039 完全なる世界 間章2
雪が降れば周囲の音が不思議なくらいに聞こえなくなる。
静寂の獣道で、まっさらな雪を踏みつける私の重い足音だけが私の耳には聞こえてくる。
もはや周囲に命の気配はなく、耳をすませば遠くに停めてあるクルマのアイドリング音だけがかすかに響いてくる。あの白いクルマに早く戻りたい。なんせ寒いのだ。
枯れた木々にはうっすらと雪が積もり、それがまるで白い木の葉のように見える。私は大きな木を一つ見つけ、根元に背負っていた大きなリュックサックを下ろした。
ここらへんで良いだろう。
私はリュックサックの上に括り付けてあったスコップをもち、穴を掘り始める。
雪は積もっているとはいえ、まだうっすらとしたものだ。すぐに土が露出する。その土も、やがて硬い粘土質になる。それでも私は力を込めて穴を掘る。ある程度の深さまで掘ったらそれでいい。ようするに埋まればいいのだ、埋まれば。
誰かが掘り起こそうと問題はない。
どうせ私まで足はつかない。
私はほくそ笑む。人を殺した後、一番楽しいのはこういった死体の隠ぺい工作だ。幼いころ姉妹でやった宝探しのように、私は自分の見つけられたくないものを隠す。
誰かがいつか掘り出すかもしれない。その時どう思うだろうか? 私が人生を全て奪った死体。それを見てどう思うのだろうか。悲惨だと、無残だと、無情だと思うだろうか。
――思って欲しい。
この死体も生きているうちは、他人に褒められることもあっただろう。感謝されることもあっただろう。愛されることもあっただろう。
だが、今はどうだ?
人間なんて死した後は誰からも疎まれる穢れの象徴だ。
それが楽しみで楽しみで……。私がやったのだ。私が、一人の人間の尊厳を破壊した。そして、この死体の人生全てを手に入れた。美しさも、優しさも、尊さも、全てを手に入れたのだ。
穴の中に無造作に死体を入れていく。バラバラになった死体は実に放棄しやすい。リュックサックの中には十三個のタッパーが入っており、それをひとつずつ開封して、中身を穴に捨てていくのだ。
全てを捨て終わると、私はもう一度穴を埋めた。
うまくできず、体の一部が土の中から飛び出ていた。私はそれを見て、昔好きだった絵本を思い出していた。たしか、トマトが主人公の絵本だった。その中の挿絵に、トマトが畑で野菜を育てている絵があった。その野菜には、手足も目もあり、生きているようだった。
なんだか今の状況に似ていた。
私は埋まった死体に話しかける。
「今度は野菜にでも生まれてきなさい。そしたら誰かの役に立てるわ。わたし意外のね」
そして、死体の処理が終わった。
さあ、後は帰るだけ。宝物は埋め終わった。でも大丈夫、この宝物の全ては、私の中で生き続けるのだから。
遊びに行くときと同じで、行きは楽しみで疲れを感じない。面倒なのは帰りだ。疲れにより寒さも二割増しで感じる。そうすると、口をつくのは不満ばかりだ。
「あの陰陽師には失望したわ」
あいつに退魔師を殺させるつもりでわざわざ学校に送り込んだのに返り討ちにあった。まさかそれで、私の事を退魔師が感付くとも思わないが、それでもヒントを与えたことに違いない。
退魔師は私のところまでたどり着くだろうか。ふん、だとしたら私が自ら殺してやるだけだ。でも、退魔師の記憶をすべて消してやるのも面白い。そうしたら、きっとあの男は驚くだろう。自分の存在意義を奪われた人間がどうなるか、私はよく知っている。生きる意味を探し、もがき、そしてその意味を見つけ出せずにいずれ死ぬのだ。
そう考えると、私の中に欲情のような気持ちがわいてきた。
あの男の記憶を消してしまいたい……。
そしてその全てを私のものに。
だが、それはあまりに露骨すぎる。私の存在を知らしめる結果にしかならない。それではもっと私に対する追っ手が多くなるだろう。この町も出なければいけなくなるだろう。
だから、私は甘んじて今の状態を続けるのだ。退魔師の近くで、あの男を観察しながら。
この腑卵町は私にとって居心地のいい場所だ。この停滞した、瘴気がこもったような空気は私によく合う。この町は私のためにあるような町だ。
私はこの町に巣食う。ここで快楽を味わい続けるのだ。
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