オリュンピア:女の意地
第二回戦、初戦の熱が嘘のように後続はあっさりとした試合が続く。二試合目は人種こそ珍しかったもののさらりと決着し観客を醒めさせた。実力者と目されているパロミデスも相手を圧倒し、次に駒を進める。
パロミデスが次に当たる相手を決める一戦。意味深なことを言っていたアルフレッドの手前、注目せねばと思ったのか試合を終えたばかりのパロミデスやランベルトらアルカディア勢の視線は熱い。
だが――
「何つーか相手の気迫が空回りした試合だったな。いや、うまいのはわかるんだけど、どう考えてもパロミデスの方が強くねえか?」
「ええ、僕もそう思います。今の兄上があの方に負ける気がしません」
「……ほんとにそう思ってんの?」
「んだよミラ。言いたいことありそうだな」
「終わって気ぃ抜いてんじゃねーよって話。あの糸目男、手抜いてるのはもちろんだけど、反応のポイントが異様に早いの気づいてる?」
「反応のポイント?」
「ほら気づいてない。あん時のあんたなら、たぶん見逃さなかった。まだ剣を手放すつもりがないなら、しっかり見ときなよ。弱い奴はどんどん淘汰されてるし、強いのが残りつつある。パロはどっち側だと思う?」
「んなもん強い側に――」
ミラの顔を見てランベルトは声を失う。自分たちを雑魚だ弱虫だと蔑むのは日常茶飯事だが、この表情は見たことがなかった。表面的には馬鹿にしている風にも見えるが、どこか哀しげにも見える。
「あいつはパロミデスだぞ。弱いわけねえさ」
「あたしは、あんたとパロだとあんたのがやり辛いけどね」
「……それ、冗談で言って、ねえんだよな」
「さあね。そろそろ出番だし行ってきまーす」
アルフレッドの言葉、今のミラの表情。不安要素は多かった。アルカディアのことしか知らない自分がとても矮小に見えて、強烈な焦燥感が芽生えてしまう。強く見えなかった彼が、自分にとって大きな壁であったパロミデスを打ち破り、その彼もまたどこかで負けて、そして――
「慌てちゃだめだよランベルト君」
焦りを失うのは終わりだが、焦り過ぎても意味がない。オティーリアのやわらかな制止で、ランベルトは落ち着きを取り戻した。
「……慌ててねえよ。それよりさ、アルカスに戻ったら今度お茶しに行こうぜ。うまい菓子屋知ってんだ」
「あそこの角でしょ。知ってる。私も好きだから」
差があるのは知っている。それをしっかり見るために負けた自分はまだ残っているのだ。現実を見よう。焦るのは、その後で良い。
「……レオニー、あれ」
「……私たちもさ、そろそろ焦らなきゃかも」
「興味なし」
アルカディアかしましガールズは何となく自らが出遅れたことを悟った。
「へっくし!」
「風邪ですか?」
「そいつはベアだぞ? 馬鹿は風邪をひかねえって言うだろラファ」
「あっちに行ったりこっちに行ったり忙しい蝙蝠男め。あっちに行けしっし」
「ひでえ言い草だなおい」
謎の悪寒に見舞われるベアトリクスであったが、本人は気のせいだろうと結論付けた。この時代の適齢期というのは、春のように短い。
○
「ゼナちゃん無敵だ大勝利ー」
「……あんたのケツって最高に気が抜けるんだけど」
「そう? ゼナはやる気が出るなあ」
「ま、良いか。私も、たぶん負けないだろうし」
「およ、次の相手、後ろにいるよ?」
「聞かせてんのよ」
ミラは後ろを振り向く。そこにはゼナほどではないが女性離れした体躯の女が立っていた。ミラは相手の肉付き、特に胸を見てため息をついた。ついでにゼナの方も見てため息を重ねる。
「なんじゃ?」
「いや、あのおぼっちゃまも人の子かって思ってね。胸でしょ、結局。乳の出でも良くなんの、それでかいと。ほんっと、男ってバカばっか」
「馬鹿はお前じゃ。わしを悪う言うんはわしが聞き流せばええが、旦那の悪口は聞き流せんじゃろーが」
「一丁前に奥様気取り? あいつ、アルカディアの王子なんだけど」
「知っとるわ」
「釣り合わないでしょ、海賊と王子じゃ」
「知らん。あいつがその海賊を欲して、じじいが婚約を条件に同盟を結んだ。それだけじゃ」
「ハン、そこにあんたの意思はないんだ」
「関係なかろうが。お前が強いのは見りゃわかる。じゃが、わしも簡単に負ける気はない。特に、貴様のような能天気なやつにはのォ」
「あんだって?」
「あいつが人を見た目で判断する人間なら、救いもあったじゃろうがよ。それがわからんから、能天気じゃ言うとるんじゃ」
コルセアの怒気にミラは眉をひそめた。
「わしが尊敬しとるもんは二つおる。一人はじじい、もう一人が旦那じゃ。わしは負けるじゃろうが、ただでは負けてやらん」
歩き去るコルセアを見つめながら、ミラはやはりため息をつく。少しだけ、ほんの少しだけ、勝ち辛くなってしまった。ただの政略結婚であればぶち壊す気概も湧いたが、これではただのお邪魔虫ではないか。
(ああ、でも、今回に関しては徹頭徹尾お邪魔虫、か)
助けたいからくじく。彼女もまた知っているのだ。『彼』の道の先に、『彼』自身の幸せがないことを。だから――
(寄り添って力になるってキャラじゃないんだよね、私はさ)
全部まとめてぶち壊す。
守るのは、それからで良い。
○
コルセアが膝をつく姿を冷徹な目で見降ろすミラ。ある程度の実力差は覚悟していたコルセアであったが、本気を出した彼女の速さと強さの前に何もできず消耗させられてしまった。剣を振り始めた時にはそこにいた彼女が、到達するころには影も形も存在せず別の場所にいる。
勝負にもなっていない。ここまで差があるとはコルセアも思っていなかった。
(バケモンじゃ、こいつは)
とても静かにミラは君臨している。彼女はきっとコルセア自身の口から参ったと聞きたいのだろう。頭を垂れ、強者の前には勝てませんと、弱者にわからせるためあえて決着をつけないやり方。
観客もそれに気づいてかちょっとしたブーイングまで起きている。それでも彼女はやり方を変える気はない。ちらりと視線を向ける先には、彼女にとっておそらく最も大事な男がいた。これは警告、同じようにすると彼女は言っている。手心は加えない。大衆の前で、無様な姿をさらせば身の程を知るだろう。
(なんじゃ、ええ奴じゃな、こいつ)
コルセア自身にとってそれはむしろ協力したいやり口であった。彼にとっては終わらせることこそ救いとなる。それは――わかっている。だが、コルセアは個人である前にヴァイクの頭領、その血族なのだ。
覇道があるからヴァイクは彼に協力する。利益があると見越したからこその投資。そして、実際に彼は一つの航海で莫大な『財宝』を獲得してきた。その実績と、彼の身に流れる血、何よりもその器量があるから、ヴァイクは賭けに出た。
国をまたぐ同盟。あまりにも危険な橋を渡ると決めたのだ。
(ままならん。わしがじじいの娘じゃなければ、そもそも出会うこともなかった。釣り合わんし、目に留まることもなかったじゃろう。じじいの娘じゃから、利用価値があるから共におる。じゃが、じじいの娘じゃからこそ、ぬしほど奔放には、生きられんじゃ)
コルセアは気合の咆哮をあげながら肉厚のカトラスを振るう。だが、それはミラにかすりもせず空を切る。
「まだやんの?」
「じゃかしゃア! まだまだこれからじゃ!」
コルセアの気迫にミラの表情が一瞬曇った。
それでも、だからこそ、やり方は変えない。
(それに、わしはあれの覚悟も見とる。じゃから、やはり曲げんし退かん! くだらん意地じゃし、あれは何とも思わんじゃろうが、それでも――)
奇跡とはこう起こすのだと見せつけられた。覚悟も、準備も、何から何まで足りなかった己を見せつけられた。強烈な光景に、惹かれぬという方が無理だ。たった一度の航海、そこで起きた奇跡。
いや、起こした奇跡を彼女は見ていた。
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