カルマの塔:凪の時

「ふーん、そんなことがあったんだ」

「君の友達を巻き込んだのは申し訳ないと思っているよ。でも、このアルカスで密談が可能な『穴』って言うのは、俺にとってはそれほど多くないんだ」

「別に其処は良いけどね。迷惑をかけるってんなら別だけどさ」

「それは無いように立ち回るつもり」

「なら良し! しっかりお金は払ってあげなよ。苦労してんのよあの子。ああいう刺激の薄い系の店はやってくの大変なんだから」

「……え、あれって刺激薄いの?」

「軽いおさわりまでだからね」

「……なるほど」

「……何考えこんでんのよ、童の貞じゃあるまいし」

「…………」

「イェレナって子とは?」

「互いに生殖行為をする理由も余裕もなかった」

「コルセアは?」

「経験の無さを隠すためにそう言う雰囲気にならぬよう努力を」

「……超ダサくて笑う」

「むしろ笑ってくれ。今みたいに真顔だと心に来る」

「まああたしも無いけどね。運良く、パパのおかげで売る必要がなかったから」

「……そうだね。誰も好き好んで身体を売りたいわけじゃない、か」

「好きな子もいるけどね。手っ取り早く稼げるし」

「たくましいなあ」

 地の底でも花は咲く。生きるために身体を売る者もいれば、上を目指す手段として同じことをする者もいる。目的が異なれど手段が同じことは多々あろう。

「ミラは、カイルさんはいつ頃あっちに向かうの?」

「ん、わかんない。でも、見届けるまではって言ってた。何のことかは知らない」

「そっか」

「たぶん友達関係だと私は見てるけどね。パパ、昔の友達と喧嘩しちゃったのかさ、距離を取ってるみたい。でも、旧い記憶にね、あんたと一緒に――」

 アルフレッドはミラの唇に指を添えた。

「しぃ。他言無用だよ。絶対に、漏れてはならぬことだから」

「……近い!」

 ミラが手でアルフレッドを払う。おっととよろけるアルフレッド。杖でバランスを取ったが、明らかに普通の状態ではない。

 ミラの基礎動作が早いこともあるが、万全でなくともこの程度ひょいとかわすか受けるか、本来の彼ならばこの程度で体勢を崩すはずがない。

「ごめん。大丈夫、誰にも言わない。つーか言っても信じないって」

「それはそうだ。でも、そこから導き出される真実は、全てをご破算にする。欠片も残してはならない事実の断片だ。友達だから問題があるわけじゃないよ。立場の話じゃない」

「……よくわかんないけど、わかった」

「君と俺が親友な事実は好きなだけ言いふらしてもらっても良いけどね」

「やーだー、気持ち悪いー。童の貞が移るー」

「き、君だって経験無いって言ったじゃないか!」

「そーいうメンタリティの話してんのこっちは」

「……左様ですか」

「左様でございます」

 アルフレッドとミラ、俯瞰して見るとまるで兄妹のようであった。きっと、そう言われたなら兄か姉かで大揉めするだろうが――

「君もついて行くんだね」

「ん、まあね。こっちいてもやることないし」

「今のうちに色々、マナーとか勉強しとくと良いよ。細かいところは国ごとに違うけど、要は気遣いが出来ているってところが見えれば良いわけだから」

「実はレオニーに教えてもらってる」

「……あの子は面倒見がいいなあ」

「ちなみにレオニーの初恋はなよなよしたお坊ちゃんだったらしい」

「へえ、まるで昔の俺みたいだ」

「はーい脈無しご愁傷さまです姉御」

 別れの時は――そう遠くない未来。アルカスにやってきてからほとんど一緒だった。初めての敗北をくれた人。本当はもっと前に出会っていたけれど、アルフレッドにとってはとてつもない衝撃だったのだ。

 あの強さが、身のこなしが、とても綺麗で、格好良くて。

「ま、たぶんパパは終わりまで見てるだろうし、私も見届けてあげる。敵は強いんでしょ」

「最強さ。其処に辿り着くまでも遠い。一つずつ切り崩していかなきゃ」

「でもやるんだ」

「最短でね」

「困ったら何でも言って。私に出来ることは何でもするから」

「何でもはさせないよ」

「弱っちい癖に水臭い。そのヘロヘロ足じゃ何も出来ないでしょ」

「そう見せてるだけで完治しているかもよ」

「じゃあ前みたいに組手でもしよっか?」

「申し訳ございませんミラ様。強がりのわたくしをお許しください」

「なっはっは、わかればよいッ!」

 高笑いをしているミラを見てアルフレッドは微笑んだ。彼女との時間も居心地がいい。気を遣う必要も無く、頭を働かせることも無い。ただ隣にいるだけで笑えて、泣けて、ぼーっとすることもできる。

 アルフレッドにとって、彼女の隣とはそういう場所。

「……俺が出来ると判断した範囲で、手伝ってもらえたらとは思っているよ」

「素直でよろしい。ま、気兼ねせず使ってよ。馬鹿だけど腕は立つつもりだから」

「あのゼナ・シド・カンペアドールと引き分けた女だからね」

「超不服。今の私なら絶対に勝つね。いずれ証明してみせる」

「あっはっは、じゃあゼナに勝った人が俺の親友だって自慢させてもらうよ」

「そうしなさいな」

「そうします」

 だから終わらせる。王に隣は必要ないから。

 彼女もまた近づくために別の道を往く。彼女とその父の武力は、ネーデルクスとエスタードと言う大国の狭間にあって大きな影響力を持つことになるだろう。

 昔、かの国が周辺諸国の雄として小国ながら絶大な影響力を誇ったように。もう一度立つのだ、何とか繋いだ可能性、未来が。

「じゃあまたね」

「はいはい。夜道に気を付けてねお坊ちゃま」

「そっちこそお気をつけて、レディ・ミラ」

「オェ、気持ち悪」

「言った俺も気持ち悪いや」

「……んじゃ、またね」

 あと何度、こうして別れが言えるのだろうか――


     ○


「喧嘩売った割に穏やかだなぁ」

「嵐の前の静けさ、だろう。偉い者ほど面子を気にするし、される」

 王宮を我が物顔で散歩するクレスとバルドヴィーノ。外から来た『お客様』扱いも何のその。そもそも人の顔色を伺うようなタマではない。

「……この前の『あれ』も大した情報持ってなかったから、仕掛けるネタも無いし、あいつも仕掛ける気は無しときたもんだ。手詰まり感あるぜ」

「どこに耳があるかわからんのに迂闊なことを」

「俺の鼻が大丈夫って言ってんだから大丈夫なんだよ。野生舐めんな野性を」

「……まあ昨日の模擬戦はたまたまそれでやられたから少しは信じよう。少しな」

「次も負かせてやるよ。てか何でうちの大将は死体を秘密裏に処理したんだ? 俺ならバラバラにして丁重に送り返すけど。そっちの方が圧を与えられるじゃん」

「物騒だな。俺は逆に殿下のやり方に賛成だ。部下の血で揺らぐ輩でもあるまいし、無意味に王宮を血生臭くする必要はない。それに、見えない方が色々想像させられる。死んだのか、逃がされたのか、どういう情報を吐き出したのか、奴は何を知っていたのか」

「部下への情報の分別はついてるだろ。全然ろくな事知らなかったし」

「与えられた情報は、な。しかし、『あれ』も人間だ。目もついていれば耳もある。たまたま耳にした情報が、局面を左右するもの、という可能性も無くはない」

「なるほど。知らせないことで考えなくても良いことまで考えさせるってことか。あー、相変わらず人間はめんどくせえ生き方してんなあ。山は良いぜ山は。シンプルでわかりやすい。弱肉強食、それだけ」

「余生を山で過ごすのも悪くないな」

「良い狩場教えてやるよ」

「要らんさ。自分で探す。醍醐味を奪われてはかなわんよ」

 冗談交じりの会話。二人とも思いっきり聞かれてはまずい情報をさらけ出しているが、室内での会話よりも幾分か安全なのだ。こういった通路で、世間話と織り交ぜて会話することは。

 しかも二人は手練れ、周囲に対する警戒精度は常人とは比較にならぬモノ。

「で、肝心の殿下は今何処で何をしてんだ?」

「朝、聞いていなかったのか?」

「朝弱いから半分寝てた」

「……こんな男が総大将を務めていたオストベルグか」

「おい馬鹿にするなよ。戦じゃ鬼強いからな俺」

「腹立たしいがそれは認めている。お前に完勝したと言うその一点だけで、白騎士が戦術家としても優れていた証左に成るだろう。戦略家としては語るまでもないだろうが」

「嫌なこと思い出させんなよ。未だに悪夢であいつが出てくるんだって。で、話がそれたけど」

「ああ、殿下か。今は、もう一人の殿下と戯れている頃だ」

「もう一人……二番目だっけ? 三番目だっけ?」

「どちらも正解だ。どうもその辺りがややこしい。第二王妃の息子が第三王子だからどっちを見るかで二番と三番が分かれてしまう」

「……もう名前で呼べよ。名前忘れたけど」

「……お前はさすがにもう少し色々と興味を持て」

「やなこった。俺の仕事は弁えてるつもりだ。その部分は、期待されてもねえだろ。仕事はきっちりこなすさ。ガキんちょどもを一人前にするって仕事はな」

「お前にはもう一つあると思うがな」

「それもいずれは押し付けるさ。ギュンターとはソリが合わねえんだ、昔から」

 そう言うクレスの顔にはどこか昔を懐かしむ様子が垣間見えた。彼にとってこの地で生きることは、縁も所縁もないバルドヴィーノとは異なり、色々と複雑な想いがあるはず。敗戦国の将で、今は戦勝国の王子の部下。

 思うところがないはずもない。

 幸い、オストベルグの地で彼らの主、アルフレッドの評価は悪くない。そもそもテイラー自体が英雄ストラクレスを粉骨砕身で食い止めたことで、高い評価を受けていた。その血と覇者の血、相殺する形で、嫌われてはいないと言う何とも微妙な評価から、今回の一件で評価を上げ、さすがあのカール・フォン・テイラーの甥っ子という評価に落ち着いた。

 ちなみにアンゼルムは蛇蝎の如く嫌われている。余談だが。

「ちなみにその第三王子との戯れって策略の内?」

「策略の内じゃないのが策略だと言っていた」

「……わけわかんねえ」

「俺もだ」

 多くを語らない主、アルフレッド。彼の綴る脚本で自分たちがどう踊るのか、役割こそ弁えている二人であったが、その終着点は二人とも見えていない。

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