幕間:ぶらり旅

 ルシタニアまでの道のりはとても穏やかなものであった。荒れ地を征き、追手に追われて野を駆け、山を越えて、深い森を抜けてきた旅とは打って変わり、ただゆったりと三人で話に興じながら歩むだけ。馬は二頭で荷物も比較的少なめ。

 もしも、をあまり考える必要がない街道を彼らは行く。

「それなりに人通りもありますね」

「ネーデルクスとエスタードの国境沿い、とくに北部はそれなりの規模の国家が軒を連ねておる。それらとの交易路なのだ、賑わいもするであろう」

「なるほど」

「戦乱の世などは犬猿の仲であったネーデルクスとエスタードが直接交易をせぬために仲介役として小国が上手く利用されたものよ。まあ、かつて七王国に比肩する、もしくは下位であれば超えているとされた国家連合も今は昔。烈日の進撃と旗印のグレヴィリウスが倒れたことで烏合の衆と堕した」

「まさに乱世、ですか」

「うむ。国が生まれ、滅び、そのサイクルが激化し、よくあることと陳腐化する。歴史を、伝統を、壊して、壊して、壊し尽し、その果てに我は何を見たのであろうな。旅をして、世界を見て、思う。我ら戦士の罪深さを」

「……大丈夫ですよ。次の時代、戦いのための戦争など絶対にさせません。人の血が流れる以上、せめて意味のある戦いであるべき。俺はそう思います」

 意味がある戦いであれば肯定できる、少年の言葉にはそういう」ニュアンスが含まれていた。世界を見て、人を知り、この世界の構造を理解した。

 誰もが上を目指している。より良い明日を求めている。ならば、どんな手段であれ人は必ず衝突するのだ。この世界は全てが満たされるには何もかもが足りず、人の欲は際限なく膨らむ。どこまでも全てが合致することはない。

 おそらく、満たされてなお、人は他者と比べて欲する生き物だから。

 旅は続く――

 焚火を囲んで他愛ない会話に花を咲かせる三人。

「左手は平気か?」

「まだ分からない。最善は尽くしたけど、元に戻るかは不明」

「仕方ないですよ。相手が強過ぎました。拳で戦う選択肢を取らなければ十合打ち合う間に殺されていたでしょうし。安いですよ、これぐらい」

「身を削る戦い方は控えるべきであろう。若き身なれば、その身体の使い道は先々いくらでもある。無事これ名馬也、労わらねばならぬぞ」

「アーク様の言う通り。アルはやり過ぎる」

「必要があるかないか、それだけだよ、イェレナ。必要ないなら削らないし、必要があれば削る。俺にもう少し才能があればね、優しくできるんだけどさ」

 アルフレッドは苦笑しながら先ほど包帯を巻いてもらったばかりの左手を眺める。此処までの旅で幾度もあった窮地。身を削るぐらいしか勝ちの目を出せない素体。手足の大きさ、父母を思い浮かべてもそろそろ打ち止めであろう。

 つまり、もう少しで天井が決まるのだ。

「……急ぎ過ぎてはならぬぞ」

「……俺はてっきり急がせたいから色々見せてくれているのかと思ってました」

「意図などない。我がそうしたいから見せているだけだ。卿自身の目で世界を見て回り、世界を感じ、卿の答えを出せばよいのだ」

「答え、ですか」

「焦ることなどない。時間は有限なれど、今は自由の身。永遠に続く旅ではないが、それでもまだ終わりにあらず。刮目せよ、若き旅人よ」

「……はい」

「ほれ、先ほど我が! 釣ってきた魚である。存分に喰らうがよい」

「あはは、それじゃあ――」

「あーん」

「……イェレナ? 俺、利き手は使えるよ? 串焼きなら――」

「あーん」

「食べ、られるんだけどなあ」

 観念して口を開いたアルフレッドに食べさせるイェレナ。彼女なりの愛情表現、ではなく怪我をしたことへの罰なのかもしれない。

 彼女は無言ゆえなかなか真意は掴めないが。

 旅は続く――

 馬を休ませるために足を止め、木陰で休憩している一行。手の包帯を解き、患部へ塗り薬を塗布する。これはカリスが餞別代りに譲ってくれたもので、大変高価かつ希少な薬品であるとイェレナが言っていた。

 彼女が表情に出していたので相当である。

「そういえばカリスさんと話してたよね、旅立つ前に」

「名前を伝えたらパパのこと知ってた。一緒に仕事をしたこともあるって」

「へえ、意外と世界は狭いもんだね」

「びっくり。優秀なお医者さんだったって褒めてくれた。新しさと理想を体現するにはマーシアでは狭く旧過ぎるって。少し、照れた」

「あはは。でも、ユランさんが優秀なのは分かるなあ。あの人、いい意味で変わり者だったよ。旅で出会った人の中でも異質だったし」

「ほめてる?」

「すっごく」

「今度言っておくね」

「ほんの少し言い方を変えてくれると嬉しいかな」

「考えておく。ところで、パパが子供の時に友達の友達、の妹さんが死んだらしくて、助けを求められたけど医家の認可を持たない者は、知識を持っていても医療行為ができないから何も出来なかったって言ってた。その悔いがパパを強くしたって」

「そっか」

 突然話が切り替わりとりあえず相槌を打つアルフレッド。

「アルを助けられなかった悔いで、私は強くなりたくない」

「……今後はもうちょっと、うん、気を付けるよ。ごめんね、イェレナ」

 イェレナには勝てないな、とアルフレッドは苦笑する。

 やるべき時にやることは変わりないが、それでも脳裏に「強くなりたくない」とこぼした彼女の貌が嫌でもちらついてしまう。

 彼女にそんな顔をさせたくないから、上手くやろうとアルフレッドは内省する。

 旅は続く――

 とある街道沿いにある宿屋にてくつろぐ三人。

「そういえば、あのイヴァンとかいう小僧はついてこなかったのか?」

「ちょっとゴネられたんですけど、そこはビシっと言いましたよ。君、行方不明だけどまだ軍属でしょ? 連れてけるわけないじゃんって」

「存外手厳しいのお」

「きちんと整理してこ、そ。って考えるとお腹が痛くなってきました」

「ガハハ、状況が違うとはいえ突発的な家出少年であるからな、卿も」

「い、一応信頼できる人に託してきましたから。一応ですけど。でも、イヴァンは旅をするよりも手っ取り早く世界に触れる方法がありますよ。家業の手伝いをするだけで、人と人を繋ぐ仕事ですから、視野なんて嫌でも広がります」

「人買いであったか?」

「ええ。高級な娼年、娼女の取り扱いに長けているそうです。そのまま手伝ってもいいですし、商品を変えてもいい。とにかく槍や戦いのこと以外からも学ぶ姿勢が必要でしょう? 視野を広げて幅を広げるだけで、彼、相当化けると思います」

「どっちが年上か分からんな」

「どうにも変ななつかれ方したみたいでして、少しやり辛いです。とりあえずイヴァンさんはハンナさんともどもマールテン公爵の密命で動いていたってことになったそうです。頑張ってほしいですね、諦めずに」

「ハンナさんの治療、全部できなかった」

「あはは、カリス侯爵が引き継いでくれたから大丈夫だよ、ね」

「……うん」

 旅は続く――

 ネーデルクスの国境付近に一行は近づいてきていた。

「ルシタニアって今どれくらいの人がいるんですか?」

「我も詳しくは知らぬが、散り散りになった者たちが戻ってきてそれなりの人はいるらしい。とはいえ失った人数も多く、奪われたモノ、刻まれた傷を癒すには途方もない時間が必要、まだ復興の最中と考えるべきであろうな」

「そうですか。そういえばルシタニアまでにいくつかの小国を通りますよね」

「うむ。その通りであるな」

「最近までネーデルクス、エスタードの領土であったのに、何だか最近急に多くの国が独立をしてますよね? 地図買う度に地名が変わってますもん」

「ああ、そのことであるか。国家を併合することは非常に難しい。同じ言語、文字を操れど文化や歴史まで同じではない。乱世では無理やり己のモノとし、敵に取られぬよう陣取り合戦が如く奪い合っておったが、平和と成れば自然な状態が好ましい。無意味に押し付け内乱の火種を生むよりも、独立という飴を与えて間接的に統治する方が賢い、と考えたのだろう。大国に帰属することには変わらぬよ」

「なるほど、アルカディアがそれをすれば国が半分に割れますね。出来る国と出来ない国があるわけですか。エスタードも本来は難しい立場でしょうが」

「ある意味で南北問題を逆手にとって帰属意識を高めておるからな。小国がどうこうよりも現地にとっては南方への敵意が勝るのだ。毒も薬になる好例である」

「ああ、なるほどなあ」

「ルシタニアまでの道行きに元グレヴィリウス王国領がある。ネーデルクス、エスタードの両国の間で揺れ動いた土地であるが、現在はエスタード領であったか。周辺は独立すれど未だに属州の立場を崩さぬかの国がどう思っているのか」

「興味、ありますね」

「であろう? 我もだ」

「グレヴィリウス王国にはとても古くて独特な医術や薬草学があるってパパから聞いたことがある。私も興味満々、ルシタニアもだけど」

「あはは、では参りましょうか」

「小国漫遊の旅である!」

 旅は続く――

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