098 退魔腕2-6


 フラン美術館はかつて腑卵美術館という名前だったのだが、その字面があまりにもおどろおどろしいという理由により数年前の美術館の建て替えと共に改名された。


 美術館の建て替え工事はかなり昔から話が持ち上がっていたのだが、前の町長が「そんな金がどこにある」とはねつけていたため計画はなかなか進まなかった。このままでは計画倒れになる寸前で、今の町長が職を引き継いだため建て替えも行われることにあいなった。


 現町長の最初の仕事はこのフラン美術館の建て替え計画の進行と言っても過言ではない。


 それが今から約3年前。建て替えられたばかりの頃はそりゃあかなりの人がいたのだが、今はだいたい落ち着いたらしい。週末だとしても田舎特有のだだっ広い駐車場は半分ほどがあいているそうだ。


 その情報を元に軽い気持ちで美術館に向かった二人だったが、意外や意外。本日は木曜日だというのに満員御礼の様子だった。


「けっこう人気なんだな」


 と、ヨシカゲはつまらなさそうに言う。人の多い場所は嫌いなのだ。


「そりゃあね、今日からだもの。特別展示」


 春休みということもあり、学生の姿が多い。高校生と、大学生。それと外国――主に中国からの旅行客だろうか。それらでかなり賑わっているように見える。駐車場は埋まりきっていないようだが、美術館の前には長蛇の列があった。


「物好きもいるもんだなあ」


「私たちもその物好きの一部よ」


「違いないな」


 ヨシカゲは並ぶのが嫌だったのだが、そこは招待券がある。わざわざチケットを買わずとも中に入れるようだ。


 ――ふむ、木戸タカヨシも良いものをくれた。


「はい、これチケット」


「持っててくれ、俺が持つと無くす」


 これは本当だった。ヨシカゲはけっこう抜けているところがあって、自分の財布やスマホをどこかに置いて忘れてしまうことがよくあった。だからリサと出かけるときはいつも財布なんかはリサに預けている。


「分かったわ」


 委員長はなぜか嬉しそうだ。


 ふと、その手にあるチケットが見えた。


「おい、ちっと待て。そのチケット、企画展示の分だけじゃないか?」


「あら、本当だ」


「くそ、招待券をケチったな、木戸タカヨシめ」


 こういった美術館では常設展示と企画展示が分かれている。どちらか一つだけを見ることもできて、それだと値段が安くすむのだ。おおよそ半額である。


「キッくんそういうところあるから……家はお金持ちなんだけど本人はケチなの」


吝嗇家りんしょくかっていうのは結婚相手には良いが付き合うには向かないな」


 というのは、誰の言葉だったか。


 この前、町長がリサをみて言っていた気がする。ヨシカゲはよく覚えていなかったが。


「どうしよう、常設展示の分だけチケット買ってくる?」


 ヨシカゲは列を見ると、首をふった。


「いや、俺はあんまり乗り気じゃない。委員長は常設の方は見たことあるか?」


「できたばっかりの時に一度だけ。だからまあ、見なくてもいいよ」


「そうだな、たいして変わってないだろうし」


 ちなみにヨシカゲは二回見たことがある。どちらもなんの感情も持たなかった。


 というわけで美術館へと入る。


 さすがに3年前に出来たばかりということもあり真新しい。県産材をふんだんにつかった温かみあふれる美術館、というのがコンセプトで、壁面や天井などには里山杉がふんだんに使われている。


 入ってすぐの天井は吹き抜けになっておりかなり高い。ヨシカゲはそれを見上げる。すると、象だかなんだか分からないみょうな動物の絵と目があった。


「出たな……」


 それはこの美術館のマスコットキャラクターであるミタゾウだ。象をモチーフにしているくせに羽があり、やけにリアルな目を持っている。盲人が象を語るとでも言いたいのだろうか。


 美術には様々な見方があり、我々は等しく盲人である。したがって自分の感性にしたがってどのようにでも語ることは自由だ。


「麻倉くん、行こう。こっちよ」


「ああ」


 ヨシカゲはミタゾウから目をそらす。しかし数歩歩いてまた天井を見上げてみる。目があった。どうやらどこから見ても目が会うようになっているらしい。


「ちょっと、上ばっかり見てると危ないよ」


 委員長は注意してくる。たしかに周りの人が邪魔そうにヨシカゲを避けていく。


「すまない」


 ミタゾウのことは一旦忘れよう。そう思う。


 企画展示『古代のアフリカ展 ~太古の文明における奇跡~』はかなり広いスペースで開催されていた。入るとすぐにパンフレットをもらい順路を進む。


「アフリカねえ……」


 最近どこかでそんな話を聞いた気がしたが思い出せない。


「人類が生まれた場所よね、希望の地とか言われてる」


「カナンか……」


 なにそれ、と委員長は首をかしげる。なんでもないさ、とヨシカゲ。


 企画展は最初、簡単なアフリカの歴史から始まった。そもそも世界は今のように大陸を分けておらず、パンゲア大陸という一つなぎの大地だった。それが分かれていき、アフリカが生まれる。そこからさらに人類の誕生。


 日本でいう石器時代、いやそのまだ前である。


 こんな人類というよりも猿のような生き物たちがいた時に、なぜかアフリカには素晴らしい文明があった痕跡があるのだという。それらの痕跡は公には認められていないものの、信憑性としては極めて高い。実際に出土する異物――レガシィがそれを物語っている。


「なんだかオカルトじみてるわね」


 委員長が当時使われていたという食器のような残骸を見て、そう言った。


「実に腑卵町的な展示じゃないか。四大文明の前にこんな素晴らしい文明があった。眉唾だが――」ヨシカゲはあたりを見回す。「ここに来ているやつらはそう思っていないんだろ」


 見ればどこもかしこもオカルト好きというようなやつらが集まっていた。1999年で時を止めてしまったような、愛読書は月間ムーですと臆面もなく言いそうな、そんなやつらばかりである。


 こんな怪しい企画展示に初日から乗り込んでくるのはそんな人間ばかりなのだろう。


 ということは、美術館の前で行列になっているのもそんな人間が多い。もしかしたらオカルトブームが再来しているのではないかとヨシカゲは疑った。


「えーっと、なになに。『彼らは文字を持たずに言葉においてのみその意思を伝達した』ですって。この頃の人間が言葉なんて喋れたのかしら?」


「さあ、どうだろうな。神様がそういうふうに作ったんなら喋れたのかもな」


「そういうの、なんて言うんだったけ? ああ、そうそう。創生論だわ」


「進化論がお好みかい?」


「好悪なんてないわよ、それが常識」


「常識が常に正しいことならば、アメリカでは半数が創生論を常識だと思っているぞ。じゃあ神はその半数だけを創生論で作り、残りの半数を進化論で作ったのか?」


 ヨシカゲはちょっと意地悪するように言った。


「屁理屈よ」


 委員長は頬を膨らました。


 すまない、とヨシカゲは謝る。それだけで委員長は嬉しそうに微笑んだ。


 順路は古代のアフリカの人々の日常生活、狩猟における方法、そして宗教儀式へと進んでいく。たしかにどれも古代のできたばかりの人間がやっていたとは思えない生活だ。


 傑作なのは電気を使っていた痕跡がある、ということだった。まさかエジソンがタイムスリップでもして電気を作り出したとでも言うのだろうか、しかしどう見ても現代の電球に似たものが壁画などに描かれているのだという。


「オーパーツか」と、ヨシカゲ。


「そういうの、腑卵町にはいっぱいあるって聞くわよ」


 というか、常設展示の方にも少し飾ってあるのだ。腑卵町のオーパーツは。おそらく過去のイースターエッグが何かしら自分の能力を使って作り出したのだろう。例えば平安時代に描かれた地図は現在のものと誤差0・08%なのだという。


 そして何よりも、ヨシカゲが持つ退魔刀。これもオーパーツなのだ。


 退魔刀を現在作り出すことはできない。退魔師の家系が持っているそれらは全て、過去に打たれた刀なのだ。それはあたかも戦艦大和の主砲を現在の技術でも作れないかのように、同じものは誰にも作り出せないのだ。


「にしてもなあ、こんなもんが本当にあったのか? 今から60000年以上前に」


「あった、ってことになってるんでしょ」


「誰かのいたずらだったりしてな」


「ゴッドハンドってやつ?」


「そうそう」


 委員長は展示の一つ一つに興味を持つようで、どれも丹念に見ていく。それはどこか前世の記憶を思い出そうとしているようだ。


 展示の最後には当時のミイラがあるという事になっていたが、残念なことに搬入が遅れているようでそこには何もなかった。ただミイラようの空間だけが広がっている。


 周りにいたオカルトオタクたちが「これはもう一度こなくては!」と声を荒らげている。もしかしたらそういう商法なのかもしれない。何度も足を運ばせるための。


 ミイラはない変わりに、その横には当時の王が使ったといわれる祭礼用の剣が飾られていた。


 剣といっても一応そのような形をしているだけで、金属はかなりサビている。もはやただのボロだった。


「変だな……」


「なにが?」


委員長はその剣のようなサビの塊を見つめている。


「さすがに60000年以上前だぞ。こんな金属から出たサビが残っているだけでもおかしい。普通はバクテリアに分解される」


「保存状態が良かったんでしょ」


「だとしても妙だ」


 とはいえ考えてもどうしようもない事だ。だが、その剣の事はどうしてかヨシカゲの心の中に残った。


 古代のアフリカ展はヨシカゲも退屈せずにすんだ。こういう美術館に行くのもたまには悪くないと思った。


 見て回って出てきた頃には、もうお昼だった。


「お腹、すいたね」と、委員長。


「なんか食べるか」


 そうね、と委員長も同意してくれた。


「何か食べたいものとか……ある?」


 まさかあるわけないだろう、とばかりに委員長が聞いてくる。


「ああ、あるよ」


 だから、ヨシカゲがそう答えたときはまたしても委員長は驚いたような顔をした。


 別にヨシカゲにだって食べたいものくらいはある。甘いものとか、甘いものとか、甘いものとかだ。


「じゃ、じゃあ麻倉くんにエスコートお願いしようかなーっ」


 委員長はなんともなさそうに言っているが、その顔は真っ赤だった。


「こっちだ」


 しかしヨシカゲはそんなことお構いなしに先を行く。


 先を行きながら、ヨシカゲは視線を感じていた。なにも先程のミタゾウではないだろう。どこかで感じた視線――前にも一度。


 だが、気にしないことにした。



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