オリュンピア:強豪続々

 突き抜けるような蒼空の下、首都エトナにかつてない熱気が立ち上る。

「ハッ、マジでやべーなこのイベント!」

「隙を見せるなランベルト! こんなところでアルカディア勢が落ちるわけにはいかん。我らの武を証明する時だ!」

「ねえよ、隙なんてなァ!」

 街中が戦場。今回の参加者は全員で千人近いと推定されていた。あえて、参加者数すら公開せず、王印が押された布の奪い合いへの情報を絞った形。つまらんことを考えずにとにかく戦え、という意図か。逆算して策を凝らしたいのなら、自らで調べろとの考えか。

 何にしても、五枚集めねば勝ち抜けない。

 何をしてもいい、勝たねばならない。

「おいおーい、随分、派手にやってくれんなオイ」

 実力者を、ルールすら不明な本戦で倒すよりも、何でも有りの予選で倒した方が良い。腕の劣る者でも徒党を組めば、実力者を追い落とすことは、可能。

「アルカディアのパロミデスだ! 全員、気を抜くなよ!」

「ついでにランベルトもいるぞ」

「くっ! 面倒くさいついでだぜ」

「ついでのくせに生意気だぞ! さっさと倒されろ!」

「勝手なこと言うなや! ぶっ飛ばすぞコラ!」

 多勢に無勢、戦う相手を探して通りを歩いていたら多数の参加者に囲まれてこの状況。ちなみにミラは「用事があるから」と別行動を取っている。

「ランベルトから潰すぞ!」

「弱い奴から落とすのは定跡だな!」

 狙われるランベルト。だが――

「テメエらよかつえーわ!」

 華麗な突きで相手の武器を弾き、彼らが「あっ――」と言い切る前に剣を巧みに動かし、相手の布をかすめ取る。華麗な動きに周囲から歓声が上がる。

「そ、そんな馬鹿な」

「なら、パロミデスだ!」

「あーあ、そっちは――」

 ドゴン、まるで岩が落下したかのような轟音。圧し潰されたような戦士の姿に、囲んでいた者たちは戦慄する。『黒金』の系譜、オストベルグの血は絶えていない。重装歩兵の、黒き鋼の魂は此処に在る。

 彼の眼が、立ち姿が、そう言っていた。

「外れだっつーの」

「誰が外れだ」

「背中、預けるぜ」

「……少し、不安だ」

「俺の機転で弟君は囲みを抜けたんだがァ!?」

「一応、感謝している。とは言え、これ以上の手出しは無用だ。あれも戦士として、己の腕を試すために此処に居る。ならば、手出しは無粋」

「あいよ。お兄ちゃんは大変だねえ。ま、とりまさっさと片付けますかい」

「そうだな。強い者と戦いに来た。貴様らに、用はない!」

 パロミデスとランベルト。

 アルカディアの若手実力者二人が多勢を相手に立ちまわる。


     ○


「はー、にぎやかだなあ」

 街中で衝突する戦士たち。オリュンピア予選に参加する者たちは証であり印である布を目視可能な場所に装着する。これが目印で、無いモノは参加者と見做されない。これをつけずに参戦した者にペナルティはあるのか、という問いに予選の監督官であるアンゼルムは「当然設けてある。ただし、ペナルティおよび監視の方法は、教えられない」とぼかして答えた。

「上手い返答でしたねアンゼルム氏は。あれで、たとえ監視がなくとも容易くルールは犯せない。監視の有る無しすら分からない状態の方が、ある意味フェアです」

「まあ、たぶん監視はあるだろーな。見た目通り手抜きしなさそうなタイプだし」

 ヴァルホールの代表であるスコールは足首に布を巻き付け、しれっと観戦者の群れに混ざっていた。隣に立つハティは深いため息をついていた。研鑽への努力は欠かさないくせに、何故か人前では手を抜いているように見せているスコールの性質には諦めていたが、

「やる気なさそうですね」

 せめての皮肉も――

「実際、あんまりなあ。ガリアスと同じでさ、一番強い奴だけ出せばいいだろ。そっちの方がわかりやすいし、俺も楽が出来る」

 全く効果なし。

「この形式であれば、多少の実力差なら簡単に埋められると思いますが」

「多少じゃねえって話だよハティ君。つーか、マジで参加しねえのなお前」

「それこそ、無意味です。私程度では……その話は良いでしょう。とにかく、貴方は我らがヴァルホールの代表なのですから、しっかり活躍してください」

「はいはい、そんで最後はきっちり王子につなげますよ」

 へらへらと笑いながらスコールは群れの中に紛れる。根は真面目で仕事はきっちりこなす彼のこと、同じことを考えている連中を狩っていくつもりなのだろう。今、堂々としている連中は実力者か浅慮な者たち。前者は何もしなくとも勝ち上がるし、後者も落ちる。

 ただ、知恵を凝らすタイプは、ルール次第で厄介になり得る。ゆえにスコールは『同じ考え』の奴を間引こうと考えたのだ。

 ハティは「まったく」と大きくため息をつく。

「私は、どちらが勝っても良いと思っていますよ、スコール」

 フェンリスを立てるのは家臣として当然のこと。しかし、勝ちを譲るのは違うだろう。それでは双方にとって得るものはない。

 一線を引くスコール。少し、もったいないと思ってしまうハティであった。


     ○


 誰よりも速く、何者よりも拙速にて――速さは力。

「退け退けェ! フェンリス様のお通りだァ!」

 雑魚の布を集める気はない。狙うは上玉、昨日何人かいた強者、ああいうのと戦いに来たのだ。そして示しに来た。自らの優秀さを。引いては、優秀な己が率いるヴァルホールと言う国の価値を、高めに来た。

「貴様が、あの黒狼の息子か! いざ尋常に――」

「あの負け犬と、一緒にすんなカス!」

 駆け抜けながら、襲い来る刃を、体をねじりながらかわし、その勢いのまま加速とねじれを利用した蹴りを顔面に叩き込む。吹き飛ぶ男には一瞥を交わすこともなく、フェンリスは戦うに値する相手を探す。それら全てを喰らって、頂点に立つ。

 もう、負け犬の息子とは呼ばせない。負け犬の国とは呼ばせない。

「俺が、最強なんだよ!」

 狼が駆ける。その轍に横たわる無残なる負け犬たち。

 図抜けた実力者という存在は、このルールに置いて天災のようなもの。

「フェ――」

「邪魔」

 通り抜けざまに、戦っている最中の二人を吹き飛ばし、そのまま走り去る。

 理不尽な暴力が、エトナの街を駆け抜ける。


     ○


 ミラは探していた。昨日、最後の最後に現れた幼馴染の姿を。会って言いたいことは特にないが、とりあえず泣くまで殴ってやろうと心に決めていた。そしてイーリスたちのところに引き摺って行き、頭を下げさせる。その後、帰れば良い。居場所がないなら作ってやれるだけのコネクションは手に入れた。

 強さも――あの時の無様はもう二度と晒す気はない。

「……無駄に広い。疲れたー」

 彼女もまた一種の怪物。知らずに挑んだ者の残骸が通り道に転がる。

「どこに居んのよアルー!」

 叫ぶミラ。苛立ちは、足元に転がる敵にぶつけた。


     ○


 ゼナは探していた。昨日、最後の最後で現れた今一番欲しいモノを。会って言いたいことは特にない。とにかく会ったら戦って、戦って、戦う。そしてゼナが勝って、お持ち帰りするのだ。そしてエルリードで毎日戦う。

 そんな幸せを夢想するたびに――

「むふふ」

 気分は上々。命のやり取りである戦場に比べるべくも無いが、これはこれで面白いモノである。居心地がいい。あとは強い敵に出会えれば何の問題もない。

「アルちゃんどこー?」

 裏路地をのぞき込むゼナ。

「どこに居んのよアルー!」

 叫ぶミラ。

「……むむ?」

 ゼナの頭に疑問符が浮かぶ。どこかで見た気がする顔立ち、色合いが、多少薄い気もするが――思い出した瞬間、ゼナは、

「イェレナちゃん! アルフレッドちゃんはどこ!? はやくおせーて!」

「ハァ? ってか、あんた誰よ」

「ゼナだよ。覚えてないのー?」

「あんたみたいにデカい女、一度会ってたら永劫忘れないっつーの」

 言葉遣いが乱暴、良く見ると小さいは小さいが、お持ち帰りするほど可愛らしくはない。むしろ嫌いな方である。

「人違いだったかー。ごめんね、ゼナ小っちゃくて見分けがつかなかった」

 そう言ってこの場を去ろうとゼナはミラに背を向けた。何の躊躇いもなく、ゼナはミラを相手に背を見せたのだ。興味がない、その背が雄弁に語る。普段なら一言をかけることもなく、殴り倒すところだが――

「悪いけど、私はあんたに用が出来たみたいだわ」

 ミラはゼナの腕を掴む。

「ゼナにはないよ」

 そのまま無造作に、ただ歩くように手を振って、いつも通り誰にも拘束されることなく自由意思で歩き回る。それが、出来なかった。

「……あれれ?」

「アルフレッドって金髪で間の抜けた奴よね? アレクシスって名乗っている馬鹿。あんた、あいつとどんな関係? そんでイェレナって誰?」

「んー、アルちゃんはねえ、ゼナの遊び相手だよ。ゼナが勝ったらずっと遊んでくれるって約束したの。イェレナちゃんは小っちゃい鳥ちゃん。小さくて可愛いの」

「……あんた歳いくつよ。まず一人称が名前って時点で気に食わないし、あいつを玩具にして良いのって私だけなんだけど。あとイェレナって誰」

「手、放した方が良いよ。ちょっと、ゼナちゃんぷんぷんだから」

 ゼナは、軽く力を入れた。槍を振るう時以外で、セーブしている本来の力の欠片を出す。これで大概の相手は折れてくれる。

 それだけの力が入っているはずなのに――

「ハァ!? なめんじゃ、ないっての!」

 それでもなお、ミラは動かない。意地でも、同じ腕一本で拮抗している。ゼナにとって、異性でさえほとんどない均衡。同性では当然初めての体験。

「アルフレッドの事聞いてんのよ! 言いなさいよ!」

「ゼナと遊べたら、教えてあげる」

 ゼナが、背中の槍に指を伸ばした瞬間、まるで槍が生き物のようにうねった。咄嗟に手を放して、回避するミラ。この反応速度は、やはり驚嘆に値するとゼナは警戒を深めた。そのすぐ後に、ゼナは知る。

「逆に聞くけど、私と遊べんの、あんた?」

 信じがたい体勢から、鋭い一撃が放たれる。かわされることまでは想定外とまで言わないが、かわして攻撃に転じられることなど想像の埒外。

「……ゼナ、お前の事、嫌いだなァ」

「奇遇じゃん。私も、気に食わないって思ってた」

 槍を構えるは巨躯の天才ゼナ・シド・カンペアドール。剣を肩に乗せて手招くは『最高』の娘、ミラ。互いに、同性相手に才能で拮抗した経験はない。

「あは、死んだらごめんね」

「うわ、ちょーうける。死ぬわけないじゃん、私が勝つのに」

 火花散る天才二人。無双の槍と天賦の剣が衝突する。


     ○


 リオネル・シラルデは欠伸を一つした後、その場を去った。

 倒れ伏す無数の戦士たち。強豪は狙われる。最も狙いやすいのは、大国ガリアスからたった一人で参加しているこの男であろう。単身で強いのは誰もが知っている。だからこそ予選で倒してしまおう。それが理屈である。

「……どこにいる」

 怪物は、何かを探すようなそぶりを見せる。

 求めるはかつての敗北との決別。

 そのために強くなった。まともに努力などしたことなかった男が、全力で取り組んだ三年半。間に合ったとリオネルは想う。己の想像する最強に、限りなく近づいた今こそ敗北を送り返す時であろう。

「……ば、化け物」

 充実の怪物、銀の獅子は獰猛に笑う。


     ○


 盲目の槍使いは、誰よりも早く『王』の居場所を掴んだ。

 相思相愛、当然彼らはいの一番に戦うだろう。『王』にとっては二人の間に流れる技術は虎の子であり、あまり世に広めたくはないと考えているはず。少なくとも自らが剣を振るう立場である間は――それが『王』の立場。

 そして『彼』は――


     ○


 かつて聖者が奇跡を起こしたタネの一つ、地下通路。今、聖ローレンスやアークランドを母体として再開発が続けられいる都市内で、唯一アンタッチャブルな領域であった。聖職者らが、襲い来る戦禍を彼らだけが回避するための通路で、街中に張り巡らされている。

 幾度も滅び、生まれ、繰り返すたびに増えた歪な舞台に、二人は立つ。

「やあラウル。昨日、誰よりも早く挑戦者として現れた君に敬意を表して、これでやろう」

 黄金騎士アレクシス、アルフレッドは腰に提げた剣を抜かずに拳を掲げる。

「……ありがたい」

 漆黒の装い。幾度も修羅場を超えたのだろう、見た目も常軌を逸しているが、その身が放つ雰囲気はもはや命がけすらぬるい圧を感じる。

「拳士ラウル、参る!」

「ああ、やろうか」

 静かに、緩やかに、二人は動き出す。

 そして、始まる。ローレンシアはもとい、本場東方でもなかなかお目にかかれない、本物同士の戦いである。

 緒戦、挑戦者、拳士ラウル。

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