57 策略
心と肉体を切り刻むように時間が過ぎていく。キルギスの兄弟が訪れるのを待ち続けた。今日は十一月十六日、二日間が経過した。成田毅は毛皮の毛布に包まって、窓から朝日を眺めていた。
「ナリタタケシ」
成田は声の主を捜した。
鉄格子の向こうに黒マントの兵士が見えた。ずっと朝日を見ていたのので、その人物が霞んで見える。
「マイラムベックです」
成田は飛び起きた。這って鉄格子に近づく。
「待っていたんだ、ずっと」
「申し訳ありません。事情がありまして」
成田は鉄格子を掴んで立ち上がった。深呼吸して、前室を見回した。
「わたし一人です。朝食をお持ちしました」
マイラムベックは食事用の差し込み口から、パン二切れと羊肉のスープ、リンゴ一つを載せたトレーを押し込む。成田はパンを手に取り齧り付いた。
「ここに勤務する兵士百人が、行政庁の守備に転属になりました。わたしは、その補充要員として、ここに配属されました」
「外が騒がしいようだが、何かあったのか」
「カリムゴロフキンの処刑の噂が広まって、兵が動揺しているのです。彼は兵士に人望がありましたから」
「不穏の動きがあるのか」
「ジュンガル軍の兵士は、ローランに忠誠を誓っています。反乱など起こすはずがありません。白マントたちが浮ついているだけです」
「マイラムベック」
成田は半分ほど残したパンをトレーに置いた。
「ローラン、いや今のローランマーラは、前のローランではない。ローランの肉体に魔女が棲みついている。マーラの臓器を移植したことで、マーラに棲みついていた魔女が、ローランに乗り移ったんだ」
マイラムベックは真顔になって成田を見つめた。
「兵士も市民も、ローランが変わってしまったと感じているはずだ。今のローランマーラは、魔女になったローランなんだ」
「ローランが、魔女……」
「ガルバン軍が、ジュンガルに来たのは、魔女が棲みついているマーラの引き渡しを要求するためだったんだ」
マイラムベックは俄かに信じ難いのか、腕を組んで成田を見つめ続ける。
「白マントの軍服一式を二着用意できるか」
「できますが、どうするんですか」
「行政庁舎に忍び込む。ロボットスーツを取り戻さなければ、わたしは何もできない。スーツを着れば、わたしは桂木ドクターを救い出すことができる。そしてカリムゴロフキンを筆頭執政官に戻すことができるかもしれない」
「分かりました。あなたのためなら、協力します。命の恩人ですから」
「ドクターなら、きっとローランから魔女を追い出すことができるに違いない」
マイラムベックは大きく頷くと、前室から出ていった。
成田は食事のトレーを持つと、ベッドに腰かけた。トレーをベッドに置き、スープの皿を両手に持った。それを口に持っていき、スープを喉を鳴らしながら飲んだ。
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