幕間:激動の世界Ⅲ

 アポロニアの進撃。誰も止められない。接近戦では歯が立たない。ならば近づかず遠くから殺す、それもまた難しい。なぜならばアポロニアは常に敵との密集地帯で戦っており、ガリアス側から見れば味方側といつもくっついているのだ。これでは弓を用いることは難しい。

「くそ、止ま――」

 首が飛ぶ。

「退けアポロニ――」

 血が飛び散る。

「駄目だ、勝てるわけがない、こんな、ばけも――」

 紅蓮が進撃する。アポロニアは心底楽しそうに戦場を謳歌していた。戦場に付き物の悲壮感や憎しみ、悲しみなど、負の感情は何もない。純粋無垢、天真爛漫に戦場を駆ける。

「どうした!? 大将首は此処にあるぞ! 私がアークランドの王アポロニアだ! もっと攻めて来い。私と戦え!」

 その叫びは彼らから戦意を奪った。アポロニアが邪気なく、本当に戦争を求めていることを知ったから。常人にはわからぬ強者の感覚。絶対の差を知ってしまったから。

「……そうか、ならば取らせてもらうぞ。この拠点を」

 戦意が折れたことを悟り、少々がっかりしながらアポロニアは前を向いた。この丘を取って戦を決める。明日はきっともう少し楽しい戦場が――

「駄目だ小娘」

 アポロニアの背後、炸裂する人の欠片。アポロニアは振り向いた。その場にいるはずの味方は大きく削がれている。如何に背後をつかれたとはいえ、主攻であるアポロニア軍の背後をぶち破ることは至極難しい。しかも気づかれぬような少数となるとほぼ不可能。

 突出していたとはいえ背後をつかれるとは予想になかった。

「何者かは知らぬが……よい闘志だ!」

 アポロニアは一瞬で興味を背後に現れた男に移した。紅蓮があふれ出す。アポロニアの歓喜が炎の雰囲気となって押し寄せてくる。

「私の剣、止められるか!?」

 アポロニアは思いっきり剣を打ち込んだ。カンペアドールであったチェでさえ一撃の下斬り伏せた剣。アークランド、ガルニア最強の剣が――

「ぬるいわ小娘」

 止められ、はじき返された。のけぞるアポロニア。その顔には信じられないといった表情が浮かぶ。目の前の男は振り切った大剣を戻しながら、空いている左手を動かす。その手にはいつの間にか部下が投げ渡した長槍が握られていた。

「ぬん!」

 それを男は、思いっきり対象めがけて刺し貫く。利き腕とは逆、しかも片手でありながら、その破壊力は馬を粉砕した。そしてその直線上、アポロニアめがけて豪速の槍が迫る。アポロニアは「アハ」と笑みを浮かべた。そして――

「面白いぞ貴様。名を名乗れ」

 軽く跳躍し、槍の穂先にしゃがみ立つ。値踏みするような表情のアポロニア。対する男は片手で槍とその先端に立つ女を悠然と支えていた。

「王の右腕、『黒獅子』のボルトースだ。貴殿は名乗らずともよい。皆知っている」

「やはりな。此処でまみえるか……ガリアス最強の武人!」

 ボルトースが槍を引くと同時にアポロニアも跳躍した。着地するのは敵の騎馬。騎手にけりをいれてそのまま入れ替わる神業を見せた。アポロニアには笑顔が浮かぶ。

「ああ、つまり貴様は此処で死ぬ。俺の手にかかってな」

 超大国ガリアスで最強の武力を誇る怪物、それが王の前に現れた。

「姫様、お下がりください。此処は私が」

 アポロニアに追従する形で現れたのは騎士の中でも有数の実力者、ベイリンであった。すでに背後にて軽くボルトースと打ち合ったのか、多少息を切らしていた。

 ボルトースは現れたベイリンに視線を向けず、アポロニアのみに戦意を向ける。これにはベイリンのみならずアポロニアでさえ驚いた。

「私としては一騎打ちとしたいが……これも戦争、二人がかりとなれば旗色も悪かろう」

 ベイリンという実力者を無視できる状況ではない。

「そうだな。二人がかりとなれば俺では勝てまい。それくらい理解している」

 ボルトースは言葉とは裏腹に、あくまでもアポロニアのみを見ていた。ようやくアポロニア、ベイリン共に異変を察した。二人がかりではない、ボルトースはそう言っているのだ。ならば――

「お待たせボルトース」

 ここで出てくるのはこの男しかいない。ガリアス最強の男と双璧を成す、ガリアス最優の男。高水準の武力と知力を併せ持つ超大国ガリアスの最高傑作。

「彼の相手は僕がしよう。ダルタニアンだ。よろしく頼むよサー・ベイリン」

 眼前の赤い御旗を率いる男、『王の左腕』は微笑みながら剣を抜く。ベイリンもまた無言にて刃を抜き放った。雰囲気からして只者ではない。ボルトースもダルタニアンも、巨星ほどではないが準巨星級の力は持っている。

「……姫様、お気をつけください。どうやら初めから割り当てられていたようです」

 アポロニアにはボルトースを、ベイリンにはダルタニアンを、トリストラムにはエウリュディケを、ローエングリンにはリュテスを、ぶつけてきたのはおそらくこの男、ダルタニアンであろう。

「運よく良い噛み合わせで戦力をぶつけられたみたいだね。よかったよかった。これで拮抗した良い戦が出来る」

 ここまで布陣を読まれていたのだ。そのことに――ベイリンはひそかに笑みを浮かべた。彼らは自分たちを侮っている。極西の島国、田舎モノだとたかをくくっている。其処に隙が生まれたとベイリンは思った。自分たちの秘策、

「ああ、もちろん君たちの秘策、メドラウトは見逃してないよ」

 それが崩れ去った。アポロニアとベイリンが息を呑んだ。ダルタニアンはにこにこと柔和な笑みを浮かべている。その笑みの奥で蠢く何か――

「別働隊が大回りをしてこの丘の背後を狙う。悪くない手だ。インテリジェンスを感じる。でも、想像できないほどじゃない。土地勘に疎い君たちでも思いつく手だ。僕たちが思いつかないわけがないだろう?」

 メドラウトが打ち立て、アポロニアが認めた必殺の策を悠々と見破ったダルタニアン。見破られた事実にはぐうの音も出ない。しかし――

「だが、主力はこちらに揃っている。メドラウトを止められる人材はいないはずだ」

 そう、策は見破ったが打ち破ったわけではないのだ。結局、エスタード方面をユーフェミアとヴォーティガンに任し、他全てがガリアス方面の侵攻に参加している。かの王の左右が集ってなお拮抗する戦力を集めた。その上で、王会議を経て成長したメドラウトを決定打として放ったのだ。単純に、力技で押し切ることも可能だとベイリンは考える。

「超大国ガリアスをなめるな。貴様らに十二の騎士がいたように、俺たちには百の将がいる。その下には無数の候補が、さらに下にも匹敵するものはいる。知れ、この平均値の高さこそガリアスが覇国である証だと」

 ボルトースはこれ以上の問答は無用とアポロニアに接近した。同時にダルタニアンもベイリンめがけて動き出す。黒の獅子と紅き剣が女王とその従者を襲う。


     ○


 メドラウトは策が見破られていたことを知る。山越えの際に伏兵が――バレた以上力づくでも押し通すしかない。あの丘を取ることで対ガリアスの足場を固めることが出来る。その決定打である自分が伏兵ごときに止められるわけにはいかないのだ。

 最初の伏兵とそれを率いる百将は打ち破った。その次も百将の首こそ取れなかったが軍は抜いた。その次は、抜けきれない。さらに背後から集団を立て直した百将が襲い来る。

「ふざ、けるな! こいつら、いったいどれだけの兵力を!?」

 百将が二人でメドラウトを止める。そして物陰からさらに百将候補が率いる部隊が左右から現れ、メドラウトらを完全に挟んだ。

「サー・メドラウト、これ以上は!」

 部下の叫びを聞いてメドラウトは――


     ○


 如実に現れる戦力差。

 トリストラムとエウリュディケは互角の撃ち合いを見せていた。最強の弓使いを決めようかという決戦。二人は接近し、ゼロ距離で互いの大物をぶちかます。片方は頬を、片方は腹を多少削り取る羽目になった弓での接近戦。

「これほどの使い手、マクシミリアーノといい、大陸は面白いな!」

 凄絶な撃ち合い。放ち、かわし、距離をとり、放つ。

「あらあら、あんなのと一緒にされるなんて不愉快ねえ。彼の弓は美しくないわ」

 のんきな台詞だが、しゃべっている間も矢を放つ手は休めない。

「貴方の弓は美しいわ。食べちゃいたいくらい。でも――」

 エウリュディケは妖艶に嗤った。

「将としては不完全ね。貴方も、他の将も、アークランドという国が不完全」

 トリストラムが熱戦から視線を外し、周囲をうかがう。熱に浮かされて見えていなかった事実に、トリストラムは愕然となった。


 ローエングリンは背中に嫌な汗をかいていた。リュテスは技術的に荒削りながら速さで大きくローエングリンを上回っている。総合力では互角、わずかに経験の分ローエングリンが勝るか。問題は一騎打ち以外のところであった。

「此処まで違うものかよ。ガリアスとうちじゃあよ」

 ガリアスの軍が精強なのは知っていた。平均値の高い軍勢だと。だが、此処まで一気に差が生まれるとは思っていなかったのだ。自分たちは互角でも他の兵は完全に負けている。他の部隊も似たようなもの。これでは勝負にならない。

「当たり前でしょ。あんたたちとは集積が違うの。量も質もね。私の軍に天才はいない。でも、私の軍は強いの。ガリアスの軍は強いの。意味、わかる?」

 リュテスは誇らしげに敵を圧倒する自軍を見る。個人の武はそう変わるものではない。問題は集での武、集団での強さが違い過ぎる。陣形展開の速さ、トップのリュテスが指示せずとも副官が同じレベルで指揮することが出来る。群れとしての強靭さが違う。

 リュテスがローエングリンを止めれば集団では勝てる。他の戦場も同様――


 アポロニアは初めて壁にぶち当たった。目の前の怪物、倒すどころか互角に打ち合って来る黒獅子にではない。個人の武以外の全てで、アークランドという国はガリアスに劣っていた。痛感すべき、圧倒的差。

「その程度で天を目指すか。無知とは罪だな、小娘よ」

 ボルトースの言葉が突き立つ。

「アークランドではガリアスを揺らがせることは出来ん。去れ、弱き群れよ」

「私を、私たちをなめるなよ。我が名はアポロニア、負けなどありえん!」

 アポロニアは全力で黒獅子に当たった。自分が目の前の怪物を打ち倒せば戦況は変えられる。変えてみせる。その心意気だけで、攻め込んだ。

 結果は――


     ○


 元サンバルト領、サンタモニカ城陥落。守り手のユーフェミアは捕虜に、美しきサンタモニカは炎に呑まれた。それを指揮したのは――

「何故、エスタードは貴様を隠匿していた?」

 鎖に繋がれたユーフェミアは、敵の総大将としてこの地に舞い降りた怪物を見上げる。強かった、強過ぎた。エル・シドの破壊的な強さとは違う。もっと繊細で、より緻密で、やはり破壊的。

「貴様は強すぎる。世に、名が轟かぬわけがない」

 ユーフェミアとて一流の将。特に本人の気性に反する形だが、レオンヴァーンの女らしく守りを得手としていた。そのユーフェミアが手も足も出ない。その事実が恐ろしい。

「わしを強いと感じるレベルならどうせ烈日には届かん。此処で負けて正解じゃよ」

 男は老人であった。背筋のピンと張った老紳士。されどその肉の厚みは戦士を隠しきれていない。事実、この男は此度もそれなりに戦果を挙げている。ユーフェミアを昏倒させて捕虜としたのもこの男である。

「負けたままでは終わらんぞ。アークランドをなめるなよ」

「意気やよし。精々気でも張っておれ。わしは寝る」

 男はユーフェミアから視線を外して去っていく。去り際にちらりと見えた襟元、肌に刻まれていたⅡという記号。

 この日、アークランドは大きく失った。


     ○


 王を支える四人を対アークランドに費やした。結果、逆側であるストラクレスの侵略を止める事が出来ないでいた。されどウルテリオルを統べる王は不動にて余裕。

 自室にてガイウスは楽しそうに世界地図を眺めていた。切れる手札はいくつかある。いつだって選択肢は無数にあった。

「はてさて、そろそろ届く頃かのお」

 そして選び取ったのはいつも正しい答――

「古き友のアクィタニア、そしてもう一人――」

 革新的な世界が始まる。


     ○


 ガロンヌとたびたび打ち合い、エィヴィングとレスターにはガレリウスへの挑戦を課題として与えていた。現、王の左腕、右腕と同等と評された男を止めたなら本物。充分世界と戦える。見極めるための腕試し、あくまで此処では若手への経験値を与える場であった。そうであったはずなのだ。

 破竹の勢い、ライバル国アルカディアを無視して手に入れた優位。

「三大巨星、『黒金』のストラクレス殿とお見受けする」

 それが――

「我が名は『湖の――」

 崩れ去る。

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