進化するネーデルクス:波乱の幕開け

 ウィリアムが商会へ顔を出すと場が一瞬で静まり返った。机で帳簿を見ていたアインハルトが静かに立ち上がる。アインハルトの目からいかなる感情も読み取れない。ウィリアムは興味深そうな表情を見せていた。

「話がある。時間をもらえるか?」

 アインハルトの申し出にウィリアムは頷いて答えた。そのまま二人とも席をはずして別室へ移動する。その様子を見る商会員たちは複雑な表情でそれを見送った。

「ま、いい気はしないでしょう。最初から勝っても負けても大した意味はなかった。私たちの奮闘も、そもそもが資金の捻出自体必要がなかったということ」

 ジギスヴァルトの言葉にヴィーラントはうんうんと頷いた。

「むしろわしは惚れ直したがのう。部下に賭け事をさせながら、本人はどう転んでも勝てるように画策する。失策はその事をわしらが知ってしまったことのみ。それもまたあの男の意を汲めばよい話じゃ。勝ち馬が揺らいだわけではあるまいよ」

 ディートヴァルトの言葉にまたしてもヴィーラントが頷いた。その節操のなさにディートヴァルト、ジギスヴァルト、この場にいる商会の人間すべてが笑った。自分が笑われていることを知ってか知らずか、ヴィーラントも歯を見せて笑う。

「よっしゃ! 今日もお仕事がんばるぞ!」

 ヴィーラントの号令で各自仕事に取り掛かった。国内を押さえる。どんな仕事をも他商会には渡さない。此処で完全に息の根を止めてしまうのだ。そうせねば不安の種が残る。それが発芽し、自らを飲み込んでしまう可能性があるのだ。

 ゆえに懸念は残さない。剣一本の売買とて奪い喰らう、それがリウィウス商会の今である。


     ○


「話はローランから聞いたな?」

 ウィリアムの問いにアインハルトは無言で頷いた。

「すべてお前たちの手のひらの上だった。勝っても負けても、意味のない戦いだ」

 アインハルトは自嘲の笑みを浮かべていた。それを見てウィリアムは首を振る。

「いいや、お前たちは最後に本気の勝負をした。そしてお前が勝ったんだ。俺もローランも予想していなかった幕切れ、学者もどきの放蕩息子が、商の怪物を破った。それも金の叩きあいとは別の方法で。よりスマートな方法で喰らった」

 褒められたところでアインハルトの表情が変わるわけではない。むしろ自嘲の笑みが深まる。

「ローランはなんと言っていた?」

「家督はカールへ、商会は俺へ、あとはお前についていけ、と――」

「そうじゃない。勝負について、だ」

 アインハルトは悔しそうに歯噛みした。

「手を抜いたと言っていた。本当なら自分が勝っていた、まだまだお前は甘いだとよ。結局本気でやっていたのは俺だけで、やつはいつも通り余裕の表情。勝たせてもらった戦に何の価値がある? あいつを否定しないまま逃げ切られた俺は何だ? 何もかも中途半端、憎しみも、何もかも、勝ち逃げされてパーだ。笑えるだろう?」

 アインハルトの激情が奔る。そこにめぐる感情はさまざまな色がごちゃ混ぜになり、もはやどんな色があるのかわからなくなっていた。アインハルト自身もわからなくなっているのだろう。元々あった怨讐もローランの死とともに風化した。元々あった親への愛情はとうに消え去ったものと思いきや、死とともにほんの少し顔を出す。

「なるほどな。しかし冷静になって考えてみろ。ローランが手を抜くメリットは何処にある? どちらかに不利益があるならば手を抜く可能性もある。だが、状況はどちらが勝っても負けても同じ、だ。なら、手を抜く意味がない」

 アインハルトの表情が少しだけ変化する。

「そういう状況で手を抜いてくれるほど息子想いの良い父親だったか? 甘い男だったか? あの男は商売の鬼だ。いろはを教えてもらった中に妥協はなかった。勝負が始まる前、あの男が言っていたよ。まだ甘い小僧を勝たせてやるわけにはいかない。全力で叩き潰す、と。その上で自分に勝ったなら……それは商人として認め難いほど悔しく、父親としては……この先は口止めされていてな。いつか教えてやる」

 アインハルトは目を大きく見開いた。本当ならば真っ先に思いつくはずの考え、しかしアインハルトにとってのローランはあまりに大きすぎて、そのことに思い至らなかった。

「あの男が、負け惜しみを言っていたと?」

「さあ? それは言った本人と聞いたお前にしかわからないことだ」

 ウィリアムはあえて断言せず突き放した。あくまでこれは二人の関係、ウィリアムが立ち入るべき話ではない。それでも此処まで踏み込んで勘違いに気づかせてやったのは、アインハルトという駒を失わないためである。こんな些事で足を止めてしまうほど、アインハルトは繊細なのだ。多少のケアを必要とウィリアムは判断した。

「さて、本題に戻ろうか。今お前には二つの選択肢がある。ひとつはこのまま俺に恭順し、傘下も含めたテイラー商会を俺の下で運用すること。もうひとつは俺の元から離れてテイラー商会の長として君臨すること。俺の意向は当然前者、前会長の考えも前者だ。しかし今はお前が商会の長、判断するのはお前だ」

 元々は今後についての話が主題であった。ウィリアムとローランに操られていたように感じていたアインハルトの誤解を解いただけ。されど解かねばこの後の答えは少し変化していたのかもしれない。

「今は、お前についていく。しかし風向きが変われば抜けさせてもらう」

「結構、それでこそ商人だ。共に覇道をひた走ろうじゃないか」

 ウィリアムとアインハルトが握手する。その白々しさはまさに商人同士であった。

「まずは製鉄所の件をまとめてくる。とんぼ返りする羽目になったが、すでに俺と技術者は現地に赴いている。現在は測量が主だな。資材は現段階でわかっている部分はすでに発注済、俺もすぐに現地へ戻る」

「了解だ。そっちは任せる。ひとつ実績さえできれば後はなし崩しだ。頼むぞ。本業はディートヴァルトを頭に動いてもらう。テイラー商会の方は俺が頭で当面の間は動かそう。北方で実績ができて、ヴィーラント辺りに引継ぎが完了し次第、再度お前が率いればいい」

「文句はない。すまんな、こんなつまらん話に時間をとらせて」

「かまわんさ。些事であっても必要なことだ」

 話は終わりとばかりに二人が立ち上がる。そのまま二人して部屋を出ようとする途中、ふとアインハルトが何かを思いついたかのように立ち止まった。そしていたずらっぽい笑みを浮かべる。

「ちなみに、あの男からウィリアムについての話はなかったのかい? 例えば、ルトガルドのこととか」

 ウィリアムもまた立ち止まって困ったように頭をかいた。

「少し、な。本当にあの男は死の間際まで厄介な男だったよ。たぶん、あの男とルトガルドは俺の本質を理解している。そこに漬け込もうとするのと離れて見ているので違いはあるがな」

 アインハルトはあえて反応を返さなかった。どんなことを言われたのか気にならないわけではない。しかし、おそらく自分は踏み込むべきではないと判断した。ウィリアムの懐に踏み込むということは死を予感させるのだ。だからアインハルトは踏み込まない。ローランも死を間近にしてはじめて踏み込んだ。

 アインハルトはこの距離感が丁度いいのだと本能で理解する。これ以上は危険なのだ。此処より勝算もなく踏み込むのは、よほどの馬鹿に違いない。そう、アインハルトは感じていた。


     ○


 ウィリアムがアルカスに戻って一週間ばかり、王宮では平穏な時が流れていた。むしろ、五商会を喰らい、テイラー家をも傘下に収めたことによるパワーバランスの変化で、商方面の忙しさが増していたのだ。

 もちろん平穏なのは表面上のこと。ガイウスの茶々入れ以降、エアハルトの態度が露骨に変化したことで多少疎遠になっている状況がある。そこから派生する不仲説のもみ消しや、懇意にしている貴族らへの説明など暇はない。

 それでも大きな事件はなかった。ウィリアムとしても功を上げてもいないのに、今の立ち位置が動くとは思っていなかったし、王会議の年である以上、しばしは平穏であると踏んでいた。少なくとも、歴史という実績ではそうなっていたのだ。

「失礼します! 先程ネーデルクス方面より伝令が到着、重大な報告がございます」

 ウィリアムは汗をかきながら現れた部下の言葉に視線を移す。その目に浮かぶのは一応報告を受け止めるという視線。されどそこまでの興味はなかった。どうせ、青貴子がマルスラン辺りに無理攻めをさせて、それをブラウスタットが弾き返す。その程度の報告、そもそもそれ以外考えられないのだ。たとえ三貴士総出でも今のブラウスタットを抜くのは難しい。時も要する。今報告が上がっている時点でその線はない。

「大将、ベルンハルトがマルスランを討ち取りました!」

 一瞬、ウィリアムの思考が飛ぶ。場が一気に静寂へと変化した。次いで炸裂する歓声。万歳三唱が鳴り響く。その中で、ウィリアムだけが難しい表情で考え込んでいた。

「その際、ギルベルト師団長、ヒルダ筆頭百人隊長も活躍した模様。このまま一気呵成に攻め込み、ネーデルクス東の玄関口、シュピルチェまで奪い取りそうな勢いとの事」

 三貴士の一角を欠き、東側の領土をかなり喰い取られる。まさに電光石火の早業。普通に攻めたのではありえない。

(おそらく昨年と同様、マルスランを攻め込ませたのだろう。そこをベルンハルトに付け込まれたわけだ。とはいえカウンターを決めたとしてもそうやすやすとマルスランを討ち取れるものか? 少し引っ掛かりがあるな)

 状況を整理するも上手くはまらない。

「師団長、召集状でございます。現在アルカスにいる大将以下師団長までの者すべてに対するものとなります」

 ウィリアムは無言でうなずいた。疑問点はある。しかし今重要なのはどうマルスランを討ったのかではない。マルスランを討って今後どうするか、である。

 昨年の激動を超える始まりに、もはや常識は通用しない。


     ○


 アルカスの宮殿の一室、そこに集まったのはそうそうたる面々であった。第二軍大将バルディアスをはじめ、第一軍副将軍でオスヴァルトの長男でもあるヘルベルト・フォン・オスヴァルトや、第三軍でカスパルの右腕と呼ばれた男『鋼鉄』のロルフ副将軍、アルカス周辺にいた軍団長および師団長各位。これだけの面々が同じ席に着いたのだ。

「状況を説明せよ、ヘルベルト」

 アルカディア王エードゥアルトが短く問うた。ヘルベルトが起立する。

「まず、この件は大将ベルンハルトが独自で動いたことであり、本国の第一軍の考えとは著しく乖離していることをご理解ください。あの者の独断専行は昨今目に余り――」

「陛下は言い訳など問うていない。貴殿は着席せよ。本件の説明はカール・フォン・テイラーに行ってもらう」

 ヘルベルトの発言を止めたのはエアハルトであった。ヘルベルトはむっとしながらも命令に従って着席する。代わりに立ち上がったのはカールであった。

「大将ベルンハルトの考えとして、一進一退の現状を打破したい思惑がありました。ブラウスタットを手にして以降、そこから先に手を延ばしてもすぐさま奪い返されるという状況でありまして、此度は状況を覆す一手としての攻めであったと認識しております」

 カールの言葉にヘルベルトは歯軋りする。自分を通さずの独断専行、などよりも許せぬことがあったのだ。

「私たちの、あくまで予想でしかありませんでしたが、昨年同様に三貴士のいずれかが攻めてくると考えました。それをブラウスタットで迎え撃てば難なく撃退は適いますが、相手側も楽に退いていくでしょう。それでは今までと変わらない」

 それを静聴する中で、ウィリアムだけは周囲の顔色をうかがっていた。話の中身はすでに想定した通り、マルスランを討ち取れた事実が行動の選択肢を絞らせたのだ。ゆえに重要なのはこの話に賛同する者、否定する者、それらを見分けること。仕分けることである。

「ゆえに我々はあえて攻めて、相手側にも勝機を与える野戦を選択したのです。それによりマルスランを討てたのは僥倖、シュピルチェまで取れたなら、一気に領土拡大が叶います。東の玄関口であるシュピルチェ山脈が敵の防波堤となって」

 山岳都市であるシュピルチェは大きく北から南へ伸びる峻烈なシュピルチェ山脈で、数少ない人通りが容易く行える交易の要所である。そこを取りしっかりと蓋をすることが叶えば、一気にそこから東側が安定する。それを見据えた動きに幾人かは感嘆の声を上げた。

「なるほどな。では何故それを知りながら、この場の誰にも報告をしていなかったのだ?」

 問うたロルフの顔には特別どのような感情も浮かんではいなかった。純粋な疑問であろう。カールは緊張した面持ちのまま口を開く。

「……この作戦にはリスクが伴います。野戦で負けるリスクが」

「理解した。止められることを恐れての沈黙。組織としては咎めるべき事案だが、この場の誰しもが同じような経験をしたことがあるだろう。私は理解した。それ以上咎める必要もなければ賛同する必要もない」

 ロルフの立ち位置でこの場は固まった。マルスランを討った功績はたたえるべきもの、されどこの作戦の沈黙はそれ以上に重いものである。言ってしまえば首脳陣を信頼していないことと同義なのだから。

 カールはロルフに頭を下げる。ロルフはそれを無視した。

「では今後、我々はどう動くべきか?」

 バルディアスの言葉に皆が押し黙った。ヘルベルトが意気揚々と手を上げる。しかしてその奥、白の騎士もまた手を上げていた。バルディアスは一瞥を送って――

「ウィリアム師団長の弁を聞こう」

 序列が圧倒的上であるはずのヘルベルトの弁を黙殺した。ヘルベルトは大きく目を見開く。エードゥアルト、エアハルトも薄く眼を開いた。

「皆さんもご理解しているように、今回の攻めは両国共にグレーゾーンでの動きでした。不戦の約定たる二週間は当然として、各国の移動日も暗黙の中、不戦とされております。アルカディアとネーデルクスは同程度の移動日数、そこはしっかり抑えているので非難はないでしょう。問題は今後であります」

 冒頭をまとめから入ったウィリアム。続く言葉は――

「当然ネーデルクスは激烈なまでに反撃の姿勢を取るでしょう。シュピルチェはこちらが取りたい以上にあちらは死守したい土地。エスタード側、エルマス・デ・グランを空にしてでも総力が向けられる可能性もあります。こちらも増援を送るのが必定の手とも言えます。しかし――」

 ウィリアムは一拍を置く。周囲を見渡して探りを入れる。

「――ラコニア、つまりはオストベルグ方面への警戒を解くわけにはいきません。先の戦で一番敵対心が高まっている相手、ヤン殿が目を光らせているとはいえ、ストラクレス、キモンはもちろん、ガリアスの姫君と引き分けたエィヴィング」

 ウィリアムは一方に視線を向ける。そこにはぶすっとした――

「そして新進気鋭のレスターもいます。土地柄からいっても危険度はオストベルグの方が上、軽々に数少ない戦力を割いていい状況ではございません」

 ラコニアを抜かれればすぐさまオルデンガルドが見えてくる。陸続きであり障害の少ない地理的条件がオストベルグの危険度を跳ね上げていた。対極的にネーデルクス方面はブラウスタットを抜かれたとしても川があり、そこからの侵攻は難しい。ゆえに危険度は低く優先度も高くはない。

「結論として今は動ける状況ではありません。大将ベルンハルト殿の手腕に期待しましょう」

「不動という動きをとるということか」

「しかり、戦力は動かしません。動かすべきは――」

 不動という選択肢を提示した白騎士、これを採用するか否か、採用した上で吉と出るか凶と出るかは誰にもわからない。


     ○


 ウィリアムとカールは王宮の一角に存在するアーチ状の渡り廊下に立っていた。そこからはアルカスを一望でき、王宮内での隠れた絶景スポットとしてほどほどに有名である。

「あはは、僕らがこうして王宮にいるって、ちょっと前なら考えられなかったよね」

「そうだな。まあ、慣れてしまえばたいしたところじゃないさ」

「ウィリアムはずっとここにいるんだもんね。そりゃあ慣れるかー」

 一陣の風が吹いた。まだ冷たさの残る風、わずかばかりの湿り気を乗せて飛翔する。

 形勢が一気に傾いた。アルカディアとネーデルクス、そのパワーバランスが崩れてしまったのだ。三貴士という彼らの誇りは打ち砕かれ、こちらの大将が一気に勝負を決めようとしている。シュピルチェを取れば勝敗は決したも同然、アルカディアがオルデンガルドを落とすようなものである。

「すぐに戻るよ。間に合うかわからないけどね」

 カールの言葉には信頼があふれていた。間に合う、その言葉の意味するところは、ウィリアムの感じる『間に合う』とは真逆なのだろう。シュピルチェを取って、そこにアルカディアの御旗を掲げる、その光景を疑っていない。

「カールの想定する間に合う、ならば間に合わんさ。カールの到着までシュピルチェ攻略に手間取っているなら、ネーデルクスの本隊も間に合ってしまう。その愚は犯さんよ、手綱を握っているのはこの国の大将だからな」

 ウィリアムの言葉には懐疑しかなかった。まるでその光景が夢物語かのような語り口。

「マルスランを抜いた。ジャクリーヌはエルマス・デ・グランにつめている。青貴子と死神はいったん本国に戻っているはず。懸念材料はないと思うけど」

「そうだな。俺もそう考える。だが、そうなるとは思えない」

 ウィリアムの中にはひとつの仮定があった。今回の会議で口にすることのなかった推論だが、外れてはくれないという予感があったのだ。

「今のギルベルトは強いよ」

「マルスランを打ち倒すほどに、か」

「うん。一対一なら、絶対に勝つと思う」

 断言するカールの瞳には絶対の信頼。両人とも知る由もないが、おそらくはギルベルトが追い詰めて討ち漏らしたところをベルンハルトが討ったのだろう。ベルンハルトの実力を疑うわけではないが、緒戦でマルスランを討ち果たすには力が足りない。そもそもウィリアムでさえマルスランを一戦で殺し切るのは無理というもの。

 イレギュラーがあったはずなのだ。ネーデルクスはもちろん、アルカディアの本国すら知りえない何かが――そのイレギュラーじみた成長をギルベルトが果たした。カールの目や言葉からにじみ出る信頼がウィリアムにそう結論付けた。

「今は彼を信じよう。だが、青貴子がこのままで崩れるとは思わない。お前も感じただろう? あれは、俺たちとは同じ人間じゃない。天が今更やつを見殺しにするとは思えない」

 ウィリアムは思い出す。神の子との賭け事、その顛末を。カードでの勝負であった。ウィリアムもヴォルフも、アポロニアやカール、エルンストたちも参戦する中、ただ一人確率を無視して勝ち続け、最後には宣言どおり天文学的確率でしか揃わない役をそろえて上がって見せた。イカサマはない。それを見逃すタレントではなかった。

「わかってるよ。運は、介在させない。マルスランを討てたんだ、青貴子の天運だって万能じゃないはずさ。僕は勝つ方に賭けるよ」

「俺もそうしよう。だが、もしもの時は任せたぞ。ブラウスタットは対ネーデルクスへの橋頭堡、会議でああは言ったが、いつでも奪い返せる地続きのラコニアよりも重要度は高い。しっかり守ってくれ。俺も最善を尽くす」

「ウィリアムの提案はすごく助かったよ。『あれ』でだいぶ楽になる」

「援軍は出せないが、出来ることはするさ。そのために俺はここにいるのだから」

「頼りにしてるよ、白騎士」

「任せておけ、ブラウスタットの蒼の盾」

 カールは満面の笑みを浮かべて頷いた。そして颯爽とマントを翻し去っていく。

 カールの背中、その大きさを見てウィリアムは苦笑した。優しさを除けば何の取り柄もなかった少年が、ここまで成長してのけたのだ。だからこそ、そろそろ危うい。

 その首に価値が生まれてきたのだから――

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