ファイナルウォー:職業、鍛冶手伝い
戦場は膠着状態であった。ガリアスとネーデルクスを除く大国全てが集結する戦場で後顧の憂いなどあるわけがない。『正義』には余裕があった。逆に剣聖を温存しているアルカディアには見た目ほど余裕はない。剣聖は見せない方が強い武器になる場合もある。どこにもいない、どこからでも現れる可能性がある。だから迂闊な真似は出来ない。
最近では緩和されたものの、やはり剣聖含めてオスヴァルトの強みは一対一での強さ。ある程度整った戦場でこそ強さを発揮する。ゆえに所詮は温存、なのだ。
他が死力を尽くして膠着状態。有利な地形をめいいっぱい使い、それで互角。
「勝てんか?」
「残念ながら。こちらの誘いはことごとく外される。冷静な戦運びです。おそらく総指揮はエルビラ、今のエル・シドでしょう。地力で劣る以上、このままなら負けます」
今回、ギルベルトの推挙もあって総大将に抜擢されたケヴィンは顔を歪ませながら語る。ギルベルトもまた戦場を睥睨し目を瞑った。
「カールさんがいてくれたら、同じ戦術でも結果が違っただろうに」
ケヴィンはテイラーズチルドレンの筆頭であり、守戦に優れたところも含めカールと似ていると言われていた。事実、彼の用兵術は年の割りに円熟しており、戦術のチョイスも大将になった後のカールとそれほどの差はない。
だが、モチベーターとしての才能には大きな開きがあった。ケヴィン自身も「自分は大将の器じゃない。最大まで伸びても軍団長止まりだと思う」と言っていた。それはギルベルトら推挙した者たちも思っていたこと。それでもケヴィンなのは、単純にアルカディアにそれ以上の人材がいないからであった。
「言うな。テイラーは十分働いた。これは今を生きる俺たちの問題だ」
「はい、わかっています。しかし、これでは――」
「ストライダーとアークランドさえ討てば嫌でも流れは変わる。奴らが背後にいる限り、何をしても俺たちが主導権を握れることはない」
「……討てますか?」
「そのために俺がいる。剣のアルカディア、その象徴こそが剣聖だ。俺は負けんよ。だが、そのためには効果的なタイミングで俺を使え。俺は剣だ。剣は振るうもの次第で名剣にもなまくらにも変わり得る。お前も奴の系譜なら、違うなよ、俺の使い時を」
「承知……しました」
敗色濃厚。されど諦めているわけではない。一発逆転のタイミング、そこで剣聖をぶち込み勝機を得る。それだけが勝利へのか細い糸であった。
「そう言えば、この渓谷は捨てるのか?」
ギルベルトは配置で明らかに手を緩めている部分に気づいていた。大きな地図上に浮かぶ駒。一応抜かれたらオルデンガルドが見える地点だが、そこに至る道を防ぐ手を打っているようには見えていない。
「捨てます。道も狭く大部隊の移動に向いていないこのルートを使うなら、それこそギルベルト様の出番です。抜かれても打つ手のある場所に駒を割く余裕はありませんから」
苦渋にまみれたケヴィンの表情に在りし日のカールを思い出すギルベルト。戦に犠牲はつきもの、そこにいちいち心を痛めるのは武人失格である。しかし、その上で飛翔する者もいる。犠牲を背負い、より高みへ昇る者こそ、武将なのだ。
(良い将になる。お前の残した火は、確実に受け継がれているぞ)
ウィリアムが作りカールが存続させた。二人の将の影響を受ける彼らはアルカディアの明日である。繋げねばならない。ギルベルトは決意を新たにする。
○
狙い通りの膠着状態。エル・シドや戦に高い理解を持つ者たちにとってこれは思惑通りである。しかし、彼らの頭はそうでなかった。もしかすると本当は、冷静であれば、膠着の裏の絶対的優勢で満足できたかもしれない。
怒りが、憎しみが、彼の心の急かす。
「様子は?」
「手薄です。見たところほとんど正規兵はおらず、市民に毛が生えた者や奴隷ばかり」
「勝てるってことで良いんだよね?」
「無論です陛下。我らは誇り高きオストベルグの戦士。必ずや道を切り開いてみせましょう」
エルンストは笑みをもってその提案を受け入れた。彼らの望みは己が望み。復讐をせねばならないのだ。彼らに侵略の対価を払わせねば気が済まない。エル・シドのやり方ばかりでは手緩い。エルンストは歪んだ笑みを浮かべる。
「期待しているよ」
「お任せあれッ!」
怒りが迸る。
○
「何だよ、これ」
愕然とする守備隊。オットー率いる十人隊も呆然と立ちすくむしかなかった。
「はっ! はっ!」
整然と居並ぶ黒き鋼の群れ。その歩みに一切のぶれはなく、その歩みを妨げるものなし。重厚感あふれるその姿と歩み。見るだけで重苦しく感じてしまう。揃った行進はただの一歩に大きな圧を与える。整然としたその様子もまた圧を、絶望を与える。
「黒き鋼、オストベルグの正規兵。重装歩兵だ」
「はっ! はっ!」
揃った掛け声は彼らの心を押し潰す。
「俺は勝てる。俺はスーパースターになるんだ。剣闘王になる俺が、びびるわけねえ」
震える男は剣を引き抜くことすら出来ない。闘技場では見ることのない群れの圧迫感。一つの意思で統一された軍団は一人の戦意などかき消してしまうような大波と化す。震えが止まらない。心が、折れていく。
「駄目だ。僕らは、ここで死ぬ」
オットーもまた絶望によって死を受け入れた。生き残ることは不可能。勝てる要素などどこにもない。よって思考など無意味。
(ふむ、整然とした歩み、重たそうな格好は圧迫感を与えるためか。あとは弓もなかなか通らなそうだ。機動力を犠牲にした重み……そう、犠牲にしている。決してあの黒き鋼は彼らを無敵にする魔法の鎧ではない。足を潰し、技を潰し、手に入れたものは硬さと見た目。俺には損としか思えんがな)
この場でカイルだけが平然とこの光景を分析していた。確かに重装歩兵は厄介である。非力なものにとって彼らは無敵の存在かもしれない。無論、そんなことはありえないし、冷静に戦えば人が動き回れる以上『隙間』はある。そこを突けるかは技量次第だが。
「俺は、なるんだ。剣闘王にッ!」
恐慌によっていきなり走り始める若者の襟首をカイルが掴んだ。「ぐえっ!?」と鶏を絞殺したような声を上げる男を後ろに放り投げ、代わりにカイルが前に進み出た。
「落ち着けと言っても今のお前らじゃあ聞かんだろ? 確かに強そうに見えるが、よーく考えたら強いはずがない。見ていろ、俺が手本を見せてやる」
カイルは分厚いマントを脱ぎ捨てた。マントで隠されていた筋骨隆々の体躯。背負われている大剣はまるでかの巨星、ストラクレスが扱う得物の如し。選ばれし英雄のみ使いこなすことのできる極大の武器である。
「ま、まてよおっさん、あんた死ぬ気か!?」
「まだ死ねんよ。俺には守るべき家庭がある。親友を切り捨ててでも選んだ道が、ある」
カイルは姿勢を低く取った。巨躯の男が自分たちに怯まず、向かって来ようとしている。その愚行をあざ笑う黒の群れ。カイルは笑みを浮かべた。
「錯覚しているのはお互い様。お前たちが思っているほど、お前たちは強くない」
カイルは思いっきり大地を踏み込んだ。爆ぜる地面、加速する巨躯。浮かべていた笑みが一瞬で凍るほどの速度。警戒の声が上がり皆一斉に盾を構える。分厚い鋼の鎧と黒き大盾、この二つでさらなる守備固めを――
「悪いな。お前たちの命、俺の守るべきもののために粉砕するッ!」
カイルはさらに加速。そして両腕を広げて、盾を構える重装歩兵に正面からぶつかった。正面衝突は重装歩兵の領分。受け止め、勢いを消し、盾の隙間から剣や槍をお見舞いする。それが必勝パターンであった。彼らはそれをしようと待ち構えていた。だが――
ぶちぶちぶち、鉄のひしゃげる音と肉と骨が潰れる音。勢いが、止まらなかった。盾も鎧も構わずその男は猛進を続ける。人が倒れようが潰れようがお構いなしに。仰向けに倒れた重装歩兵を踏み潰しながらその男はさらに進む。
「と、止まれよ化け物ッ!」
男は止まらない。
「ぜ、全員距離を取れ! 間合いを空けて剣で――」
「覇ァ!」
長槍でもない限り、彼らが間合いを取るのは自殺行為である。彼が背負った巨大な鉄の塊は、常人が振るう槍や剣とは比較にならない大きさと長さを兼ね備えていた。一振りで四、五人が臓物を撒き散らして死に絶える。
「ほら、大したことないだろ? 弱いからこんなもので身を包むんだ。冷静になれば大したことはない。鎧だって人が着て動ける程度の厚みや重さ、こんなもの」
カイルは拳を作って兜の上から思いっきり拳を叩き込んだ。ひしゃげた鎧の隙間から血や肉が飛び出て身長が三分の二程度にまで縮む。
「ほら、やわらかい」
簡単でしょ、そんな表情で味方に振り向くカイルを見て、敵味方共にこう思った。
(出来るか馬鹿野郎ッ!)
カイルは改めて剣を握り構えた。すでに重装歩兵が作り出す重苦しい空気感はない。彼らが支配していた雰囲気はカイルが塗り替えていた。今度は錯覚ではない。明確な力の差として怪物が其処に君臨する。
「昨日見た怪物どもとやり合うにはちと準備不足。勘を取り戻させてもらう」
カイルを見て旧オストベルグの重装歩兵である彼らは自分たちの長であった怪物を想起させた。久しく忘れていた巨大な星、その遠さを彼らは思いだす。
「何者だ貴様!?」
「カイル。解放奴隷ゆえ姓はない。職業は鍛冶手伝いだ」
解放奴隷、そう聞いて彼らは顔を歪めた。まさか貴族でも市民でもない、世界が変わらねば戦場に出てくることもなかった存在が自分たちを阻むというのだ、世界に名を轟かせたオストベルグの重装歩兵。重装騎兵と対を成すオストベルグの誇りが――
「では、参る」
ただ一人の怪物に蹂躙されていく。
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