第55話

それから数週間が経ち、いよいよクイズ大会開催の日となった。加奈子はわざわざその日を非番にして応援に見にきてくれるという。


会場は少し小さめのイベントホールだった。受付証代わりのメール画面と身分証を提示し、中に入れてもらう。そこには放送する為のカメラやパソコンなどの機材が並んでおり、一番広いところにはテレビでよく見るような解答台が10個置いてあった。日常とは違った風景に少しドキドキする。浩二は緊張はしないタチだったが、気の引き締まる思いがした。


カメラマンや技術者たちが機材のセッティングをして何やら話し合っている。本格的な放送がされるのだと実感できるものだった。大手動画サイトで生配信されるというがどのくらいの視聴者が出るのだろうか。視聴者参加プレゼントみたいなものもあるようだからある程度の数は出るだろう。親や友人にも話したのでこれを見られると思うと少し恥ずかしい気もした。


控え室に案内され、名札を作ってもらう。当日呼んでもいい名前を書いてください、と質問されたのはこのことだったのかと思った。浩二は隠す必要もないのでひねりもなく、ただの海野だ。他にも控え室には選ばれた人たちが総勢10人いた。どの人も見た目は普通のどこにでもいる人といった感じで、男性が多かった。年齢もばらばらで大学生のような見た目の人から50はいっていそうなおじさんもいた。中には顔を隠す為か仮面を持っている人もいた。逆に派手な服装をし、目立とうという気がぷんぷん漂ってくる人もいる。

こんなに沢山の見知らぬ人と同じ空間を共にすることは久しぶりだった。これからこの人たちと一緒にクイズ大会をするんだ、と思うと不思議な気持ちがした。



「あの」

「はい?」


となりの椅子に座っていた人に話しかけられる。顔を見ると少しくたびれたサラリーマンといった感じの見た目だった。


「私、森田って言います。なんか緊張しますね」

「あぁ俺は海野です。緊張しますか?」


森田と名乗る男はうんうんと首を縦に大きく振った。その仕草がどこか犬のようだと感じた。

「会社でプレゼンする時くらいに緊張しますね」

「そんなにですか。俺はあんまり緊張しない性格なので、少しくらいですね」

「それは羨ましい!緊張はミスを生みますからね」

森田は眉を下げしょんぼりとさせる。耳と尻尾が垂れ下がるような幻視を見た気がした。


「森田さんはクイズお好きなんですか?ってここにいる人は皆好きか」

「そうですね、クイズは学生の頃から大好きで得意でした。でもなかなか早く解くっていうのが苦手でね」

「え?でもここにいる人たちって早く解けた人ランキングでしたよね?」

「ええ、だから練習したんです、もう何年も」

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