ファイナルウォー:白騎士への警戒
総指揮エル・シドによる腰を据えた指し回し、派手さはないが徐々に、真綿で首を締めるが如く有利な陣地や陣形を削り取られていく。急がば回れ、大局的な視野に立って戦えるのが二代目エル・シドの強み、だからこそ彼女が『正義』の指揮者なのだ。
方向性は間違っていない。それは皆理解している。その上で――
「――手緩くねえか?」
野営地での全体会合。そこでヴォルフが現状に一石を投ずる。
「何か差配に文句がおありで?」
エル・シドの鋭い眼光。それに全くひるむことなくヴォルフは睨み返した。
「普通にやってりゃ勝てる戦だ。だからこそ奴は普通じゃない手を打ってくる。あいつはそうやって勝ってきやがった。それに対して普通に勝てる、じゃ手緩い気がしてよ」
「抽象的ですね。白騎士が尋常ならざる手を打ってくるのは理解しています。しかし、それを恐れて手を急がばこの戦場に歪みが生ずる。今のアルカディアは強い。個の力もそうですが、集の力が我々の比ではない。同数での集団戦なら、負けるのは私たちです」
黒の傭兵団、アークランドの騎士、エスタードの兵、彼らは個の力でアルカディアを大きく上回っている。一対一であれば負ける要素はない。だが、彼らはその場合必ず一対二の状況を作り出してくるのだ。こちらに一人浮き駒、戦力になっていない兵を作り出して、無理なくその状況を産む。結果、個で勝っているにも関わらず勝ち切れない展開が続く。
視野の広さと手札の多さ、末端まで上手く教育している。集団戦の巧さが寄せ集めである『正義』を完全に凌駕していた。
「おうよ、それは俺も感じているぜ。俺らへの対策もしっかり行き届いてやがる。あんだけ徹底されるとこっちも死に物狂いでなきゃ勝てねえ」
「だから温存しています。英雄の熱が、力が必要な局面は来ます。ですが、それは今ではありません。その熱を受け切る余裕がある内は、冷静さがある内は、英雄の効果は薄い。これだけ広域かつ大規模な戦では特に」
エル・シドの言っている意味は分かる。先のエスタード対ネーデルクスの一戦ではそこが如実に表れた。奴隷身分を交えた大規模戦、個で勝るエスタード相手にネーデルクスは出し惜しみせず数で押し返してきた。結果はイーブンであったが、今後を考えると頭が痛くなる結末。なりふり構わず数を出してくる相手にはこちらも数を出すしかない。
戦場が大きくなればなるほどに、英雄の力は薄まってしまうのだ。
「その辺はわかっているつもりだ。急げと急かす気もねえ。ただ、何かあると思っていた方が良い。その何かは俺にもわからんが……俺の本能がこのままじゃやばいって言ってる。ビラビラちゃんは何か危惧はあるかよ?」
ビラビラちゃんとの言葉に若干眉間にしわを寄せるエル・シド。その様子に側近のディノは口を押さえて全力で笑いを耐えていた。
「危惧はありません。白騎士、というよりもオストベルグ領に存在する兵力は把握しています。例え挟まれても十分対処可能な戦力。そもそもユーフェミア殿とリクハルド殿が守護するラコニアを抜ける戦力でもないでしょう」
「聞き方を間違えたな。もし、こうされたらやばいってのはあるか? 夢物語でもいい。こうなったら負けるって最悪があったら教えてくれ」
あくまで直感を信じるヴォルフ。そのしつこさにエル・シドは呆れた風に首を振った。
「ガリアスとネーデルクス、双方を味方とする。これが最悪です。次点はガリアスを味方につける。その次がネーデルクスのみ。増援がネーデルクスのみなら我々の有利は揺らぎません。それ以上を用意しているならば……勝ちの目はない」
「つまりはガリアスが動くとやべーってことか。ならそれだろ、たぶんな」
「ありえません。ガリアスにとってはどんな条件を用意されたとしても、今後最大の敵となるであろうアルカディアを救う意義がない」
「属国になるって話ならどうだい?」
話に割って入ってきたメドラウト。その表情にやわらかさはない。
「無理筋です。自分を散々痛めつけた相手が子分になる。まさに獅子身中の虫を飼うに等しい。それに、彼らが焦って仲間に引き入れる方法を取らないことは、この場を設けたエルンスト殿が一番理解していらっしゃるはず。単純な話、奪った方が早いでしょう? 我々が弱らせた後に、我々ごと喰らう方が得。警戒すべきはこの戦ではなく、結末の絵図が見えてすぐ動き出すであろうハイエナ、ガリアスとの戦です」
ガリアスのやり口としては懐柔するよりも簒奪する方を選ぶだろう。先の戦いで関係が悪化した相手ならなおさら。属国としてかの国を救うのは国民感情からしてもあり得ない。
「リディアーヌとウィリアムの関係は? 良好って話だぜ」
「国と国との大事に私情を挟むほど愚かな女ではありません。それに彼が欲しいのであればむしろこちらに利する方が手っ取り早い。彼の守護するマァルブルクを攻めて生け捕りにすれば領土も白騎士も手に入る」
「……確かに。ってなるとなかなかねえなァ」
場を沈黙が支配する。最悪の状況はやはりガリアスが動くこと。しかし、動かせる理由がない。感情面でも実利の面でもガリアスがアルカディアに利する理由がないのだ。これでは国は動かせない。だからこそエル・シドは危惧はないと言っていた。
「……ネーデルクスは?」
言葉短くアポロニアが問う。エル・シドは頷き――
「そちらにはすでに手を回しています。かの国の王と直々に今回の件、不干渉としていただく盟約を結びました」
「……情報を漏らしていた、と?」
沈黙を保っていたエルンストが眼を光らせる。
「ネーデルクスを押さえるためには仕方がない。ちょろちょろされるのもつまらないでしょう? それに、かの王から情報が漏洩することはありません」
「何故言い切れるよ?」
「現在、ネーデルクス王は我が国にいるからです」
「……独断専行が過ぎるね、二代目エル・シドは」
エル・シドの言葉にこの場全員が呆然となる。まさか王そのものを人質として盟約を絶対のものとするとはやり方がえげつない。
「よくそんなものを通したな」
「結局のところネーデルクスもアルカディアに頭を押さえられている現状には不満があるのですよ。彼らにとっても利になること。納得していただくのは難しくない」
危惧はない。その言葉に偽りはなかった。ガリアスには利がなく、ネーデルクスは手足をもがれている。最悪の事態は想定に値しない。それがここまでやった上での二代目エル・シドの判断であった。
「その上で一点、懸念があるとすれば――」
エル・シドの頭にも英雄白騎士の偉業、数々の奇跡は全て入っている。だからこそヴォルフらに言われずとも全ての要素を洗い出し、一つ一つ精査した上でアルカディアという国に対しては危惧はないと判断していた。だが――
「白騎士が手勢を率いてガリアスに下り、我々ごとアルカディアをも飲み込んでしまう。これに関しては、警戒すべき案件かと思います」
かつてヤンが寝返った時とは違う。かの英雄は冷遇されてこの状況にいる。むしろ寝返ると考える方が自然なのだ。ガリアスのウィリアムとして戦場に現れたなら、ガリアスの総戦力が背後を突いたなら、それに抵抗する術を彼らは持たないだろう。
「「それはない」」
ヴォルフとアポロニアがその懸念を切って捨てた。エル・シドが意外そうな目で二人を見る。最悪の想定、これに関しては実利の面で一番あり得ることなのだ。なのに、彼らはそれだけはないと断言し、そこに関して揺らぎはない。
「あいつは此処にいる全員が考えている以上に、アルカディアに固執している」
「その道を選べば十年早く乱世は終わっている。奴はそれを選ばなかった。今更道を曲げる男ではない。ならば私は奴が何らかの方法でガリアスを味方につける方があり得ると感じる。底無しの絶望、奴は何でもやるぞ。それこそ、人の道を外れてでも」
「だが、アルカディアは捨てねえ」
「人の道は外れども、奴の道は外れず、揺らがぬ」
利害の外、ヴォルフもアポロニアも白騎士の本当の貌を見たことがある。だからこそ、彼がその道を取らぬことだけは理解していた。ガリアスの玉座すら与えられそうになった男、それを断り自らの国で上を目指す『無駄』を何年も続けている。
そんな男が今更道を違えるだろうか――
「もし、仮にそうなった場合、エル・シドはどうするつもりだった?」
その歪みを知らぬ、知っていても理解出来ぬ者たちにとって、白騎士がガリアスに下る選択はやはり恐ろしく対策の必要がある案件である。
「何もしない。ただ退くだけのこと。聖ローレンス、失礼、アークランドまで退いて、静観する。ガリアスがアルカディアを打ち倒したその時に我らはガリアスの背後を突き勝利する。それだけです」
もちろんそれも含めて危惧はない。あくまで皆の気づきのために言ったのだろう。二人の否定には驚いたが、どちらにしろ手は尽くしてあり、ぬかりはない。
「我らの勝ちは揺らぎません。揺らぐ要素がない」
「でも、機先を制して損はないよな?」
ヴォルフが今までになく良い笑顔でエル・シドを見る。
「まあ、損はありませんね」
「俺に良い提案があるんだわ。なに、今ならまだ意味があるし、うまく行きゃあ実利も生まれる。大駒を二つもお蔵に入れとくよりも理にかなっている話さ」
「一応、聞いておきましょうか」
かくかくしかじか――
話の最後にエル・シドはため息をついてそれを承認した。
○
駆け抜ける黒き集団。総勢百人にも満たない少数だが、その歩みの速さは尋常ではない。
「……自制を言い聞かせていたと思っていました」
「馬っ鹿、人生気になったら突っ込んでみるもんなんだよ。面白いは正義だ。突っ込む理由は考えなきゃだけどな。いやー我ながらやっぱ俺様天才だわ」
「エル・シド殿も呆れていましたよ」
「どうでもいいさ。俺は俺の好きにやる。今、俺の興味はあそこにあるからな」
黒の集団、それを先導する男は獰猛な笑みを浮かべた。
「ウィリアムの野郎が来るまで、退屈しのぎにゃなるだろ」
「……油断大敵です」
「今の俺に隙があるなら教えて欲しいぜ、ほんとによ」
世界最強の生物、『黒狼王』ヴォルフ・ガンク・ストライダーが目指すのは戦場の隅っこ、本来彼のような大物が攻める場所ではない。だが、彼の持つ部隊の特異な性質がそこを攻めるに足る理由を産んだ。
最速自在の集団、彼らだからこそ渓谷越えに意味は生まれる。
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