068 悪魔2-1
1
3月。
年度も終わり際にやってくる転校生など聞いたことがない。自己紹介でいったいどんな事を言えばいいのか。花園は考えたが答えなどなかった。
できるだけ素で、他人から浮かないように、みんなに嫌われないように。最初はそうしようと思った。
女子の交友関係というのはグループ制だ。男子とは違い、グループの違う女子同士はクラスメイトでも無関係なのだ。グループには格があり、学校生活をエンジョイするコツはいかに高いグループに所属するかにかかっているといっても過言ではない。
けれど、クラス替えがあったりする4月ならまだしらず、3月のこの時期ではグループは完全に決まっている。そこに割り込むのは至難の業だ。
ちなみに、地位の高いグループから低いグループへの都落ちは時たまあるが、下から上は滅多にない。なのでやはり最初に入るグループが重要である。
しかもである、グループ内にまで序列がある。手っ取り早いのは一番高いグループのリーダー格の女子に取り入る事だが。あいにくと花園には自分が可愛いのだという自負があった。こういう少女は得てしてプライドも高い。ブスに媚びへつらうなんて事、できない。
まあ、高校なんて仕事がない日の暇つぶしのようなものだ。前の高校では最初こそ地位の高いグループに居たが、仕事が増えるにつれてハブられた。どうでも良いさ、と思っていた。だってそうだ、高校のグループなんてバカバカしい。私はもっと広い世界を見ているんだ。みんな子供だ、小さな世界でサル山の大将をやってろ、それにへいこらしていろ。
とは言え、友達の一人も居ないのは寂しい。
嫌われるのは悲しいし。
やっぱり皆と仲良くしたいし。
――よし、今度の高校では皆に好かれる花園ミナを目指そう!
そう決意して、可愛らしい制服に着替える。マンションを出て、学校までは徒歩10分。結構近い。
町立孵卵高校。
隣には隣接して孵卵中学校があるが、別にエスカレーター式というわけでもないようだ。
登校してまず職員室へ。そこで担任の教師に挨拶する。
「花園ミナです、よろしくおねがいします」
「はい、どうも」
教師は花園に興味がないようだ。なぜなら彼女の方を見ようともしない。
この町はこんな人ばっかりなのかしら? と、花園は疑った。
「あの、それで教室へは?」
転校初日といえば普通、教師に連れられて教室に行くものだ。たいていのアニメなんかでもそういうふうに表現されるから、そういう意味では花園は転校生というものをよく知っていた。
「先に行ってれば」
と、投げやりな教師。
「え? いや、でも紹介とかそういうの必要じゃないんですか」
基本的に敬語を使わない花園だが、さすがに教師相手には敬語である。
「いる?」
「そりゃあいりますよ」
「そう……まあ、たいてい転校してくる人はそういうわね」
「え?」
「みんな慣れてるから、転校生」
この時、教師は初めて花園の方を見た。まるで飴玉みたいな、濁った目だった。
行きましょうか、と教師が立ち上がる。まだ名前も聞いてない。
花園は教室までつられた。朝のショートホームルームの時間だった。教師がまず教室へ入っていく。「今日は転校生が来たから……」と、どうでも良さそうに言った。
歓声の一つでもあるかしら、と思ったが、そんなものはない。
どうぞ、と言われて花園が入る。やっとちょっと声が上がった。「嫌い……」「可愛い」「あれ、どっかで見たことあるような」けれど、全体的に控えめな反応だ。
なんだか教室にいる生徒たちは全員、なにかに遠慮しているようだった。
そのなにかが分からず、内心で首をかしげる。
「花園ミナです。これからよろしくおねがいします」
挨拶は簡単に済ませた。
「じゃあ、花園さんは奥の開いた席に」
「はい」
花園のためにもうけられた席は、教室の窓際の最奥、その一つとなりだった。つまり花園がいない間、その場所は不格好に空白だったのだ。
なぜだろう。
しかし、それは何となくだが窓際の最奥の席に座った生徒を見て、察することができた。
花園もよく知っている男がそこには座っていた。
退魔師――麻倉ヨシカゲである。
「昨日はどうも」と、花園は言った。
「ああ、あんたか」ヨシカゲは花園に一瞥をくれると、ため息をついた。「これも因果かねぇ」
教師がつまらない連絡事項をつらつらと話している。
「驚いたわ、あなた高校生だったの?」
「どこからどう見てもそうだろ」
「てっきり学校なんて行ってないかと思ったわ」
それくらい、眼の前の男は世間離れしていたのだ。
「行かないとリサがうるせえんだよ」
「ねえ、皆があなたに一目置いてるの?」
小声で花園は聞いた。
「どうしてそう思う?」
ヨシカゲは制服のポケットから板チョコを取り出した。包装を丁寧にやぶり、それとは真逆に銀紙を豪快にちぎり、中の板チョコにかぶりついた。
「そんなの今、食べていいの?」
「結構自由な校風なんだよ。授業中に飲み物を飲んだり、簡単につまむくらいなら怒られない」
あんたも少し食べるか、とヨシカゲはチョコを割った。それを丁重に断る。甘いものはあまり好きではない。
「ねえ、確認するんだけど。本当に私の事を助けてくれるのよね」
一晩たって、花園はもちまえの高飛車を取り戻していた。
「ああ、守るともさ」
見ればヨシカゲは竹刀袋をすぐ手元に置いていた。もしかしたらこの中には、昨日の日本刀が入っているのだろうか、銃刀法とか大丈夫だろうかと花園は心配になる。
けれど、それくらいの無頼漢な方が実力の方も信用できる気がした。
「もうそんなに時間もないのよ」
「うるさいな、気が散る。俺は今チョコレートを食べているんだ」
やれやれ、話にならないわ。
にしても先程から、ヨシカゲと話をする花園をクラスメイトがおっかなびっくりという様子でちらちらと見ている。
他人に見られるのは慣れているが、こういうのはちょっと嫌だ。まるで腫れ物に触るような扱いである。
「俺と話てると、仲間はずれにされるぞ」
「なんで?」
「俺が退魔師だからだ」
それが答えだ、とばかりにヨシカゲは答えた。
意味が分からない。けれど、どうやら彼も周りから浮いているようだ。前の学校での自分と同じように。だからといって嫌われているわけでもなさそうだが。言うなればそう、触らぬ神に祟りなしの精神だろうか。
どうせ学校なんて暇つぶし、友達だって寂しくない程度で良い。だから、仲良くするならこいつが良いかな、と花園は思った。ちょうど私を守ってくれるらしいし。
なんだかお姫様にでもなったような気分だった。男の人に守ると言われるのは悪い気がしない。そんな事を初めて知った。
「嫌われてもいいわよ」
ヨシカゲはそのバター色の目で花園を見つめた。
「変なやつ……」
「お互い様よ」
本当に不思議だが、悪い気がしなかったのは確かなのだ。
その感情がなんなのか、花園にも分からなかったが。
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