第53話 ミランと死闘

 村人の集団から離れ、獣を引きつけた私達。


「囲まれていますね」

 私はそう呟いたが、全く驚いていない。

 これが人為的なものである事は薄々予想できていたのだ。

 なんせ、この火災自体が不自然な事だらけだったのだから。


 火元の無い空き家での出火。

 異常なほどに燃えさかる炎。

 そして素早い火の回り。

 カクタスさんが居なければ今頃村は混乱の中に人々を巻き込んで焼け落ちていただろう。


「逃がさないつもりだな。ぞくか何か…」

 そこまで口に出したカクタスさんの目の前に、ゆる村の明かりに照らされて、獣の集団が姿を現す。


 その集団は様々な種類の獣で構成こうせいされ、とても知性の低い獣達の行動とは思えなかった。


 いや、獣の知性が低いか如何どうなど、この際関係ないのかもしれない。

 なんせ、相手はすでに死んでいるのだから。

 死んでいてなお、集団で私達を取りかこんでいるのだ。


 獣、加えて言えば脳まで腐り落ちている様な奴らだ。

 村に火を点け、私達を取り囲むなんて芸当げいとうができるはずがなかった。


「魔族…」

 私はそう呟いた。

 彼らは人間界で稀に見るアンデットという魔物で、知性と言うものはほとんど無かった。

 つまり、誰かがあやつっている。


 そんな事ができるのは魔力濃度の高い魔界にむ魔族だけだった。

 何故こんな所に。とは思わない。

 山をはさんでいるとはいえこの場所は魔界に近い場所だ。

 十分にあり得る。


 では操っている魔族を見つけて殺せば良いのか?

 いや、そんな簡単な話ではない。


 奴ら一人一人が人間界を支配する王族と同じ力を所有しているのだ。

 王族が使う力を奇跡、魔族が使う力を魔法としているが、現象としては同じもの。


 いや、起こす現象の多彩たさいさや、規模は魔族に大きくおとっていると言って良い。


 詰る所、私達だけでこの国をべる者以上の実力者を倒せるのか、と言う話になってくる。

 勿論、答えは否だ。


 と、なればまずは目の前の敵を倒すしかない。

 魔族が居ようが居まいがする事は変わらないのである。


 やられる前にやる!

 私とカクタスさんは目を合わせると同時に獣の集団に向かって駆けだした。


 獣たちはちかけた体だけあり、動きが相当に鈍い。

 数は多いが冷静に対処すれば倒せない敵ではなかった。


 まず、突進獣は固い頭を避けて斬り捨てる。

 腐敗により動きが遅い為、突進は意味をなさず、振り回す牙だけに気を付ければ問題なかった。


 斧角を持つ者や牙獣の狩人にしても角や牙に気を付ければ良いだけ。

 跳躍や素早い動きができない事は救いだった。


 しかし、その分、力は異様に強い。


 斧角を持つ者の攻撃を正面から受ければ、例え剣で防いだとしても弾き飛ばされる。

 そうなってしまえば体勢を立て直す前に殺されてしまうのは目に見えていた。


 牙獣の狩人にしても、剣をくわえられたら終わりだ。

 その力で咥えられようものなら武器を奪い返すことなどできないのだから。


 加えて既に死んでいる身だけあり、斬りつけてもぴくともしない。

 攻撃手段か移動手段を切り落とす他、無力化する術がない事は私達を心身ともに疲労させた。


 特に厄介やっかいなのが、身長の低い突進獣。

 大型獣にまぎれて接近に気付きづらい。

 その上、固い頭と牙を剣で落とすには無理があり、寸胴ずんどうな体は簡単に無力化できなかった。


 勿論、身長が低い為、剣での攻撃が当てにくく、防ぎにくい。

 加えて最も数が多いのだから鬱陶うっとうしくてたまらなかった。


「しゃがめ!」

 突進獣に気を取られていた私はその声に無意識に反応し、頭を下げる。

 その動きに合わせた様に、私の頭上を鋭い剣先がいだ。


 前を見てみれば、斧角の首が宙に浮いているではないか。


 しかし、それだけで奴らは止まらない。

 私は咄嗟とっさに、しゃがんだ状態で剣を薙ぐ。


 前脚を切り落とされた斧角は地面で無様に暴れ始め、一瞬、その場に空間が生まれた。


 私はそのすきにバックステップをする。

 背後を確認する必要はない。

 なんせ、私の後ろを守っているのは鬼の衛兵長、カクタスなのだから。


 暴れまわる死体は直ぐに後から来た獣に踏みつぶされ、それでも動き続ける。

 …ああはなりたくないものだ。


 ここまでほぼ一呼吸。一瞬の出来事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る