始まりの悲劇:天才
「し、信じられねえ」
誰もが驚愕する兵法さばき。目新しいわけではない。その上でシンプル。なのに相手には何もさせない。的確に相手の強みを消し、弱いところを徹底的に攻め立てる。基本中の基本だが、其処にもっていくまでのやり方がとにかくえげつない。相手の逆を突き続ける、読みが人外のそれ。
「もう、ルーリャかよっと」
「グスタフ。新しい三貴士の見立ては終わった。予想通り、繋ぎの三貴士。『赤龍鬼』以来まともな人材がいない『赤』だ。この前エスタードで討ち取られてすぐに替えが利くほど、今のネーデルクスに人材はいない。刈るぞ」
「……マジかい」
「俺はどうすれば良い?」
「ヘルベルトは御父上と共に主攻で中央突破。大丈夫、これだけ崩れた軍なら、あとは押すだけで瓦解する。ベルンハルト大将がいれば、万全だ」
「オスヴァルトだからな、当然だ」
「じゃあ、始めようか。突撃のタイミングはいつも通り、僕が指示するからね」
「あいよ師団長。上手く使えよ」
「はいはい」
ヤンの指示のもと、此処まで来た。
その過程で大将からの信頼も勝ち得た。これで条件は整ったのだ。
あとはただの、答え合わせ。
○
ネーデルクス側にとっても信じ難い光景で、理解が追い付いていなかった。打つ手打つ手が全て悪手にされ、何を考えても裏目に出る。ならば何も考えずに、などやろうものならより凄惨な展開に成ってしまう。
「……どうする? どうすべきだ?」
「閣下、敵軍が。ベルンハルトです!」
「だから言ったのだ。私如きに三貴士は務まらないと。ユーサー様、申し訳ございません」
中央を鬼の形相で突破してくる剣将軍。そしてその息子であるヘルベルト。
「中央は私たちが受け持ちます! 閣下はお下がりください!」
「し、しかし、リントブルムの血を絶やすわけには」
「ここで退いた先に三貴士がありましょうか! 往くぞアナトール!」
「おうともよ」
「……済まぬ」
中央を支えんと若き勇士たちが命を燃やす。
「かの剣将軍、取ってとち狂ったジャンに叩きつけてやろう!」
「……ああ、そうだな。おぞましい化け物面になっていたからな」
槍のネーデルクス、何も出来ぬまま終わって成るものかと戦場に飛び込む。
三貴士は後方へ下がり、ルーリャを渡ってフランデレンへ逃げ込もうと――
「ゴー、グスタフ」
「あいよォ!」
その側面を狙い済ましたかのように『戦槍』が駆ける。完全に狙っていた。浮き出たところを、ヤンの槍が爆走する。
「アナトール! 後方へ向かえ! 三貴士を死なせるなッ!」
「だが、お前が」
「俺を誰の息子だと思っている!? 苦境の一つや二つ、龍ならば飛び越えてみせるさ!」
「……承知!」
アナトールが急ぎ救援に向かう。その足は、決して遅いモノではなかった。素早い決断、思いっきりも良い。それでもなお、ヤンのタイミングが勝った。
「申し訳ございません、私は――」
「あらよっとォ!」
豪快な突撃。炸裂する絶好調の『戦槍』。瞬く間の事であった。グスタフが突っ込み、十秒もしない内に、三貴士の首が宙に舞ったのだ。
「き、貴様ァ!」
「おう、アナトールか。悪いがよォ――」
僅かな遅れ。悔やんでも悔やみきれぬ失態。アナトールの槍が奔る。
「今の俺は絶好調だぜ!」
それを吹き飛ばし、アナトールもまた宙を舞った。信じ難い膂力である。自分には無い、戦場の真実。力こそ正義であると彼らはいつも自分に見せつける。
心が折れる音がする。自分の槍は、戦場では通じないのだ。
「く、っそぉぉぉぉおお!」
龍を継ぐ男もまた跳躍した。狙うは大将、ベルンハルトの首。
「許せ若者よ。これもまた、戦争だ。貴様のは、龍にあらず」
必殺に成っていない一撃を絡め取り、ベルンハルトは龍に成れなかった男を地に叩きつける。その過程で、武人の命である足を断ち切った。
「あの男の槍に泣かされた経験が今の俺たちを創るのだ」
「ちく、しょう!」
圧勝するアルカディア軍。それを差配したのはただ一人の師団長なのだ。
「掃討する」
「承知しました父上!」
「公では大将と師団長だ、ヘルベルト」
「す、すいませんベルンハルト大将!」
その圧勝を彩る蹂躙劇。これでネーデルクスはルーリャを超える拠点をすべて失った。ようやく黄金世代の三貴士に喰い取られた領地が戻ってきた。多くの犠牲を払って、多くの敗北を経て、この今がある。昔を知れば知るほどに感慨深い光景。
「……ヘルベルト」
「な、何でしょうか閣下」
「お前の言っていた通りだった。あの男がアルカディアの明日なのかもしれん」
「……俺もそう思います。確信しています」
「お前も続け。オスヴァルトなら、俺の息子なら、喰らいついていけよ」
「はいッ!」
ヘルベルトは意気揚々と完全なる勝利のために動き出した。その背を見て、暴れ回るグスタフを見て、それらを睥睨する指揮者たる男を見て、ベルンハルトは頷く。彼らの世代からアルカディアの黄金時代は始まるのだと、そんな予感がした。
確かにあったのだ、この時にはそれが。
○
端整な顔つき、さらりと流した黒髪。長身、黄金比もかくやと言わんばかりの肉体を誇り、国内において並ぶ者なしと言われるほどの知性をも兼ね備えた、まさに完璧なる男は興味津々で先の一戦、アルカディアの歴史的快勝の足跡を眺める。
「面白い」
「地図を眺めて何が面白いんだよ」
「ディノ、お前は強いがそれだけだ。それだけなのが良い所ではあるが、チェ様と同じく自らの限界に至った時、其処止まりと成るぞ」
絶句する若かりし日のディノ。自分がこの男に言われるのは慣れたものだが、目の前にはカンペアドールの先輩方が勢揃い、当然チェもいる中での発言、気にしていないのはテオくらいのものである。
「美しい棋譜だよ。的確に相手の逆を突いている。この精度、読みや勘だけではない。必要な情報を必要な分だけ収集し、最低限の情報で無駄なく詰ませた。情報収集は時間や人をかけるほどに鮮度が失われていくものだ。本当に素晴らしい。相手は魔法をかけられた気分だっただろう。私もこういう戦がしたいモノだ」
「ラロ、うっとりしているのは良いけど、先輩方、結構ご立腹だよ」
ラロと呼ばれた美丈夫は、苦言を呈してきた親友のピノを見て微笑んだ。
「何故かな?」
「敬意ってのがあるだろ?」
「無い。俺は俺よりも強い者のみに敬意を表する。大カンペアドールかその兄君か、国内ではそれぐらいのもの。そしてそれは双方ともに個人の武であり、兵法では俺が勝る。俺が兵法を語る時は、大カンペアドールでさえ口出し無用、だ。海でならお前にも敬意を持っているよ、ピノ」
ありとあらゆる逆鱗を撫で回し、いつも通りの笑みを浮かべるラロ。この男は一事が万事この調子なのだ。とにかく何かに包むと言うことをしない。
「口を慎め、小僧」
そしてそんな暴挙が――
「黙らせたいのであれば俺に勝てば良い。どんな分野でも受けて立ちましょう」
この男であれば許される。誰もが押し黙る。どれほど尊大な態度を取ろうが、どれほど敬意に欠けた発言をしようが、ラロと言う男は全てを結果で、実力でねじ伏せ、押しのけ、今の立場を掴んでいたのだ。若く、誰よりも才気に溢れ、どんな任務も完璧にこなす彼を次代の烈日と見る者は多い。
カンペアドールを統べる者、エル・シドの後継者――
「ふむ、これほどの才、俺も王会議に出向くべきだったな」
「競い合いたかった?」
「いや、ああ、それもあるが、それよりも面白い話が出来ただろうと思ってな。この男とならばネーデルクスを双方から攻め立て、滅ぼすことも出来たかもしれん。惜しいが、狙いはオストベルグなのだろう。であれば俺が与することは出来ん。残念だ」
この男の見ている景色が分からないのだ。この場の誰もが共有できない。ゆえにラロはそれを一々彼らに説明しようとも思わない。分からないものに千の言葉を尽くしても、分かるようにはならない。理解した気になるだけ。
「ラロ、お前はヤン・フォン・ゼークトに勝てるか?」
若手ではラロのみ王会議に帯同を許されなかった。
「テオ、愚問だよ。それが分からないから、会ってみたいんじゃないか」
それは彼が本当の意味での切り札だから。
このカードでネーデルクス最後の残り火を吹き消すために、世界からこの才を隠した。
「とは言え、私も一歩リードされたままではバツが悪い。そうさな、ディノ、テオ、付き合え。アルカディアのおかげで三貴士を引きずり出す条件が整った。そろそろ、狩り時だ」
「条件だァ?」
ディノは疑問符を浮かべる。ラロは柔らかな笑みを浮かべながら――
「国威高揚。敗戦によって落ち込んだ機運を無理やり上げるには、勝つしかない。アルカディアにはルーリャを挟むことで難しい態勢を作られた。聖ローレンスは彼らにとってはトラウマ、北海の海賊共はやばい空気を察してすたこらさっさと海に漕ぎ出し消息不明。となれば自然と、戦うべき相手は我らに絞られる。我らが、勝てそうな雰囲気を作り出してやれば、奴らは出してくるはずだ」
「最後の黄金世代」
「狙うは片翼を失った『双黒』だ」
「ハハ、派手だなおい!」
王会議でラロを見せなかった。アルカディアはそれで世界にヤンと言う才能を示したが、エスタードはその一手で常に自分たちの上にいたライバル国最後の牙城を打ち崩すことと成る。完璧なるカンペアドール、『烈鉄』のラロ・シド・カンペアドールを世界が知る。
ヤンとラロ。場所は違えど、どちらも国家の看板に成り得る人材であった。あらゆる能力が高次元にまとまっており、逆にそう成れない理由を探す方が難しかった。それでも彼ら二人は、後の歴史書にはほんの数行記されているだけである。
どちらもここから先、大きな武功を上げるが、其処に止まる。
片やとある事件により北方へ幽閉され長く表舞台から姿を消した。片方は最大の敵であるネーデルクスの弱体化により戦う機会自体を大きく削がれ、最後は全盛期のルドルフとラインベルカの二つ神を前に敗北を喫した。
彼らは才能に恵まれ、戦場にも愛されたが、時代には愛されなかったのだ。
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