067 悪魔1-7
4
これまでの
退魔師は話を聞いているのか聞いていないのか、カップの底に沈殿した砂糖を
「ご主人様」と、メイドのリサがたしなめた。
「底に溜まった砂糖が、コーヒーで一番美味しい部分だよな」
「それはもうコーヒーではありません。コーヒーを浸した砂糖です」
そうか、と退魔師のヨシカゲはスプーンをテーブルに置いた。
「それで、あんたの話は分かった。つまり願いは叶えたけれど、死ぬのが怖くなったから契約を破棄したい、と。そういう事だな」
「ええ、そうよ」
「そいつはまあ、困ったな」
と、春風駘蕩といった雰囲気でヨシカゲは言う。全く困っていなさそうだ。
「無理なの?」
「さあ、試したこともないからな。しかし無理という事もないだろう。たぶんな」
一人、知り合いに詳しいのがいるから、確認してみよう。とヨシカゲは独り言のように続けた。
「しかし勝手な話だな。契約はした、相手はそれを履行した、しかしこちらは対価を支払いたくはない。なあ、あんた自分が何を言っているのか分かってるのか?」
「分かってるわよ……」
唇を噛む。
分かっている。自分の勝手な欲望でここまで来たのだ。ずいぶんといい思いをしてきた。それに自分が悪魔の力によって手に入れたものを、本当は他の誰かが手にするはずだったのだ。
あのヒット作の主役も。
あの洋画の吹き替えも。
あの声優グループのメンバーの地位も。
けれど、だから何だというのだ。私は私の命が惜しいのだ。
「自業自得だよ」
「ご主人様、そういう言い方は……」
「もちろん仕事だからきちんとこなすさ。けれど気分が乗らないな」
花園は席を立つ。
「もう帰ります」
このままここに居ては泣いてしまいそうだった。
「あ、送りますから」
そう言ってリサが一緒に部屋を出ようとした。花園が手をかける前に先回りして扉を開けた。
ヨシカゲは何も言わない。引き留めようともしない。気になって最後に振り返ると、彼は角砂糖をそのまま頬張っていた。
「最低っ!」
それを捨て台詞にして花園は部屋を出た。
なにか一言でも優しい言葉をかけてくれても良いじゃないか!
屋敷の玄関までリサはついてきた。
「気分が悪いわ」と、花園。「頼まなければ良かった」
「でも腕は確かですから」と、リサは少し憐れむように花園を見つめた。「それに、あんな事を言っても何だかんだでちゃんとやってくれますよ」
ふと花園は気になった。この二人はどういう関係なのだろう。花園も女の子だ、そういう事には結構興味がある。
「ねえ、あなた達って付き合ってるの?」
リサはくすくすと笑った。
「まさか」
それを聞いて何になるのか、と花園は自分でも思った。けれど聞かずにはいられなかった。
「また来てくださいね」
「いやよ」
「ああ、それと――」
その瞬間、一陣の風が吹いた。
生暖かい風だった。
その風は花園とリサを明確に分けたようだった。
「この町にいる間は悪夢の心配はありませんよ」
え、それってどういう?
そう聞き返そうとしたが、やめた。リサはもう話は終わったとばかりに手を振っていた。
やはり二人は付き合っているのでは? そう思った。けれど、もう一度それを問いただす勇気はなかった。
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