裏・巨星対新星:紅蓮全開

 アポロニアの荒々しい攻めが炎の如く押し寄せる。数多の敵を押し潰し、勝利してきた剣。相手に選択権を与えない絶え間ない攻めは、まさに自己中心の極み。相手に受けを強制させ、そのまま押し潰さんとする。ウェルキンゲトリクスも受けに回る。

 袈裟切り、横薙ぎ、振り上げて、振り下ろす。烈火の如く、一方的に、荒々しく――

「姫様! その調子です! 押しています!」

 ベイリンはその雄姿に理想を見る。凄まじき攻め。相手に何もさせない。それが強さ。気高く、美しく、雄々しい。アポロニアとはこうであると全身が語る。

「……勝てるのか?」

 間違いなく押している。このまま押し切れば、と誰もが思った。

 ウェルキンゲトリクスに手を抜いている様子はない。大きくかわすゆとりもない以上、受けざるを得ない。この場の優位は――相手に押し付けるアポロニアにあるのかもしれない。もっと早く、もっと強く、連続の動きが、反動が、さらなる破壊力と速度を生む。

「鋭く、強く、速い。よくぞ鍛えた」

「……まだァ!」

「それで良い」

 見た目はずっとアポロニアが押している。ずっと、ずっと――

 さすがにおかしいと何人かの騎士が気付き始めた。

「ぐ、ハァ! ハァ!」

「……激しい炎だ。美しくもある」

 続き過ぎている。圧倒する剣を持つアポロニアを前に、打ち合いが長期にわたることなどそうない。否、あってはならない。

「だが、単調だ。もっと緩急をつけた方が良い」

「な、めるなッ!」

「そうじゃない。こう、だ」

 ウェルキンゲトリクスの剣が変わる。先ほどまで、水の如し受けを見せていた男が一瞬で炎に切り替わる。アポロニアとは性質の異なる火。揺らめき、大きくないが、時折鋭く、速く、小さいながらも、大炎に切り込む。相手の隙間を縫って、緩急自在の動き。

「ぐ、アァッ!」

 ギリギリでしのぐアポロニア。一瞬で詰めろをかけてきた英雄王の剣に、其処に込められた鋭さに、戦慄が走る。アポロニアよりも速くも無く、強くも無いのに――

「……くっ!」

 距離を取ったのは、アポロニア。

「緩急をつけることで相手の体感を操作することが出来る。速くなくとも、速く見せることは出来るのだ。ヴォルフ君は感性でそれをやっている」

「ふー。少し、急いていたのは認めよう」

 アポロニアは一呼吸を入れる。力が入り過ぎていた。力みが全身を固めていた。それを、解きほぐす。全身全霊、まだまだ、自分には先がある。

「今度こそ、私の全て、だッ!」

 轟、炎が爆ぜた。先ほど見せた速度と同等、からのさらなる加速で緩急を生む。

「く、ははは! さすがの胆力。それでこそ、騎士女王!」

 英雄王が笑ってしまうほどの意地。速度を落として幅を生むのではなく、速度を上げて幅を作った。これは受け流せないと、基礎の火では打ち合えないとウェルキンゲトリクスもまた剣を変える。大炎と虎、どちらも激しく攻めの剣。

 打ち合いは苛烈を極める。誰もが立ち入れぬ領域。この足場では助太刀が邪魔になる。互いに入れ代わり立ち代わりする立ち位置のせいで、弓での援護すら困難。そもそも騎士たちは手出しする気は無かった。彼女が勝たねば、彼女が超えねば意味がない。

「勝つぞ! 私は!」

 全身全霊、『私』の剣。

「存分に、曝け出せ! 全てを! 私に見せてみろッ!」

 加速して、加熱して、さらに加速する。高め合う剣。重なり、絡み合い、穿ち合う。

 そして――

「私はッ!」

 炎が――

「……素晴らしい」

 最大に至り――

「本当に、素晴らしい」

 消える。

 騎士たちは、呆然とその光景を見ていた。自らが掲げし無敵の女王。いつか、天を掴むと信じていた。彼女の雰囲気にはそれを信じさせる力があった。

「だが――」

 だが、崩れ落ち、息も絶え絶えに、剣を握る手は握力を失っている。英雄王と本気で打ち合う、確かにその疲労は計り知れないだろう。自分の限界点、絞り出した先を行使し続ける、一秒が永遠にも感じる極限の世界なのだ。

「ここが君の限界点だ」

 突き付けられたのは限界。体力の限界、力の限界、速さの限界。

「あと一歩、その一歩が遠い。よくぞここまで高めた。よくぞここまで辿り着いた。皮肉ではなく、驚嘆に値する。女人の身で、此処まで到達したのは、人が今の人に成ってから君が初めてだろう。掛け値なしに、君は秀でている。胸を張るべきだ」

 だが、此処が限界。お前は此処止まりだと英雄王の眼は言っている。

「されど、此処止まり。これ以上はない。君は登り詰めた。そして、その上に私が、ヴォルフ君がいる。この際、私のことは良い。だが、ヴォルフ君との差は永遠に縮まらないだろう。彼は、もう少し伸びるだろうからね。烈日すら超えて、真の最強へと至る」

「まだ、まだ」

「参考までに、私にもまだ『先』がある。完成した武を見せていないし、それを超えた究極も見せていない。後者に関して、私は後世に繋げる気が無いからね。私の体質がそれを可能としただけで、未だそれが人の範疇にあるものか、判断しようがない。痛みを超えて、なお其処に至れる者がいるとすれば、その証明に成るのだろうが。難しいだろう」

 彼我の差に、アポロニアは笑みすら浮かばなかった。自らの限界地点、そこは英雄王にとって通過点でしかない。この『先』が有る者と無い者。決定的な差。

「君は此処までだ。男女の差は当然ある。しかし、男の中でも差はある。女性だからではない。アポロニア・オブ・アークランドである以上、君は此処止まりなのだ」

 突き付けられた限界地点。アポロニアは歯噛みする。血を吐くほどに、悔しがる。

「そこまでだッ!」

 トリストラムのフェイルノートが奔る。強力な矢、裂ぱくの気合と共に放たれたそれは、英雄王が無造作に向けた剣の切っ先で軌道を変えられ、あらぬ方向へ飛んでいった。

「君は登る山を間違えた。君は先んじていたが、その山の頂点にはヴォルフ君が立つ。私が彼を拾ったのは、一目見てそう確信できたから、だ。救うに値すると、後の世に必要な人材だと、そう判断したから救った」

「……私はそうでないと?」

「いいや、そうなのだよ。ゆえに私はこうして君を殺していない。君には、君たちには、次の機会を授けるに値する能力がある。それは次の時代に必要なファクターだ」

 自らの限界を突き付けた男が、自らに価値があると言った。アポロニアは顔を上げる。とうの昔に自らの限界には気づいていた。強さの上限、頭打ち、中央突破の威力は上がっていたが、それは自分ではなく、皆が強く成ったから。

 自分は、白騎士に負ける前から僅かに伸びただけ。ずっと前からほとんど変わっていない。足掻き続けた。強き女王であり続けた。だが、もうそれも限界。虚勢を張って強く在り続けるのも限界であった。もはや此処まで、彼女自身が一番よくわかっている。

「剣を捨てなさい。さすれば、道は拓ける」

「……は?」

 ほんの一瞬、縋りそうになった。全てを引き出されて負けた。その相手が自分に『先』を見出したのだ。其処に縋りたいと思うのは仕方がない。ただ、それはあまりにも突拍子が無く、あまりにも、彼女の思考の外であった。

 だが、ウェルキンゲトリクスの顔はどこまでも本気である。

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