夜明けのネーデルクス:闇夜

 ネーデルクス王都ネーデルダム。超大国であったかつての名残、豪華絢爛なる都市の中心にこの国の王宮がある。そこかしこで金銀、宝石、色とりどりのガラスの数々が煌く王宮内、その中枢は意外にも地下にあった。

 それほど大きくない円卓に座すはネーデルクスにおける侯爵以上、その中でも軍財政界における極々一握りのトップオブトップたち。

 最も上座に位置するはネーデルクス王クンラート。

 彼を起点にぐるりとこの国の重鎮たちが居並ぶ。

「最近巷を騒がせている顔剥ぎ事件、犯人の目途はまだつかんのか?」

「すでに十八名の被害者と十名の死者が出ている。一刻も早く事件を解決に導くべきかと思われるが、なかなか犯人も尻尾を掴ませてくれないようだね」

「三貴士がだらしないからこのような事件が起きるのだ!」

「若い彼らが舐められていることは確かでしょうな」

「されど代わりはおりますまい」

「しかしだな――」

 喧々囂々、結局こうなるのか、とクンラートは内心ため息をついていた。かつてとは随分面子も入れ替わった最高会議であったが、どれだけ入れ替わろうとも年寄りが雁首揃えた会議で若い自分がつまらないと思うのも無理はない。

 ああしろこうしろ、具体的な案は出さない。

 もう、彼らに見えている世界は旧過ぎるのだろうか。

「まあ、所詮些事であろう。荒事は武官共に任せておけばよい」

「確かに」

「違いありませんな」

 死傷者三十名を超える事件を些事と言い切るのもまた彼らの視点ゆえ。

「ネーデルクスの若き才能が散っている現状を些事、と申しましたか、マールテン公爵」

「何か文句があるのか、カリス侯」

 小太りの男が年老いた男を睨みつける。

「現場を知る者として苦言を呈せぬわけにもいかぬでしょう」

「医家風情が。相変わらず格を理解せぬ男だな、貴様は」

「権力を笠に着た者たちがどうなったか、当時もこの椅子に座っていた閣下が知らぬわけでもありますまい。私如きが此処に椅子を与えられた理由も」

「……口は禍の元であるぞ」

「存じておりますとも。ゆえに我らは此処にいる」

 小太りの公爵、マールテンは「ふん」と鼻を鳴らし視線を外す。恭しく頭を下げる老練なる医家であり侯爵、カリスは周囲に目配せし発言することを無言にて宣言する。

「陛下、狙われている者の共通点ですが、顔を剥ぎ取られたものすべてが金髪碧眼であったと部下より報告がありました。私が直接診ている患者も同様です」

「金髪碧眼、それ以外は?」

「ございません。出身地、経歴、年齢、性別、一切の共通項は見受けられませんでした」

「髪と眼だけ、か。目的が分からんな」

 クンラートが頭をかく。金髪碧眼、その特徴を持つ者はこの国では少なくない。この場でもカリスやマールテンらは同様の特徴を持つ。珍しくないのだ。

 ゆえに謎は深まるばかり。

「金髪碧眼と言えばシャウハウゼンであろう」

 マールテンはぽつりとこぼす。

「確かにシャウハウゼン様だ」

「だが、それに何の意味がある?」

 思い思いに口を開くも、結局何一つまとまらず皆一様に口を閉ざした。

「ふん、案外、新しいネーデルクスなどとのたまう連中が起こした事件やもしれぬぞ。伝説に泥を塗って貶め、くだらぬ新時代とやらに縋らせんとする姑息な策。あの小僧がいれば使いそうな手であろう」

「……ルドルフのことを言っているのか、公爵」

 クンラートが眼を細めた。されどマールテンに揺らぐ気配はない。

「神様気取りの売国奴、でありましょう陛下」

 立ち上がらんとするクンラートを側近の男が押し留めた。

「貴様らが、どの口で」

「心外ですな、陛下。この場で神頼みに与した代は、せいぜいカリス侯くらいのもの。それとて当時は若造であった。口を開く資格のない者たちは全て、死に絶えた。罪を犯したモノの血縁を責めるのであれば、それこそどの口、でしょう?」

「公爵閣下! 口が過ぎますぞ!」

「黙れ陛下の腰巾着が! 椅子の無い貴様に誰が発言を許した!」

「……ッ」

「口が過ぎるのは事実でありましょう、閣下」

「ふん、腰巾着は貴様もであったな、カリス。国士を売って手に入れた椅子の座り心地はどうだ? 私は貴様らを認めんよ。何が新時代か、くだらぬ!」

 激昂するマールテンを冷ややかな目でカリスは見ていた。他の貴族たちもさすがに追随する者はいない。ああいった輩が幅を利かせていた最高会議もすでに入れ替わった後。こう見えて半分以上はクンラートの、白の王の息がかかっている。

 白の王によって無理やり解体され、首を挿げ替えた現状。いかにマールテンが力ある貴族であってももはや無理を押し通すことなど出来ない。ただし、それは首輪のついたクンラートにも同じことが言えるが。

(結局のところ、まだ白の王に噛みつける力はこの国にない)

 新時代も一枚岩ではない。むしろ新時代こそバラバラであった。クンラートにとって本当の意味で同士と呼べる者は一人か二人。他は親アルカディア派か、マールテンのような旧時代の残滓か。どちらにせよ、クンラートに力はない。

 側近の男はため息をつく。これが現状、この国はまだ夜のまま。


     ○


「逃げろハンナ!」

 男の叫び声も空しく金髪碧眼の武人、ハンナの槍は虚空を突く。

「あっ」

 突きをかわした怪物が愛用の鎌を振るう。じゅるりと嫌悪感溢れる音と共に美しい少女の顔が、剥ぎ取られた。一瞬、瞬く間の出来事。

「いやぁぁぁあぁああああああ!」

 痛みと顔を失った現実に打ちのめされ崩れ落ちる少女。

「貴様ァ!」

 槍術院で共に過ごした仲間であり、男にとって愛する女性であった彼女の顔を奪った怪物。絶対に許せぬと同世代ではトップクラスの槍を振るう。

 突き、払い、薙ぐ。

 高レベルのコンビネーション。烈火の如くその槍は唸りをあげる。

 だが――

「イイ、貌、だァ。この貌は素晴らしい! 芸術的だ、とても美しい!」

 怪物はその槍を見ることもなくかわし続ける。うっとりと眺めるは先ほど奪ったばかりの人面皮、ハンナの貌であったモノ。

「こ、いつ!?」

 視界にさえ入っていない事実に男は顔を歪めた。自分の槍にはそれなりの自信がある。同世代に一人、図抜けた奴はいたがそれ以外ではトップクラス、いや、自分こそが彼に続く槍使いであるという自負があった。

 それなのに、それほどの槍であるはずなのに――

「嗚呼、美しいィ!」

 男の槍の上に、怪物は立つ。

 信じ難いモノを見る目で、男はその怪物を見つめていた。自らの貌、おそらくこれも誰かのモノであったのだろう、それを脱ぎ捨て、がらんどうな怪物の素顔に剥ぎ取った顔をぺたりと張り付ける。

 一瞬、男は本当にハンナが其処にいるかのように感じてしまった。

「お前は美しくなァい」

 無造作に、あっさりと男の首が刎ね飛ぶ。

 ハンナの絶叫が夜のネーデルダムに響き渡った。

 しかし、貌を剥いだことで興味を喪失したのか怪物はハンナに見向きもせず、ペタペタと己の新しい顔を触っていた。自分の巣へと持ち帰って手入れをしよう。長持ちさせるために加工しないとお気に入りの皮がすぐに駄目になってしまうから。

 終わったことに興味はない。終わったモノにも興味はない。

「ハンナか!?」

 騒ぎを聞きつけ、一人の男が舞台に現れる。

「イヴァン! ヨナタンが、ヨナタンが」

 この男もまた金髪碧眼。

「……ヨナタンが逝ったか。あれほどの使い手でも――」

 何よりも美しかった。ゆえに――

「貌、ちょーだい?」

 怪物は興味を持った。美しくて、欲しくなったから。

「――残念だよ」

 バチッ、一歩で距離を詰めてきた怪物が三歩使って大きく距離を取る。この場に現れた男の槍捌き一つで、危険を感じてしまったのだ。

「友の仇、取らせてもらうぞ。このイヴァン・ブルシークがな」

 その槍、雷光が如し。

「……綺麗だァ」

 怪物の、ハンナの貌が歪に笑う。

「貴様は醜いな、怪物」

 闇夜のネーデルダムにて若き天才イヴァンと市井を騒がせる顔剥ぎの怪物が衝突する。

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