巨星対新星:勝負を分けた一手
ウィリアムは生きた心地がしなかった。出来るだけ味方のいる場所を通った、にも関わらずストラクレスは無人の野を往くが如く追いすがってくるのだ。ベルガーの馬力を差し引いても、やはり異常な速度である。ちゃっかり部下たちも彼の後ろにくっつき、ウィリアムはさながら狼の群に追われる一匹の羊が如く逃げ惑う。
「すこぶる化け物だな、巨星!」
巨星に追いついたと夢想を抱いていたわけではない。しかし、少しでも通用するか、やり方次第で食い下がれるか、その程度の考えはあった。
(甘過ぎた。戦場で限定すりゃカイルよりつえーわ。ま、闘技場ならカイルが勝つんだろうけど……まだ遠い。もう少し……蓄えなきゃだ)
甘い考えは砕けた。しかし手に残る痺れ、そして一撃は凌げたという自信。今回はこれ以上欲張らない。欲張れば背後の怪物に即蹂躙されてしまう。
(主役は、俺じゃないんでね)
逃げの一手。もちろん策はある。
逃げた先にはしっかりと――
「ほう!? 用意がいいのう、白いの!」
敵の集団と味方の集団、その中を抜けた先、そこには待機させていたウィリアムの本隊、練度の低いアルカディア兵がクロスボウや弓などを構えていた。これが退路であり、ストラクレスを止める策。
「退けよじーさん!」
これを見れば退く。そんな淡い期待も――
「何のこれしき! 当然突撃じゃあッ!」
巨星には無意味。笑顔で突撃してくる。
「こ、んのッ! 戦争狂が!」
ウィリアムを本隊に吸収した瞬間、部隊は思いっきり矢を敵に浴びせかける。相応の被害は出るも、重装騎兵ばりに厚い装甲をしているストラクレスとベルガーには有効ではなく、ついてきている部隊も重装騎兵。しっかり喰らいつかれてしまった。こうなれば全滅は時間の問題である。
(……こういうときのための弱兵だ。また一から育てなおそう)
ウィリアムは気にせず自らは脱兎の如く逃げる。
生きてこそ浮かぶ瀬もある。それに、今回の主役はウィリアムではないのだ。
○
それは一つの槍であった。ただ一本の飛槍。誰よりも速く、何者よりも強い。一度放たれたが最後、目標にぶっ刺さるか途中で破壊されるか、それ以外の要因で止まることはない。単純明快、それゆえ強い。
それがアルカディアが誇る『戦槍』である。
この戦で、それは初めて放たれた。
「……グスタフ? だがあの勢いは、それに……何処に向かっている!?」
最初に気づいたのはギルベルトらと死闘を繰り広げていたキモンであった。生まれた隙を利用しようとギルベルトが向かうも、キモンの部下に阻まれる。それらを相手取る間、キモンは頭を全力で稼動させていた。
「馬鹿な。気付く要素は与えていない。情報も封鎖してある。だから、だからありえんのだ。いかにあの男とて、気づけるわけがない!」
だが、勢いのついたグスタフ隊は明らかに戦場とは異なる方に向かっている。
「気付いたと、いうのか……此処で、此処に来て、またしても貴様が、我らを阻むというのか……ヤン・フォン・ゼークトォォォオ!」
キモンの咆哮。しかしそれは時すでに遅し。
槍は目標へ一直線に向かう。
○
だが、キモンと同時に気付き、たまたまキモンより近い位置で戦っている男がいた。ヒルダやその配下の執拗な攻めでキモンと分断され、オストベルグから見て左の方に部隊が流れていたのだ。それが幸いした。
「何をする気か知りませんが……この先には行かせませんよ」
レスター・フォン・ファルケ。オストベルグの新鋭がその才覚と運により戦槍の進路を阻んだ。レスターとて、否、オストベルグのものなら全員わかる。この動きの意味するところを。今日負けるのは良い。良くはないが、明日頑張れば良いだけである。しかし――
「この前の坊主か……」
レスターの集中が極限に達する。
ここを通さば、明日を頑張ることすら出来なくなるのだ。
「……わりーな。今の俺は――」
接敵する。黒き鷹飛翔せ――
「ヤン・フォン・ゼークトの槍、『戦槍』のグスタフだ。昨日までの俺とは別、なんだよっと」
槍はそれを撃ち貫き、勢いを緩めぬままレスターの部隊をぶち抜いた。鎧袖一触、あまりの力差にやられたレスターは痛みよりも心の方に大きな衝撃が奔る。この前は相打ち、今日もこの一瞬だけは良い集中ができた。それでも、遥かに劣る。
「槍にしろ何にしろ、武器ってのは持ち手次第だ。持ち手次第でなまくらにも名剣にもなり得る。あいつは、俺みたいな槍を使うのがうめーのよっと」
どんな武人にも調子のブレがある。グスタフはその波が非常に大きい。本人でさえ制御できないほど好不調が激しい。それが精神的なものなのか、肉体的なものなのか、グスタフにはわからない。だが、ヤンは不思議とグスタフを最大効果が発揮できるよう使ってくれる。ヤンが使えば、必殺の槍と化す。だから彼は『戦槍』と呼ばれるようになった。
ゆえにこの戦場で、本当の『戦槍』が動いたのは初めてなのだ。
「さーて、この戦、終わらせるぜっとォ!」
もはや槍を阻むものは何も無い。
○
ストラクレスも気付く。動きに気付き、一瞬で狙いに気付いた。十年以上前、ラコニアで自分を苦しめたアルカディアの智将、ヤン・フォン・ゼークト。その部下であったグスタフ・フォン・アイブリンガー。各地で猛威を振るった必殺の槍。最高のタイミングで相手の急所を撃ち貫くそれを、ストラクレスは覚えていた。
「……わしらとて、ガリアスにさえ……いや、それは言い訳じゃな」
ストラクレスはほぼ壊滅状態のウィリアム本隊を捨て置き、自らの副将らが待つ場所に向かう。趨勢は決した。敗北の形も、最悪の形でやってきた。
「……白いのめェ。覚えておれよ」
遠くで笑みを浮かべるウィリアムを見てストラクレスは苦笑う。ウィリアムに釣り出されなければ、ベルガーの足ならば間に合ったかもしれない。まさかこの局面であそこを狙われるとは思っていなかったためウィリアムを狙ったが、おそらく全て作戦のうち。ストラクレスどうこうではなく、あそこを狙う際、自らを囮として戦場を左右どちらかにずらし、戦槍で決める、そういう決まり事であったのだろう。ぐうの音も出ないとはこのことである。
「この借りは必ず返すぞ。アルカディアよ」
ストラクレスは静かに敗北を認めた。
○
グスタフが狙ったのは、オストベルグ軍の野営地であった。前線に近いこの場所にしては多過ぎるほどの糧食や資源があり、それらを全部燃やしたのだ。急いで反転したオストベルグ軍はそのまま逃げるグスタフ隊を捨て置いて撤退していく。
しかし何故、簡易な野営地にこれほどの資源が送られてきたのか。何故もっとしっかりした、たとえばラコニアのような拠点を中継として挟まなかったのか。
その答えが、今アルカディア軍の目の前に広がっていた。
廃墟となったラコニア。高い石造りの外壁も打ち壊され、砦としての機能を完全に失っていた。これではその辺の野営地と変わらない。何故こうなったのか。
「……オストベルグ軍がこれをする理由はない。折角奪った拠点だ。オルデンガルドまで取ろうと思えばラコニアは中継地点として必須。よしんばオルデンガルドを取れずとも、後退しラコニアで踏ん張れる。どう考えてもこうする理由がない」
ウィリアムの言葉にカールが頷く。オストベルグにとってラコニアを確保することは、オルデンガルドを落とすのに大きなメリットを与える。オストベルグがわざわざ自分たちの不利になるようなことはすまい。
「ならば答えは一つでしょう。アルカディアの大将が何の置き土産も残さず死ぬわけがない。なんてロマンチストなことは言いませんがね。それでもカスパルという人は、そういうことの出来る人でした。自らで勝てぬと知り、命と引き換えに未来へ可能性を託す。そういう、律儀な人でした」
ヤンは思い出し笑いを浮かべる。元々カスパルも第三軍だけに務めていたわけではない。戦場に赴く際は第一軍や第二軍として戦場で暴れまわっていた。三軍では国の盾、戦場では最前線、ヤンも共に幾度となく戦った。
「まさに国の盾。見事な死に様でした。カスパル大将」
ヤンが廃墟と化したラコニアの地に酒を垂らす。手向けである。
「この一手で、オストベルグはあそこまで攻めながらも、結局元の領土のまま後退を余儀なくされた。アルカディアの地をほんの少しでさえ喰い取ることが出来なかった。ラコニアが健在であれば、戦は冬まで続いていただろう。勝利の立役者は――」
ウィリアムもまた内心はどうであれ、素直に賛辞を送った。先の戦いは完勝であったものの、此方もかなりの戦力を失っている。しかも相手は一騎当千、最強のストラクレス。五千の増援も、決して安全域とはいえない。
「……お父様ぁ」
顔を伏せるヒルダ。その隣でカールはすっと身体を貸してやる。
とにもかくにもアルカディアは大きな勝利を得た。オストベルグの本気を、様々な要因が重なりながら、最終的には阻んだ。そして掴んだのだ。未来を――
「後は任せよ。我が……繋いでみせる。この国の未来を、我の方法でな」
バルディアスは亡き友へ向けて宣言する。カスパルの望む未来かはわからない。それでも、この国を存続させるため最善を尽くす。バルディアスのやり方で。
アルカディアの勝利、ただの勝利ではない。巨星からもぎ取った勝利である。これこそがこれからの時代、戦の時代の始まりを告げる鐘、激動の時代への序曲となった。
○
ストラクレスは無言でエルンスト王の前に膝を着いた。そして深く深く頭を下げる。それを見て心を痛めるエルンスト。しかし甘い言葉はかけられない。ストラクレスが、大将軍が敗北することは、そんなに軽いものではないのだ。
「ストラクレスともあろうものが、おめおめと敗走してくるとはな。実に恥ずかしい話ではないか、ええ!?」
エルンストの叔父であり、王位継承の際エルンストについた功績で大臣になった男、エルゴース。打算的でエルンストの魅力にも篭絡されない、隙あらば王位を狙う野心家でもある。ストラクレスとは犬猿の仲であった。
「そ、そこまでで良いのではないか、エルゴース」
エルンストがいさめる。が、その実それは逆効果である。
「良い? 随分甘いことをおっしゃられるのですね。巨星と呼ばれる男が敗北する。国家の顔が、武力の象徴が土をつけられる。これでオストベルグは明確に、アルカディアに劣ると世界に示された。この意味を、もう少し深く考えるべきと思いますが」
エルゴースの言葉は嫌というほど正論である。今回は双方共に負けるわけにはいかない戦であったのだ。どんな形であれ、最悪ラコニア程度は確保せねばならぬ戦争。それに負けたとあっては国家としての面子は丸つぶれである。
「ストラクレス殿は一時謹慎、大将軍の座から下ろして別の者を立てるべきかと。たとえば……わが息子などは如何でしょうか。親のひいき目もありますが、長年聖ローレンスを封じてきた実績は、考慮に値すると思いますが」
武官なら即座に鼻で笑いたくなる言葉。攻める気すら見せない聖ローレンスを抑えたからと言っていったいどんな実績があろうというのか。だが今回、武官は軽々に口を出せない。武官主導で行った戦に敗したばかり、発言権などあろうはずもない。
「ではエレボール将軍を召還しましょう。話はそれから――」
エルゴースの話の最中、議場の大扉が開いた。皆がそちらに視線を向ける。
そこには大袋を担いだ少年がいた。
「ガリアス、首、いっぱい。これで、じじい、許せ」
その風変わりな少年は自らが持ってきた大袋を引っ繰り返す。中からは腐敗臭漂う人の首が大量に飛び出して――
「お、おぅぐっ!」
エルゴースら文官畑の者たちは鼻を貫く異臭に吐き出しそうになる。
それらに視線すら向けず、ひょこひょことエルンストに近寄る少年。
「ほめろ」
エルンストの前に頭を差し出す少年。エルンストは満面の笑みで――
「よくやったねエィヴィング。よしよし」
頭を撫でてやる。エィヴィングと呼ばれた少年は嬉しそうに喉をごろごろ鳴らした。
「ぐ、エィヴィング! 此処は貴様のようなものが入って良い場所ではない! 即刻立ち去れ」
エルゴースの言葉にようやく興味を持ったのか、エィヴィングが視線を向けた。
「俺、将軍、ダメな理由、ない。お前こそ去れ。じゃま」
エィヴィングの言葉に激昂したのか、貴族の反射で腰の剣を引き抜くエルゴース。装飾用の華美なものだが、一応殺傷力はある。それを見たエィヴィングは――
「……ぎひっ」
誰もが制止する間もなく、一足飛びでエルゴースの前の机に飛び乗る。
「貴様私を誰だと――」
エルゴースが剣を振ろうとした瞬間、エィヴィングはエルゴースの喉笛を噛み切った。口の中で肉を咀嚼するエィヴィング。顔をしかめて、
「まじゅい」
吐き出した。エルゴースは絶叫を上げることすらできず、その場をのた打ち回る。空気の洩れるような音が連続し、少し不快になったところで、
「うるさい」
エルゴースの顔面を踏み潰した。そしてニコニコとエルンストを見て、その困ったような顔を見る。ストラクレスに目を向けると、若干顔を赤くしてぷるぷる震えていた。
「……正当防衛。俺、悪くない」
空気を察したのか、雑な言い訳をするエィヴィング。その場の文官は顔を真っ青にしてそれを見ていた。武官は――顔には出さないが内心「よくやった」と思っていた。
「いらんことばかり覚えよって。そんな男であったが政では優秀な人材じゃったというのに……そこに直れィ! 教育してくれるわ!」
「うるさい。負けじじい。俺、勝った。じじい負けた。俺、偉い」
「ムキー! わし怒ったもんね!」
巨星が激昂する。この年になってもストラクレスは極度の負けず嫌いであった。そんなストラクレスが大一番に負け、それを煽られたりなぞされた日には――
「たすけてエルンス――」
ボコボコである。
「たはは。ん、どうしたのキモン?」
少し離れた場所で笑みを浮かべているキモン。その視線の先には――
「いえ、見知った顔が幾人か。ガリアスの百将でしょう。これを全てあの兵力で仕留めたというなら、やはりエィヴィング様は天才だと、思いました」
ガリアスという超大国の将軍。そこまで上り詰める時点で怪物なのだ。ガリアスに存在する百しかない将軍職に座る男たち。それを寡兵で相手取り、仕留めた彼は、怪物を超えている。
「そっか、僕の弟は頑張ってくれたんだね」
キモンのそばに寄り自分のことのように微笑むエルンスト。
「ええ、それに邪魔者も消してくれました。一応しっかりと理由付けもしていますし、腐っても王弟、逆らえるものはいないでしょう」
「……腐っても、とか、言わない」
不機嫌になるエルンスト。頬をぷっくり膨らませている。
「失礼しました。失言です」
キモンは素直に頭を下げる。エルンストはそれだけでにっこりと笑う。
エィヴィングは王弟である。しかし正統なものではない。エルンストとは腹違いの兄弟。それだけならば良い。そういう兄弟などいっぱいいる、否、いた。ただ、エィヴィングの場合は特殊であった。母が奴隷なのである。王と奴隷の子、秘匿されオストベルグ東の果て名も無き山に捨てられたバスタード。
それがエィヴィング・ダー・オストベルグ。
(だが、彼は生き延びた。王の血がそうさせたのか、獣の王としてかの山で君臨して。エルンスト様が前王に東へ追いやられた際、たまたま出会ったこの国の可能性。二人の王の血。今回ではっきりした……間違いなく傑物だ、エィヴィング様は)
獣の王として培われた独特の感性、嗅覚。敵の策を根本から看過し、戦術の教科書には載っていない方法で打ち破る。レスターはもちろん、最近ではキモンでさえ模擬戦での敗北がかさんできた。ストラクレスの代わりとしての成長を、キモンは期待しているのだ。
「がぶがぶ! ……む、わすれてた。一人、つよい女、いた。俺なら勝てる、けどレスターじゃ無理。すぐ死ぬ」
「なっ!? い、一応僕だって戦術の先生からは高評価をもらってるんですよ」
「こいつ最高にアホ」
「ムキー!」
全方位に喧嘩を売るエィヴィング。しかしそのエィヴィングが実力を認めた相手とは気になる。先ほどまで激昂していたストラクレスやキモンは顔を曇らせた。
(ガリアスにも……おるというのか)
不穏な、一陣の不穏な風が吹く。
○
ガリアスとオストベルグの国境線に位置する砦。そこの一室でごろごろと転がり不機嫌さを全身で表している女性がいた。リディアーヌと名乗る女性である。着ている物は季節から見るとかなり薄着だが、暖炉を全力稼動させているため丁度良い、むしろじわりと汗を浮かべている。
「リディ。追加の書物だ。……しかし、この光景は壮観だね。それに暑い」
ノックもせず入室する男。大量の本を抱えている。だが、そんなこと気にならぬほど、リディアーヌの部屋は異様であった。暖炉の火から離れたところにごろごろと床に寝転がるリディアーヌがいる。その下には石畳があることなど忘れてしまいそうなほど、大量の本が敷き詰められていたのだ。散乱する本に加えて、本の山は縦にも伸びている。何百冊、下手したら何千冊もの本、その中で寝転がりながらリディアーヌは本を読む。
「その辺置いといてくれたまえ。今、自棄読書してるから」
「……仕方ないだろう。あっちが大きく動いた。オストベルグと戯れている場合じゃない」
「初陣だったもん。折角の初体験だったのに……エクスタシィ感じる前に強制終了。欲求不満が止まらなーい」
じたばたするリディアーヌを見て男は頭を抱えた。
「淑女たるものもう少し慎みを持ってだね」
男はリディアーヌの挙動と服装にも苦言を呈す。薄い、下着のような格好。スタイルのよい身体のラインが惜しげもなくさらされている。
「君は私の婚約者だ。恥ずかしがることなどあるまい。なんならこのかぐわしき本のベッドで初体験といこう。何事も経験だ。さあこい!」
百年の恋も冷めるような誘い方。ニヤニヤ笑うリディアーヌを見て、男はため息を重ねる。
「そんなにやけっぱちになるほど面白かった?」
リディアーヌの顔からふざけた笑みが消える。瞳の中に燃える闘志。
「ああ、最高だった。初陣にしてあれほど規格外の相手。教本の通じない、セオリーの無い手合いだぞ。信じられるかい? システム化が進む今の戦場に置いて、逆にそれを完全に捨て去った、それでいて強い奴。こんなふざけた相手は想像の中にいなかった。私の十八年の人生で、いったい幾千、幾万の本を読んだだろうか。その中にすら、あのような手合いはいなかったのだ」
うきうきと転がるリディアーヌ。
「私はツいているな。正直オストベルグの相手よりもサンバルトで黒狼と、海を渡ってアークランドの騎士女王と、オストベルグとアルカディアを越えて、北方の雄白騎士と……そんな夢を見ながら、私はこの地に赴任された。結果は最高だ。頭が全部ぽっくり逝って、私が最高責任者、好き放題あの獣とやり合える……はずだったのだぁ」
寝転びながら地団太を踏むという器用な芸を見せるリディアーヌ。
「そっか、僕もやってみたかったな。君がそれほど褒める奴と」
ぴたりと止まり、リディアーヌは逆さまに男を見る。
「百将の中で上位の君が来ると私が楽しめない。『王の右腕』ダルタニアン」
「……君の婚約者だからついたふたつ名だけどね。意味は無いよ」
「良く言うなあ。あーっと、結局あっちはどうなったの?」
「想像の倍はめちゃくちゃだよ。ほんと、今年は異常な年だ」
ダルタニアンは苦い顔をする。顔の歪み具合がひどいほど、リディアーヌにとっては興味深いものとなるのは皮肉な話。
「是非拝聴したいね。そうでなきゃ欲求不満で一人遊びを――」
「はしたない! 言われなくても報告するよ。まあ、黙っていても意味が無い。どうせみんな知る。早い遅いの違いしかないさ」
「ほう、それほどに大事か」
「まあね。まずは――」
ダルタニアンの軽妙な語り口。それに顔を輝かせるリディアーヌ。
激動の年にふさわしい混沌模様が語られる。
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