進化するネーデルクス:名も知れぬ捨石(えいゆう)たち
ヴォルフが追い、カールはその度に策を用いてかわしていく。その度にヴォルフは悔しがり、ひざを打ち、それらを学んでいった。一度上手くいった策は二度と通じない。改心の一手をもう一度打ってもヴォルフはそれに対する改心破りの手をすぐさま打ち返してくるのだ。しっかり逃げているように見えるが、少しずつカールに出来ることは失われつつあった。
「やはり空城、旗と角笛係一人置いてとんずらか」
ヴォルフの目の前には、足を失い立って歩くことすらままならぬ兵がひとり笑っていた。四方を森に囲まれ北と南には断崖が阻む。必ず何か打ってくるとは思っていた。攻めるか守るか、退くか――これほどの好立地を即座に斬り捨てて退くを選択するはもったいないようで見事。おかげで日が天頂に至る少し前まで時間を食い取られてしまった。
「名乗れよ捨石。孤独に耐え最後までそいつを吹き続けた勇気、覚えといてやる」
「若き新鋭、ヴォルフ・ガンク・ストライダーに名を問うてもらえるとは誉れだ。だが、要らぬよ。俺の名はカール様が覚えていてくださる。俺の家人も、国も、あの方が守ってくださる。あのやせっぽっちで、皆にこき使われて、皆に好かれるあのお方が」
男は立つこともせず剣を引き抜いた。警戒する兵をヴォルフは制止させる。男はにやりと笑い自らの腹を捌いた。凄絶な笑顔、鮮烈な咆哮。崩れ落ちて死に絶えなお微笑むその死に姿に、ヴォルフはひざをついて頭を下げた。
「敬意を表そう、名も知らぬ英雄よ。俺もまた貴様を忘れぬよ。この戦で多くが見せ付けた勇気を胸に刻もう。見事だった」
撤退戦は誰かが犠牲にならねばならない。いくら策を弄しても、どこかで誰かが犠牲になるのが撤退戦なのだ。逃げながら戦うことは出来ない。必ず殿という名の捨石が必要になってしまう。その捨石に選ばれ、笑顔で、泣きながら、狂ったように、さまざまな表情の者たちが散った。そして彼ら全員死の間際まで士気を保っていた。
「なあ、アナトールよ。ユーウェインは、どんな面して死んだんだろうな」
ぽつりとヴォルフはつぶやく。アナトールは無言にて応じた。ヴォルフはその対応に苦笑して感謝する。誰も知らぬことである。無責任に語るのは死者への冒涜であろう。
「こいつみたいに笑っていただろうか、それとも泣いていたかな。ここ最近まるで昨日のことのように思い出すのは、こいつらの献身がダブるから、なのかなあ」
ヴォルフはつかの間に浸る。それを見てユリシーズは目を背けた。自らの目に涙が浮かびそうなことを悟られぬためである。敬愛する兄の死に潰されぬためである。
「この阿呆、しんみり浸ってる場合かよ。死に報いたいならとりあえず今日勝てよ、明日勝てよ。勝ち続けりゃ代わりに死んだ連中もあの世で楽しめるだろうが、酒の肴によ」
こういうときのニーカは強い。ヴォルフは頷いて頭を上げた。
「わかってるよ。この策が連中の苦しさを表している。この砦なら十人、二十人残れば一日は潰せる。大部隊で移動できる地形じゃねえからな。昼過ぎに堕ちても移動だけで夕刻までかかるだろ。一日のアドバンテージを捨てた。人数に余裕がねえんだ」
ヴォルフの頭には敵が通るであろう撤退ルート、その地形が全て頭に入っていた。元々は全てネーデルクス領、地図の類はこちらが充実している。
「今日で捉える。少しずつ増員しているこっちと削られ続けているあっち、おそらくは騎兵だけでも蹂躙できる人数差になったはずだ。アナトール、ネーデルクス側の騎兵をまとめろ。最後の一押し、これで終わらせる」
「わかった。すぐに準備させよう」
ブラウスタットまで残り僅か。とうとうヴォルフの牙がカールたちの喉元に届いた。
○
カールたちは苦渋の表情で歩んでいた。おそらくあの手では半日持たないであろう。そこから騎兵で迫られたなら即詰み。如何に森を利用しても、騎兵の足にはかなわない。あとブラウスタットまで二日ばかりの距離、しかし此処に来て頭を悩ませるのは足の差で追いついてしまった怪我人たちとの合流である。
最後の最後で速度が落ちてしまった。
「俺たちを置いていってください。仲間が皆命を賭したんだ。俺たちだってやれます」
カールは彼らの眼を見る。そこに揺れる瞳には志願した者たちのような覚悟はなかった。追い詰められ、空気感に呑まれて、仕方なく出た言葉。そもそも彼らは志願せず生きる道を選んだ者たち。それが悪いわけではない。そうすべきとカールは思う。
しかし、おそらく彼らでは足止めにならないのだ。それこそ路傍の石と変わらない。あの黒狼を蹴躓かせることすら出来ないだろう。だから捨石になれとは言えない。無駄に死を重ねたくはないのだ。
「でも、見切れば足は速まる。少しでも距離を稼がないと」
ヒルダはカールに耳打ちする。その言葉にカールは首を振った。
「それでも、ブラウスタットまでは間に合わない。何か別の手が必要なんだ。もう少しだけ時間を稼ぐ方法が、何か、何かないか?」
カールの目元には大きな隈が出来ていた。此処まで頭をフル回転させ続けてきた。とっくに限界は超えている。睡眠もろくに取れていない。心身ともにやつれ果て、それでもなお何かをひねり出そうとしていた。その悲壮感漂う光景に、ヒルダは眼を背けてしまう。
おそらく、もう何も――
「よーし、怪我人ども。本気で死にたいって奴だけ俺についてこいっす」
絶望の空気を裂いたのは――
「俺は死にたくないっすけど、しゃーないから一緒に死んでやるっすよ」
カールが十人隊長になったときからの、否、もっと昔、子供の頃から知っていた小さく大きな男、イグナーツであった。カールの瞳が揺れる。
「イグナーツ! 自分の言っていることがわかっているのか!?」
フランクの叫びが響く。これほどの激情を帯びた言葉を、この場の誰もがフランクから聞いたことはなかった。おそらく、浴びせかけられた当人を除いては。
「わかってんよ。でもな、此処で死んだらほんとの無駄死だぜ? 俺たちも、今まで死んだ奴らも、全部無意味になるんすよ。それ、許せるか?」
イグナーツとフランク、当人たちの思惑以上に生かす価値のあった二人は、今まで捨石に名が上がることはなかった。武技も十人隊長の水準は大きく超え、兵法に至っては百人隊長の水準をも超えていた。価値がある。どうにかして生かしたい。
「駄目ってのはナシっすよカール様。もう手がないのは俺たちが一番良くわかってるんす。この状況を変えられる手札は、ギルベルト様やヒルダ様……でも無理っす。ちょっとお頭が足りねえっすので」
ずいぶん失礼な物言いだが事実であった。此処で必要なのは、少しでも長く生き延びて時間を稼げる生命力である。それを持っている将はいない。でも、彼らならそれが出来る。ウィリアムと、カールと、そしてベルンハルトと共に戦場を駆け抜けた彼らなら。
「出来るのは俺ら二人。んで、俺ァ商会の息子なのにろくに算術もできねえ。戦場では互角でも生かす価値があるのはフランクの方、切るべきは俺っす。決断を、カール様」
イグナーツの瞳は当然揺れていた。しかしそれ以上の覚悟がある。彼もまた人の上に立つものとしての自覚が芽生えていたのだ。十人でも、その重さは変わらない。
「……イグナーツ、手を出せ。『あれ』で決めようよ」
それと同じ覚悟を、目の前の男も持っていた。どちらも死にたくはない。戦場に出たのだって望んだわけではなかった。双方の父がローランへの顔覚えを良くする為に切った人身御供。互いに商会の次男坊、ふわふわと生きてきた己らが、こういう場面に出くわすなど思ってもいなかった。
「だから、価値はテメエの方があるって言ってるんす!」
「なら僕は君が僕に優っているところを百個言ってあげようか? 時間がないんだ。僕も引く気はない。君が引かない以上ね」
競合他社、しかし要らない次男坊。長男の保険でしかなかった彼らは不思議と馬が合った。勝気なイグナーツ、温和なフランク、会ったばかりの頃はイグナーツの方が背が高く、よくいじめられていたフランクを守っていた。
「わーったよ。そっちも手を出せっす」
気づけば背が逆転し、なぜか戦場で自分たちのボスを守り、商会の要らない次男坊が十人隊長にまでなった。それはきっと、とても幸運なことであったのだろう。その清算をするときがきた。
「テイラー、奴らは何を言っている?」
ギルベルトは疑問を投げかける。ただならぬ雰囲気であることは理解できるが、双方が手を出して構えている理由がわからない。
「……すごく、大事なことさ。あの二人にとって、すごく大事なこと」
カールは決壊しそうになる思いを済んでで堪えていた。自分の作った戒めを自分で壊すわけにはいかないのだ。彼らは大事な幼馴染である。それでも、此処は切らねば成らぬ時。本当なら言い出す前に頼まねばならなかったのだ。それを無意識に避けていた自分を恥じる。そして言い出してくれた彼らを誇りに思う。
「後悔するなっすよ。俺だって死にたくはねえんだ」
「僕もさ。せめて女房の一人くらい欲しかったよ」
「同感っす。んじゃ、やるぞ」
二人の腕が同時に動いた。
「「さいしょはグー」」
それは――
「「じゃんけーん」」
いつだって彼らが違えた時、二人の進路を決めてきた儀式。あの日も二人はこれで運命を選んだ。このまま父の言うとおり戦場でカールのお守りをするか、それとも家を飛び出して二人でどこか遠くへ逃げるか、その時は、イグナーツが勝った。
その時の運命が、今に繋がっている。
「「ほい!」」
運命の気まぐれ、これが彼らにとって最後のじゃんけんである。
○
ヴォルフは快速の騎兵を従えて一気に距離を縮めた。高低差のある森を一気に駆け抜ける騎馬隊。勝利は目前とあって士気は高かった。先頭を走るヴォルフの背中がさらに彼らを盛り立てた。カールの策略に幾度も阻まれながら此処まで詰め込んだヴォルフの手腕を疑うものはいない。もはやカールに打つ手ナシというところまで来た。
守戦でのカールを侮る者はネーデルクスにはいない。何度も煮え湯を飲まされてきたのだ。ブラウスタットで、マルスランをして跳ね返された経験もある。そして今回の退き戦が決定打、彼らの愛国心が今かの将を討ち取らねばと叫ぶ。
「妙です。少しばかり……逸れてはいないでしょうか?」
先頭のヴォルフに声をかけるネーデルクスの兵。ヴォルフが視線を移す。
「私はこの辺りの生まれでして、多少土地勘があります。フランデレンへ向かうならばこの道はいささか効率的ではないかと」
ヴォルフは手を掲げ皆を静止させた。
「いつからおかしな道へ至った? 足跡はこちらに伸びているぞ」
「そこまで詳しいことは。申し訳ございません」
謝罪する兵を尻目に、ヴォルフは考え込んでいた。今まで素直に足跡をたどってきた。足跡に不自然なところは見られない。しかし、方角が少しずれ始めているのもヴォルフの感覚としてあったのは事実。ゆえに皆を停止させたのだ。
「陽動の可能性があるな。何人かを偵察に出すか? まだ時間に余裕はある」
「そうだな。しばし此処で休息を取る。その間に何人かで来た道を戻りおかしな点があるか調べてくれ。お前が先頭だ、頼むぞ」
ヴォルフは土地勘のある兵士の肩にぽんと手を乗せた。兵は高潮し「了解です!」と甲高い声で叫ぶ。その程度にはこの戦で、ヴォルフは人望を集めていたのだ。
「さてと、いたちの最後っ屁かどうか……どうなるかな」
ヴォルフはとても陽動とは思えぬ足跡をじっと眺めていた。
○
半刻もしないうちに顔に汗を浮かべた兵が戻ってきた。
「見つけました! 巧妙に足跡が隠されていましたが、間違いなく最短ルートを通っている集団があります。どうされますか?」
ヴォルフはこちら側の足跡を見る。そして部下の顔を見る。信ずるべきはどちらか。
「連中にとって時は金よりも重い。最短ルートに足跡があるのならばそちらが正解だろう」
「だからこそって……気もするんだがな。まあいっか、テメエを信じるとしよう」
ヴォルフは部下を取った。実際、理屈としてそぐうのは部下の言である。このまま進めばまんまと敵の策にはまるかもしれない。部下の信頼もなくす。結局のところ、この二択を前に正解を引けるかは運次第。ならばせめて割りの良い方へ。
(これでミスってもまだ余裕はある。とりあえず、流れに乗ってみるか)
ヴォルフの選択は安易か深慮か――
○
巧妙に隠された足跡の先に、くっきりと残る足跡があった。集団のものである。皆が敵の策を破ったと考えた。士気が上がる。そしてそれに比例するカタチでヴォルフの直感が悲鳴を上げていた。理屈とは別のところでヴォルフは――
「敵の後姿だ! やはりこちらで正解だった!」
敵集団の最後尾が見えた。もはや疑いようはない、この道で正解だったのだ。ヴォルフの直感が間違っていた。それだけのこと。
「ハハ、必死に走っているぞ! それで馬の足に敵うものか!」
「俺が行く」
先頭のヴォルフが加速する。一気に距離をつめて敵兵の背中を切りつけた。転げまわる敵兵。その眼の色を見て、そして先に進んだ分少し拓けた視界から、
「全軍反転! これは――」
「全隊作戦開始! 阿呆な騎兵様に目にモノ見せてやれ!」
このルートそのものが敵の罠であると理解した。途切れている足跡、最後尾であったはずの男の先には誰もいない。途切れた足跡は四方に散らばっており――
「引っ張れぇ!」
土まみれのマントから這い出てきたアルカディア兵が手元の紐を引っ張る。そこらに生えている蔦を何重にも重ねて作った紐。ネーデルクス軍の進行方向に対して直角に位置する兵士が、引っ張ったその紐は馬の足を引っ掛けて馬を転ばせた。狭い道である。一度転び出せば続々と転んでいく。
囮に気を取られ、加速したことが裏目に成った。
そして転んだ兵と馬に、
「かかれェ!」
土や葉っぱでカモフラージュしたマントをたなびかせ、怒号と共にアルカディア兵が殺到してきた。長い槍で間合いを詰まらせず馬や兵士を突く。森の木々、その間からそこまでの数ではないが矢が注ぐ。
「ぬるいわ!」
落馬してなおアナトールら強者は交戦の姿勢を取れるが、普通の兵はそうもいかない。馬に押しつぶされてそのまま絶命する兵も、足が挟まれ動けぬ兵も、窮地はいくらでもあった。その窮地の、勝利から死へあまりにも早い転落が彼らの思考を奪った。
「くそ、こいつら馬狙いだ!」
ニーカの叫びと共に槍が降り注ぐ。敵の姿勢が整わぬうちにアドバンテージであるはずの長槍を放るという愚挙。されど英断である。ヴォルフの見立てでは敵は小勢、態勢さえ整えばすぐさま蹴散らせる数の利があった。
「申し訳ございません、ヴォルフ様、私のせいで――」
土地勘のある部下が少し離れているヴォルフへ謝罪を投げかけた。ヴォルフは言葉の代わりに視線を投げ返す。選んだのは自分、提案した部下に責任はないと。その目を見て男は笑った。
その瞬間、頭上から槍を持った男が降り注ぐ。兵と馬ごと貫いた男の槍は長く、そしてそれを振るう男はその槍と同様に長身痩躯であった。葉っぱと共に木の枝から飛び降りてきた男は笑みを浮かべて黒狼に中指を立てる。
そして死地に振り返り咆哮する。
「全員死力を尽くせ! 此処でより多くを止めて英雄になるぞ!」
アルカディア兵の咆哮が轟いた。それは決して英雄の姿ではなかったかもしれない。彼らには覚悟が足りなかった。泣き叫びながら死にたくないと吼え、敵に向かっていくものもいた。英雄の姿ではない。笑いながら散った、覚悟ある強いものたちばかりではない。だからこそ、これをまとめる男は笑みを浮かべた。
見ろ、弱い僕たちでも強いお前らをやっつけられるんだぞ、と。
じゃんけんで勝った男、フランクは愛用の長槍を振るい敵の只中に突っ込んでいった。
○
あの時もイグナーツはああいう顔をしていた。絶対に曲げない顔、自分を貫き通そうとする表情。そういう時、イグナーツは絶対グーを出すのだ。本人は意識していないかもしれないが、グーを出すときは顔に出る。だからあの時、戦場なんて行きたくなかったけど、貴族なのに自分たちを友人だと言ってくれたカールは、裏切れないとのたまう親友に勝つことが出来なかった。
負けて、戦場に出て、嫌なことばかりがあった。アルカスで何不自由なく暮らしていた商家の次男坊には何もかもが厳しかった。完璧主義者のウィリアムの雑用、雑務、ずいぶん便利に使われていたと思う。
土まみれ泥まみれ、ついでに葉っぱまみれの戦場。気づけばこんなところまで来てしまった。十人隊長、凡庸な自分にはずいぶん場違いな身分である。ただウィリアムの、カールの下にいただけの、イグナーツについてきただけの自分が、此処まで来てしまった。
潮時だったな、とフランクは苦笑する。
生きるなら自分より強いイグナーツだとフランクは思う。だから今回のじゃんけんはパーで勝った。イグナーツは涙を浮かべて抱きついてきた。もう一回、もう一回と、まるで子供時代に戻ったみたいに駄々をこねた。
だから気分よく今この場にいれるのかもしれない。子供時代、何度も守ってもらった借りがある。そういえば返していなかった。今日返すのも一興。
「はは、そんな目で、見ないでくださいよ。僕、小心者なんですから」
この死地で、生きているアルカディア兵はフランクただ一人であった。死に物狂いで槍を振るった。かのアナトールの頬に傷もつけられた。返しの槍でお腹に風穴を空けられたけど、自分にしては良くやったと思う。
「アルカディアの凸凹コンビか。今もそうだが全体を通してだいぶ辛酸をなめさせられたぜ。今言うことじゃねえかもしれねえが、部下に欲しいと思ったほどだ」
フランクはヴォルフの言葉を内心否定する。たぶん、ウィリアムやカールの部下でなかった自分をヴォルフは見出せない。強き者の王なのだ、ヴォルフという男は。そして、考え方は違えどウィリアムとカールは弱き者の王、弱き自分たちに戦う力をくれた。そうしないであろうヴォルフは弱い自分がついていく相手ではない。きっと趣味も合わない気がする。
「たぶん、お前たちをそこまで鍛えたのはあいつやカールなんだろうな。ほんと、尊敬するぜ。お前らも、あいつらもよ」
ヴォルフもまたウィリアムやカールと触れ合い、戦い、変わりつつあるのだろう。フランクは少しだけぞっとした。敵も味方も変えていく影響力、今はまだこの規模で収まっているが、これから先のことを考えると恐ろしくなる。まあ、自分が『それ』を見ることはないのだが――
「そろそろ楽にしてやれ。もう、言葉も発せまい」
アナトールの言葉にフランクは、
「ああ、僕もうしゃべれてなかったのか。道理で、口も動かないわけだよ」
ひゅーひゅーと呼吸音で返した。たぶんさっきの発言もしゃべれてなかったに違いない。喉に受けた矢を引っこ抜いたときにでも穴が空いたのだろう。そこから空気が漏れているのかなとフランクはのんきに考える。
景色はとっくにぼやけて白濁色、かろうじて耳は健常なのか言葉は拾ってくれる。
「とにかくお前には上手くやられた。今日は追いつけねえ。それがお前の戦果だ。誇れよ英雄ども。お前が戦果を此処で死んだ連中に伝えてやれ。じゃあな」
まるで感触はないが、きっと心の臓を一突きされたのだろう。急速に意識が遠のいていく。最後に見える光景は、遥か昔、テイラー商会の会合で同世代の子としてローランに紹介されたとき、初めてカールに出会い、そして親友に出会った。いきなりじゃんけんの勝負を挑まれて、そして――
その時の光景である。その時、どっちが勝ったのだろうか。思い出す前に――
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