第51話 カーネとプライド

「火事だぁ~~!!!」

 日も落ちて暗くなった部屋のすみ

 一人私がうずくまっていると、外からそんな叫び声が聞こえて来た。


 私は顔を起こし、窓枠まどわくから外をながめる。

 そこには綺麗な星空を燃やし尽くすほどの火柱が立っていた。


 火柱が風で棚引たなびけば辺りはたちまち火の海と化す。

 村人たちはうに鎮火を諦めているようで、皆一様に村の外へ逃げ出していく。

 私は何をする訳でもなく、窓枠に体を任せ、皆のあわてふためく様を目で追っていた。


「カーネ!」

 大きな声と共に、カクタスが家の中に入ってくる。


「…何をやっているんだ?早く行くぞ」

 カクタスはほうけるように外を見る私を目にめ、声を掛けて来た。


 しかし私は動く気になれない。

 どうも現実味が無いのだ。

 村がこんな事になっているのも、あれだけ言い争ったカクタスが私を助けに来ていることも。

 …そしてリリーが私を必要としなくなったことも。


「おい!今は喧嘩けんかを引きずっている場合じゃないんだ!早く外に出なさい!」

 カクタスはそう言いながら私の腕を引っ張った。

 私はされるがまま、引きずられて行く。


 そもそも喧嘩とはなんだ。

 私が一方的に怒鳴どなり散らしただけではないか。

 結局私は部屋に逃げ帰り、リリーはカクタスについて行ってしまった。


 カクタスは自身で歩こうともしない私を何も言わずに抱き抱える。

 私は大人のつもりでいたのに、なんて様だ。

 これではもう、ただの駄々だだではないか。


 カクタスはそんな私を村人の集まる畑道へと下ろす。


 農作物もり終えた今、ここには土しかない。

 確かに火が燃え広がってくることはないだろう。

 加えてこれほど迅速じんそくな、村人の避難ひなんも彼なしでは考えられない。


「流石衛兵長カタクスだ」

 私が厭味いやみったらしく言葉を吐くが、彼は振り返る事すらせず、唯々ただただ燃える村を見つめていた。


 私がいくらわめいたところで相手にされない。

 …これが大人の余裕か。


 私はつばを吐きそうになるが、そんな事をしてもみじめになるだけだ。

 辺りを見回してリリーの姿を探す。


 如何どうやら子どもたちは一か所に集められているようで、その中から親が自分の子どもを連れだしているようだった。

 涙の再会がそこら中であふれている。

 感動の大安売りだ。


「…あぁ!もう!」

 今の私は我儘わがままが通らないで、不貞腐ふてくされている子どもと一緒だ。

 辺りのモノ全てに当たり散らして不満を発散させているだけだ。


 どんどん自分が嫌いになって行く。

 今まではあんなに大人でいられたのに。

 リリーの保護者、良いお姉ちゃんでいられたのに。

 全部全部アイツのせいだ。アイツさえいなければ!


 ふと、そこで子ども達の中にリリーがいない事に気が付いた。

 しかし考えてみれば当たり前の事だ。なんせリリーは人見知りで、保護者は今私の前に立っているのだから。


 …あれ?それじゃあリリーは一体どこへ?


「…リリーは?」

 私はカタクスの背中に問う。


「リリーはコランと共に彼の下に向かった。しばらく探したのだが見つからなくてな。しかし、森には彼がいる。心配ないさ」


 …は?


 あまりの衝撃しょうげきに言葉が出なかった。

 リリーを一人山に置いてきた?

 それも会えるかどうかも分からないあいつにたくして?


「てめぇ!正気か!リリーに何かあったらどうするつもりだ!」

 私はカクタスになぐりかかった。

 正直なんだかんだ言って私はカクタスの事は信頼し始めていたのだ。


 だから本音だってぶちまけられたし、それを聞いてなお、私に暴力を振るったり、見捨てる事はなかった。

 …リリーの事を任せても良いと思った。


「くそ!くそ!くそっ!私が馬鹿だった!人を信頼するなってあれ程リリーに言って聞かせてたのに!畜生ちくしょう!」

 私はリリーを探しに森に駆け出そうとした。

 しかし、その肩をがっしりとした手が掴む。


「なんだ!クソやっ」


 パァン!


 とても小気味良こぎみよい音が夜の空に響き渡った。

 皆一様みないちように静まり返り、こちらに視線を向ける。


「お前が行って何になる。これ以上皆に迷惑をかけるな。大人になれ」

 その瞬間。私の中で何かがはじけ飛んだ。

 はたかれたほおの痛みも、まるで他人事のように感じる。


 大人になれだって?

 子どもの私を力でねじ伏せておいて何を言っているんだ?


 …そうか、可笑しいのはこの世界の方なのか。

 やっと納得がいった。そうか、そういう事だったのか。


 私は憑き物のとれたような気持ちになり、頭が軽くなった。

 私は間違っていなかった。


 それじゃあ私が全部直してあげなきゃ。"リリーの為"にもね。


 彼女は静かに笑う。その意味に誰一人気付く事はなかった。

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