Sheh.7 祈りの町

 天主堂のアンジェラスの鐘が、厳かに祈りの時を告げる間、私はじっと空を見上げていた。

 青銅の平和記念像が怒りと悲しみをこめて突き上げる、右手の先を――。


 昭和二十年八月九日十一時二分。その空には二つの太陽があった。原始からの太陽と、この世を原始に押し戻す太陽が。

 強烈な熱線と爆風が、山々に挟まれたこの町を襲い、生物も無生物も関係なく、地獄へ突き落とした。人は溶け、犬は蒸発し、三分の魂など跡形もない。鉄骨は生き物のようにひしゃげ、屋根瓦は泡を吹き、トタン屋根は紙のように舞い散った。ガラス瓶はどろどろになって原型を失い、大木の幹は裂け、その裂け目に巨石が跳ねて飛び込んだ。


 アンジェラスの鐘が響いている。悲痛な記憶を奥底に抱え、涙しながら――。


 東洋一とうたわれた浦上の大聖堂も、あのときの爆風で粉みじんになった。塔の上に鎮座していたアンジェラスの鐘は、はるか下方の川原まで吹き飛ばされていた。


 鐘が最後の一打を響かせる。その余韻は、さながら泣いているようだ。




 私は目を下ろした。たくましい青年のブロンズ像の左手が目に入る。その手は優しく地面に向けられているが、腕は鋼の如き力で水平を保っている。


 恒久平和など、あり得ない幻想だ――こう言う人を、私は笑わないし、嫌いもしない。恒久平和を希求するには、あまりに歴史を勉強しすぎたのかもしれない。甘い夢を見たいならば、歴史の授業中はよく寝ていることだ。

 人類社会で戦争のまったくなかった期間など、半世紀がせいぜいだろう。もちろん局地的には数世紀単位で目立った争乱がない場合もあるだろうが、それはむしろ例外であることを忘れてはならない。

 かと言って、戦争を避け、平和を志す努力を笑うような人間は、浅薄と言わざるを得ない。恒久的平和は不可能でも、少しでも永遠に近付ける努力はできるはずだ。それを放棄して努力する者を嘲笑するような輩に同調するべきではない。恒久的な平和とは、不断の努力を一万年続けることなのだ。

 平和を祈る青年の像が、それを教えてくれている。彼のたくましさは、その肉体ではないのだ。




 青銅の像は、柔和な笑みを浮かべ、我々の頭上で目をつむり、祈りを捧げている。

 この町で、この国で、この世界で、無残に散っていった命を想い、今も祈り続けている。

 決して来ることはないであろうその日を――ただひたすらに。


 祈りだけでは世界は変わらない。しかし、祈りなき努力でも、世界は変えられない。



 道に迷ったとき、またここに来ようと思う。


 アンジェラスの祈りの鐘が響くこの町、長崎に――。

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