086 悪魔 ~エピローグ~
エピローグ
全てが終わった。
花園は助かった。最初に彼女が求めていた通りになったのだ。
彼女は今、フリーだった。
悪いな、と花園は思っていた。自分のせいで結局ヨシカゲは呪われたままで、死んだ後にはその魂は悪魔メフィストフェレスに奪われる。結局、誰かを生贄に捧げたのと変わりないのだ。しかしその花園の気持ちを払拭するようにヨシカゲは笑いながら「いつかメフィストも倒すさ」とうそぶいていた。
彼を信じよう。大丈夫なんだと。彼ならいつかできるだろう、と思っていた。
そう、彼女は信じていた。
電車が駅のプラットフォームに入ってくる。
これから花園は東京に行く。仕事だ。
最近ではあきらかに仕事が減っていた。ヘルマントトスの願いがなくなり、彼女の実力だけが残ったからだ。
自分に才能がないとは思えない。だからここからもう一度、自分の力だけでやっていこうと思っていた。
だって花園は声優という仕事が好きだから。
花園以外に電車を待つ人がいた。家族連れだ。高校生くらいの息子は太っちょで、片腕がない。腑卵町では別段珍しくもない。
太っちょの男の子は花園を見て、驚いたような顔をした。
「あの、花園ミナさんですか?」
「ええ、そうよ」
花園は優しく答えた。
太っちょの男の子は困ったように笑う。
「旅行ですか?」と、訪ねてくる。
「いいえ、今から仕事よ」
「あ、いや。この町に来たのが、です。つまらない町でしょう。観光地もないし」
「ええ、そうね。でもいい町よ」
いったいこの人はなんの話をしているのだろうかと花園は思った。
もちろんこの太っちょの男は花園が今では腑卵町の住人だという事を知らない。
「僕も、今からでるんです。この町から」
「そうなの」
「はい、この町では色々な事があって……手もなくして。でも悪いのは僕で。次の町で頑張っていこうって思ってるんです」
「へえ」
「あ、あの。もし良かったらサインをもらえないですか!」
太っちょの男の子は勇気を出してそう言ってきた。
花園は冷たい目で太った男の子の白いシャツを見つめた。その丘のような腹に、微笑んだ。
「良いわよ」
ペンを要求する。
男の子は父親の元へ戻ってペンをもらってくる。それを使って、服に書いてやった。
「ほら、大事にしなさい。これが私の、ファンへのはじめてのサインだから」
電車が来た。
清々しい気持ちだった。
これからは、こうしてファンも大切にして行こうと思った。
花園にはもう悪魔の加護はない。だから、後は自分の力だけでやっていかなければならない。
曇り空から珍しく陽光が届いてきた。それは列車の先頭をくすぐるように照らした。
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