きているなら痛みでひるむ。その隙をつく!


「なっ…!」

 しかし、私の振るった剣は生きている牙獣には届かなかった。

 朽ちかけていた牙獣がその身をていして相方を守ったからである。


 生気のある牙獣は相方が受けた傷をいたわる様に優しくめる。

 明らかに今までの意思の無い獣とは何かが違った。


 私は恐怖を感じて後退る。

 何かとんでもない事をしてしまったような、そんな感覚だった。


 このまま逃げ切れればと思ったのだが、そうはいかなかった。

 生気のある鋭い目が私をとらえる。


「ひっ!」

 私はその目を直視できず、背を向けて逃げ出した。

 怖い。ただそれだけだった。


 怖い?何が怖いの?


 そんな事を考えながら走る私の背中を途轍とてつもない衝撃が襲った。

 私は吹き飛び、その場にうずくまると、胃の中の物を全て吐き出す。


 痛い。苦しい。怖い。

 …いや、怖いくないだろ?だって私は冒険者だ。

 痛いのだって慣れている。

 立て。立て…立て!


 私は言う事を聞かない体を引きずり、転がって行った剣に手を伸ばす。

 もう少し…。もう少しで…。


 剣に手を伸ばす私の背中に、何かが乗った。

 いや、何かなど分かっている。

 しかし、私は振り向かずにはいられなかった。


 私の背中に前足を乗せた生気のある牙獣はめて!褒めて!と言った風に朽ちかけた牙獣にすり寄っていた。

 その姿が私に擦り寄ってくるコランと重なって…。


 そう思った時、私は恐怖の意味を思い出した。

 …そして動けなくなった。


 カクタスさんはこの二匹を見た時、カーネちゃんの事は頭にないようだった。 

 きっとその方が幸せだったろう。なんせ、自分一人で死ねたのだから。


 そんな馬鹿げたことを考えている私をいさめるように、生気のある牙獣が私のひとみのぞき込んだ。


「い、いや…」


 私はこんな所で死ぬわけにはいかない。

 家に帰って、また皆を困らせたコランを思いっきりしかって、優しいパパにコランをなぐさめて貰う。

 私はその間に美味しいご飯を一杯用意をして、仲直りするのだ。


 明日になったら一緒に冬の準備をして、冬の間は家の中でずっと一緒。

 そしてまた春になる。


 またちょっと大きくなったコランが、春の草原を駆ける。

 そして、彼女は毎年変わらず、私の誕生日に作ってくれる花飾りを今年もプレゼントしてくれるのだ。

 私は「もう、芸がないんだから」と言いながらその花飾りを大切にこっそりと取っておく…。


 もっとみんなと一緒にいたい。あの子の成長を見守りたい。


 だから…。


「お願い…助け」

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