裏・巨星対新星:爆熱の星

「私が出る」

「駄目だ。まだ相手の策が崩せていない。ジェドをなめるな」

「卿こそ私をなめるな!」

 何故、これほどまで慌てているのか。じきに嫌でも道は開かれる。烈日が堕ちたという情報の裏が取れたなら、あの軍勢は何の労力を払うことも無く撤退していくだろう。ジェドにエルビラ、楽な相手ではない。現に此処まで攻めをかわされ続けてきた。

「私に狼のお零れに預かれというのか。その程度の輩に、どうして道が開けよう!? 私は往くぞ。ついてくる者は共に参れ」

「何をする気だアポロニア!?」

「知れたこと。正面突破だ」

 メドラウトの静止も聞かず、アポロニアは独断にて突撃を敢行する。先頭に立つ紅蓮の女王。そして背後には精鋭たるアークランドの騎士たち。現代戦にあるまじきシンプルさ。王が先頭を駆けるという愚の骨頂。

 だからこそ――

「来るぞエルビラ。シドはおそらく、これを貴様に見せたくて此方に寄越したのだ」

「何が来るというのですか?」

「不条理の極み、英雄だ」

 爆発する闘志にジェドはある日の光景を思い出した。戦略、戦術、全てに勝っていたのに、烈日という不条理に落とされた日を。あの日も英傑は先頭を駆け、先陣を切って突撃してきた。矢は何故か当たらず、一度接触したが最後――

「また一つ輝こうというのか、新時代よ!」

 全てを燃やし尽くす。


     ○


「アポロニアが止まりませぬな」

 ジェドの腹心、ロス家の頭領である男が口を開いた。息子の方は索敵に出ておりこの場にはいない。エルビラは険しい顔で俯いていた。自らの策が全く通じず、ただただ力押しにて、天災の如し相手の進撃を止める手立てがなかった。

「うむ、わしの力が落ちた。最大の要因は其処であろう。他は良くやっておる。エルビラの策は相手を上回っており、サンスもメドラウト、ユーフェミアを上手く殺しておろうが。全体の要と守戦の要、一つの駒で二つ潰せば、上々」

 ジェドは苦笑する。間違いなくあれは綺羅星なのだ。先の時代であれば英傑として名を馳せた、そこに疑いようは無い。今の時代においても、やり方次第で他の星を喰らうことは出来る。頂点を目指す道はある。されど、彼女はそれを選ばない。

「あれはシドと同じ戦。力で塗り潰す戦の王道よ。包囲を仕掛けようが、中央を厚くしようが、斜陣でぶつかろうが、全部ぶち抜かれてしまえば同じこと。単純明快、ゆえに奇策も及ばぬ。立地も悪い。後背の山々を使いたくとも、あそこに至れば英雄王の領域。わしらはそこまでに平野で、あれを止めねばならぬ。難儀なことよ」

「無視してしまえば良いのでは? 正直、聖ローレンスと戦うために動かした軍を、我らエスタードが止める理由はありませぬ。割に合わない」

 エルビラの抗弁はエスタード軍全体の総意でもあった。確かに自らの領土に土足で入り込んだ闖入者を生かして返す道理はない。だが、害成す気も無い軍勢相手に身を削る、それも大幅にともなれば話は別。無視して通させるのが賢いやり方と言うモノ。

「エスタードのみで見ればな。そうなる。じゃが、ローレンシア全体で見た場合、この一手が放つ混沌は、想像を絶するモノと成るだろう。促した者は悪魔か何かか……わしでも先が見通せぬ。攻め気の無い英雄王と攻め気しかない騎士女王、二つが大陸の中央で入れ替わる、その意味を解せよ。取り返しのつかぬ状況になる前に」

 大局の中、この一手は鬼手と化す。守りやすく攻め難い。このような拠点を戦好きに与えては何が起きるか容易に想像がつく。そしてその結果、混沌と化した世界がどう動くのか、コントロール不能と成った世界がどう揺らぐのか、想像は不可能。

「サンバルトで充足しておけばよいモノを」

「詰み筋が見えたのでは?」

「そう思うか? わしはそう思わんよ。確かに、ガリアスとエスタードに挟まれた立地は上手くない。サンバルト自体は攻めやすい地形じゃなから、本気で落としにかかれば即座に詰み。そんなこと、わしらもガリアスも理解しておる。ゆえに、攻められん」

 そう、サンバルトが成り立っていた本当の理由は、攻め気さえなければ攻めやすさが最大の防御と成っていた点にある。容易く滅ぼせるゆえに滅ぼす意味がない。取っても取られる、それをラコニアのように繰り返すだけ。ならば、飼い殺しにした方がマシ。

 それを是と出来るなら、あそこは好立地なのだ。

 騎士の国アークランドはそれを緩やかな滅びと捉えたようだが。

「あくまで頂点を目指す。その意気で駆け上がろうと急いておる。父親と同じように。哀しいかな、わしはあれを止める力を持たん。所詮時代を背負う道から逃げた卑怯者よ。しかし今、わしは悔いておるよ。ここで止められたなら、間違っていると突き付けられたなら、本当の星と成る機会を、気づきを与えられたやもしれん。実にもったいない」

「アーク王に苦言を呈した時と同じ顔ですな」

「あれも惜しかった。どちらも本物であった。ゆえに、どちらも壊れた。太陽は二つあってはならんのだ。それは必ず揺らぎを生む」

「今は一つ星ですが?」

「戦乙女が騎士王の、烈日の、黒狼の真似をして何とする?」

 ジェドは嗤う。折角の本物を前として何も出来ぬ己が弱さを。


     ○


「死ぬぞ、今のお前たちではシドに勝てん」

 とある海域に佇む絶海の孤島。海賊の頭領である男を除けば、エスタード本国の者さえ定期船を以外滅多に訪れぬ何もない島であった。定期船は情報と本、生きるために必要な食糧を運ぶだけ。本当に、それだけの島であった。

 そこに現れたのだ。燦然と輝く綺羅星が。しかも二つ同時に。

「死なん。我は未来を見通す眼を持っている。右、左、進路を変えるだけで未来は変わる。我は正しく前を往く。他の騎士王も皆、我に屈した。あのヴォーティガンですらな」

「あと十年、いや、五年力を溜めよ。ランスロ、ゴーヴァン、トリストラム、それに『獅子候』や『白鳥』、これだけの未来がある。『騎士王』、『戦乙女』、『鉄騎士』、『大騎士』、お前たちが充実しているのはわかる。だが、それだけでは勝てん。栄光の未来を望むなら未来が育つのを待て。それが最善だ。最善でなくば時代など――」

「くどい。すでに賽は投げられた。未来を待つなどと悠長な道、我が取れるかよ。我は『騎士王』アーク・オブ・ガルニアス。未来は我が手にある!」

 ジェドの提言を一笑に付し、騎士王は「ガハハ」と笑いながら去って行く。必要な情報は手に入れた。海賊とのコネクション、彼らのみが知る大陸への道。烈海と交戦せずに大陸へ至る道さえあれば充分。

「申し訳ございません、ジェド殿。あれは言って聞くような性質ではなく」

「わかっておるよ。焦りも理解しておる。見えんのだろうな、自分の未来が――」

「いいえ、それならばあれは焦りませぬ。見えぬのは、私、なのでしょう」

「……呪さえなくば、時代を変えられたやもしれぬと言うのに」

「それもまた天命なれば、せめて鮮烈に、燃やし尽くすまでのこと」

 どこまでの高潔に、彼女は笑った。わかっているのだ、彼女は。自分の存在が騎士王に惑いを与え、集団に別の引力を与え、揺れを与えていることを。それでも彼女はエゴを通して騎士王の隣に立つ道を選んだ。共に戦い果てる、その浪漫を通した。

 狂っているのは――戦乙女である。

「最初から私がいなければ、あれは天を掴んだと思いますか?」

「可能性はあった。太陽は、二つ要らんのだ。引力が一つであってこそ、集団は強固なモノと成る。エスタードに俺が必要でなかったように、貴女もまた――」

「であれば――」

 その解を、その時の笑顔を見て、ジェドは人の妄執を知る。愛が人に光を与えることもあれば、愛が人を闇に落とすこともあるのだと、知る。


     ○


 アポロニアの進撃が止まらない。

 ただ一度の接敵、ひらひらとかわしてきた中で、とうとう喰いつかれてしまったのだ。あっさりと瓦解するエスタード軍。中核と成っているエルビラの兵にも烈日の死は伝わっているのだろう。士気が上がらない。あの大炎を止める熱が生まれない。

「……くっ!? またか!」

「…………」

 音も無く、混戦模様の中、するりと集団を抜けてジェドの腹心たるロス家の嫡男が、メドラウトの眼前に現れた。これで何度目であろうか。

 数合打ち合い、取れぬと判断すると皆が集まる前に集団の中へ溶け込む。これを幾度も、メドラウトとユーフェミアは喰らっていた。その度に足が止まる、指揮系統が乱れる。全体の統制に揺らぎが生まれる。

「サー・メドラウト、またあの男ですか」

「ああ、影のような男だ。こちらの気のゆるみに乗じて現れる。まだ若いだろうに、エスタードは本当に層が厚いよ。まだまだ、だ」

「十代そこそこであの戦巧者っぷりには驚かされます」

「負けられないね」

 ちなみに若造と見られているが、ロス家の嫡男、サンス・ロスの年齢はエルビラより二つ上。ほぼ同世代であることを彼らが知るのはかなり後に成ってからである。

 こういった局所的にエスタードが上手く捌いているところもあった。だが、肝心要の中央に関してはほぼ壊滅状態。アポロニアの炎が全てを飲み込むまで、時間の問題である。

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