幕間:群雄割拠

 エルマス・デ・グランの外壁にルドルフ・レ・ハースブルクが立っていた。その後ろにはラインベルカら三貴士が控えている。足元には何段とある外壁にびっしりと弓兵が詰めており、いつでも戦の準備は出来ていた。

「おー、怖い怖い。あれがもう一人の巨星、『烈日』って奴かー。嫌な顔してるよねー?」

 ルドルフの軽口に合わせる余裕はこの場の誰にもない。

 足元には――

「さあ俺様が足を運んでやったぞ。存分にもてなせ有象無象共ォ!」

 エル・シド・カンペアドール。それを補佐するエルビラ・カンペアドール。彼らの統制する軍がエルマス・デ・グランの足元に犇いていた。桁外れの熱情、桁外れの引力、エルマス・デ・グランの高さをしてまったく安全圏とは思えない。

 大勢が息を呑む。雰囲気に飲まれていた。

「ありゃりゃ、始まる前から負けそうな雰囲気ぃ。んー……ラインベルカ!」

「此処に」

 ルドルフが自身最強の矛であるラインベルカを呼びつける。

「今度こそ勝て。二度も負けを許すほど僕は寛容じゃない」

「御意。必ずやエル・シドの首をこの場に運んで見せます」

「期待してるよー。そんじゃジャクリーヌとマルスランはいつも通り道を切り拓いてね」

「「お任せあれ」」

 三貴士とて眼下に渦巻く化け物の大きさは理解している。ウェルキンゲトリクスとの一戦が彼らに巨星の大きさを刻み込んだ。あれからジャクリーヌたちも修練を重ねたが、改めてその大きさを知り、己の小ささを知った。

「さー勝負だじじい! 今日の僕はちょっぴり本気だぜ!」

 風が吹く、湿った空気を運ぶ風、その果てで雷鳴が轟いた。まるで戦の始まりを告げるかのような天の采配。エルビラは目を細める。

「噂に聞く天運。本物か否か――」

「偽者にあの男は退けられん。よくはわからぬが面白い空気である。だが、この俺様を止めるに値するか……この胸の奥で溢れる熱情を、受け止めきれるか小僧ゥ!」

 中途に終わった黒狼との一戦。その滾りを此処で発散する。その暴発に彼らは耐え切れるだろうか。エルビラは苦笑する。エルマス・デ・グランがあって良かったと。あれがなければ発散する前に全てが片付いてしまう。それほどに滾り切ったエル・シドの暴力は恐ろしいのだ。味方すら恐れるほどに――

「こいよ巨星!」

「往くぞ青二才!」

 曇天に大戦、始まる。


     ○


 エスタード国内に食い込んだアークランド軍。三方に分かれて暴れまわっていた。だがそれをいつまでも許すほどエスタードも寛容ではない。

 三方のうち南側のエルサラ方面にて――

「おいおいィ、逃げるなよ騎士様ァ。俺と遊ぼうぜェ!」

 敗走するヴォーティガンの背を追うのはディノ・シド・カンペアドールであった。その顔は凄絶な笑みが浮かんでおり、顔を覆うほどの返り血がそれを彩る。振り回すのは巨大な石斧。自身の膂力を誇示するようにそれを振り回す。

「背を向けるなサー・ヴォーティガン! 我々は誇り高きガルニアの騎士、恥を知れ!」

 ヴォーティガンはそれを聞く素振りすら見せず、言い放った男をすり抜け逃走していく。

「いつも大口を叩いておいて……情けない男め。私が相手だエスタードの将! 生まれはガルニア島アルミア王国、我が剣の唸りを聞け、我が名はサー・ガレ――」

「煩ェよ!」

「――ジュ!?」

 押し潰されるように縦にぐしゃぐしゃになって割れた男、ガレス・オブ・アルミアはその名を敵に知らしめる前に命を落とした。

 ディノは加速を落とさずヴォーティガンの背を追い回す。

「愚か者が。敵の強さも測れぬからつまらん死に方をする」

 相手が自分よりも強い。だから逃げる。ヴォーティガンはこう見えて慎重な男であった。臆病者のそしりを受けようとも生き残った方が正義。無理をして命を落とす間抜けになる気はない。

「その通り。でも臆病者がいつだって生き残れるとは限らねェんだなこれが」

 ディノの馬はエスタード一の速度を誇る名馬である。カンペアドールの名を継いだ際にエル・シドから贈られた最高のプレゼント。ディノの誇りであり、先んじてカンペアドールとなっていた親友、ピノには喧嘩になるほど羨ましがられた。

「そんじゃ死ね!」

 振り下ろされる石斧。それを際で剣で受け止めようとするヴォーティガン。受け止めきれず剣が砕け落馬してしまう。それほどの破壊力。カンペアドールの中でエル・シドを除けば最高の破壊力を誇るディノ。その力を存分に発揮していた。

「執念深いなサー・ヴォーティガン」

「ふん、作戦通り釣り出してやったぞ。馬鹿が一人先走ったがな」

 ヴォーティガンの逃げた先は伏兵が潜む場所。勝てないほどの相手が出張ってきたら此処まで逃げ延びて、嵌め殺す算段であったのだ。

 作戦に嵌まって囲まれたことに驚くどころか、ディノは周囲を囲む人垣を見て舌なめずりをする。

「俺が相手だ狂戦士」

 ディノ前に馳せ参じる騎士。二振りの剣を持ち鋭い殺気を放ってくる。

「ほう、つえーな。我が名はディノ・シド・カンペアドール! 『激烈』のディノだ!」

 この戦で初めて名乗りを上げたディノ。それを見てヴォーティガンはむっとする。

「サー・ベイリン、貴殿を殺す者の名だ」

 ディノの口角が吊り上った。見るものを恐怖させる笑み――

「おもしれェ! かかってこいやァ!」

「参る!」

 衝突する。


     ○


 北方のエルガでは激戦が繰り広げられていた。ローエングリンとユーフェミア、トリストラムの三本柱が戦場を駆ける。対するカンペアドールもさるもので、この三人に見劣りしない戦を披露していた。

「久しいな! 『烈華』、テオ・シド・カンペアドール!」

「ご無沙汰している。『白鳥』、ローエングリン!」

 槍の華が咲き乱れる。卓越した技能、冴え渡る槍技。両者は拮抗していた。以前より双方とも腕を上げている。此処で再会できたことを、戦場で再会し今一度技を競える幸せをかみ締めていた。

 それを横目にユーフェミアはあきれ果てる。

「あの男は……すぐに目的を忘れる」

「君もすぐに忘れさせてあげよう。この私、麗しの『美烈』、クラビレノ・アラニスが」

「……カンペアドールではないのか」

 露骨にがっかりするユーフェミア。それを見てクラビレノは苦笑する。

「そうがっかりした顔をされると傷つくね」

 そして自身の得物を取り出した。それは長大な――

「カンペアドールの名は戴けなかったけれど、それに準ずる力を持つものは多いのだよ」

 弓でも取り出さない限り安全な間合い。そこを黒い刃が一瞬で詰める。ユーフェミアは咄嗟に馬を反転させ自身の武器で受けるも絡め取られてしまう。武器を手放さなかったユーフェミアはそのまま落馬する。

「七王国の層を舐めるな辺境の猿が! 烈のふたつ名を持つこの私が相手であることを誇りに思い死ね!」

 大きな鎖鎌。間合いを消したのはこの武器の力。大きさの分鎖も長い。中距離なら容易く詰めてくるだろう。そんな武器を自在に操る目の前の男も異様。これでカンペアドールじゃないのだからエスタードは層が厚い。

「今助ける」

 トリストラムがユーフェミア窮地と思い援護に入ろうとする。が――

「動くな弓騎士」

 その動きを牽制する矢。軌道の先には隻眼の男。

「マクシミリアーノか。相変わらずの腕だ」

 マクシミリアーノ・カンペアドール。エル・シドの血縁でない者で唯一カンペアドールの名を与えられたエスタード最強の弓使い。その腕は十年前弓騎士と互角であった。

「お褒め戴き光栄だ。『弓騎士』サー・トリストラムともあろう御方が、あのような小娘に付き従う理由を知りたいですな」

 高速で矢をつがえ放つ。この間一秒にも満たない。

「知りたければ会ってみることだ。それでわかる」

 まったく同じ所作で、トリストラムも遅れることコンマ数秒、矢を放った。その矢はほぼ水平を駆け抜け、マクシミリアーノの放った矢と空中で相殺する。その曲芸にマクシミリアーノは恍惚の笑みを浮かべた。

「今、私の興味は貴方にある」

「勝てんよ。卿程度では」

 此方でも激戦が――


     ○


 チェ・シド・カンペアドールはエルロナを前に陣を敷いていた。チェの周囲にはエル・シドの血縁者がずらりと並ぶ。チェはエル・シド以上の血統主義、否、エル・シドの血こそ唯一にして無二だと信じていた。ゆえに彼の周りには血縁者しかいない。彼の判断基準はエル・シドの血縁か、そうでないか、それだけである。

「このわしの、偉大なる血を色濃く受け継ぎしⅣという番号こそわしの誇り、地上最強の怪物から四番目にわしは近かった。そして今、この時を生きる最古の一桁台こそ、このわし、チェ・シド・カンペアドールじゃ」

 胸に刻まれた四を意味する文字。己が四番目に生まれたことを示すものである。カンペアドールの血を継いで生まれたことに誰よりも誇りを持っていた男は、自らの手でその文字を彫った。その痛みすら彼にとっては至福と化すのだ。

「大将軍万歳! カンペアドール万歳!」

 鳴り響くは己を、カンペアドールを称える言葉たち。それは心地よく耳に響く。そして敵にとって恐るべき力を発揮するのだ。誰だって知っている。この大陸に住まうものならば誰でも知っている。エル・シド・カンペアドールという化け物を。そしてその血を受け継ぎしカンペアドールたちの力を――

「貴様の父は我らが軍勢に蹂躙された。その歴史を知らず、学ばず、再度我らに蹂躙されようとしておる。げに愚か也。まさに愚の骨頂であるわ!」

 エルロナに立てこもるならば理解できる。しかし紅き女王は平然と砦の前に立った。誰よりも先頭に、誰よりも輝かしく、その頂点のような振る舞いをチェは許せない。そういう振る舞いをしていいのはエル・シドだけ、同じ巨星でさえ虫唾が走るというもの。

「このわしが砕いてくれよう! ラロやピノなどとは比較にならん至高の血統! 第四という数字の意味を、真のカンペアドールの強さを見せてやるわい!」

 最古のカンペアドールが猛る。


     ○


 世界が揺れ動く中、ひっそりと静観を貫く国があった。激動の中でも静謐に、弱き者たちの導とならんと聳える神の国。宗教が国の柱、神を信ずる者たちが世界中から集いこの国は成り立っている。幾度も戦渦に巻き込まれ、生まれては消え生まれては消えを繰り返すこと幾度か――

 その国に光が舞い降りたのはすでに半世紀近くも前のこと。今まで象徴でしかなかった聖女を守る剣が現れたのだ。鮮烈に、今も語り継がれる伝説の一ページ。当時新鋭であったエル・シド、ストラクレス、それを率いる怪物を打ち倒し、国家存亡の危機を救った英雄の中の英雄。力なき神に絶対の力が与えられた。

 ゆえにこの国は今なお存続している。国土は豊かだが小さく軍事力は乏しい。四方を七王国が囲み、睨み合いの緩衝地帯の様相を呈していた。だが実際それは建前でしかない。七王国が、かの超大国ガリアスの『革新王』をして抜けなかった英雄がいる。それだけの理由でこの国は繁栄しているのだ。七王国として――

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