3-31
キャサリンと一緒に遠征隊の駐留するテントへとハリーはむかった。トグルの無残な姿があちらこちらに点在している。途中まで行きかけたとき、傷ついたトグルに襲われそうになるも、遠征隊員のひとりがかけつけ、危ういところを救われる。
テント近くまで来たハリーは、ロウとフレデリックに導かれ救助用のテントへと入った。現状が
「闘技場内のボスの方はどうだ? リンくんの姿がみえないが」
「彼女はまだ場内で戦っています。俺は深手を負ったので一時的に」
上半身裸のハリーが、痛々しい体を前にして衣服をまとい、予備の暗視ゴーグルと防護マスクをみにつけた。
「その傷はボスに一撃をくらったものなのか?」
「いいえ、ボスの攻撃でおこった風圧によるものなのです」
「風圧だと!?」
ロウが驚きの表情をし、彼に振りむいた。
「フレデリック」
「どうやら、ここの
不敵な笑みを浮かべフレデリックが、
「もはやあれに頼るしかないのか」
とつぶやいた。
「……?」
自信のみえる発言と笑みが浮かぶ彼は、どこか戦いを楽しんでいるようにハリーには恐ろしく感じた。こんなヤツが本当に過去の人間なのだろうか、リンの言葉に疑問がよぎる。
彼は、作戦をいくつか考えていたという。これからするプランは、もし事態が悪化し負傷者が現れたときのやむを得ない作戦であると説明した。
考え込むフレデリックは間を置くと、ロウに振り返った。
「俺の見立てだと大ボスを倒しさえすれば、手下どもも逃げ出すと踏んでいる」
「私もその考えには同意できる」
「ロウさん、おれはハリーたちとともに闘技場内のボスの討伐に向かう。外の指揮はあなたに一任してもいいだろうか?」
「おお、私は構わない。ダウヴィと協力をすればなんとかなるだろう。それで君が試したいと言っていたのは……」
「ああ、そのことか。それは、あなたが言ってたハリーの不思議な銃の効果のことだ」
おもむろにハリーは腰ベルトから銃をとりだす。
「銃? この銃のことですか?」
銃を手に取り、ガンマシェルターで使用したときのことを思い返した。
「ロウから聞いたが、その銃は君専用の武器らしいな」
「はい、俺の感情に反応して、放たれた気の塊のようなものに当たると、威力が数倍に跳ねあがる不思議な銃なのです」
「威力を数倍にする、か。ロウさん……」
フレデリックが振り返る。
「その科学者という人物に会ってみたくなった。こんな銃を発明するほどのヴェルノ博士に」
「父に?」
「ドームシェルターでホルキードとライン博士という者にも訊いたが」
ロウとハリーを見据え、
「ますます興味がわいたよ。テュモーロス山脈を越え、東の果てのタワーを目指すということに」
「それでなのか、要求額なしで」
ロウが晴れわたる顔へと変化した。
「ああ、イプシロンシェルターの後も、君らについていく決心がついた」
「じゃぁ、仲間に」
フレデリックがニヤリと口角を上げ、
「その前に、障害は取り除かなければ」
「おお、もちろんだ。だが、勝機はあるのか?」
ロウはフレデリックを一瞥し、
「神のみぞ……、というところだな」
意味深な発言にハリーは、キャサリンと見合わせた。
ふたたび闘技場の内回廊に入った。圧倒的な攻撃をもつボスのトグルをどうやって倒そうというのか、ハリーにはフレデリックの考えがわからなかった。
闘技場のいりぐち付近でフレデリックが、一粒のカプセルの飲み薬と奇妙な長方形の黒いデバイスらしきものを手渡してくる。
「ハリー、キャサリン君、タイミングを見てカプセルを飲んでくれ。それは暗闇一定時間でも全身を照らし出してくれるものだ! その効果が持続している間は誰がどこにいるかがある程度把握できる」
よくみるとフレデリックがほのかに暗闇でも判別ができるほどであった。
「オレは全力でリンくんを捜しだし、カプセルを飲ませる。オレはすでに飲んだが、効果時間が残り少なくなる。時間差ができることを利用して、もし、効果が切れるようならオレを見つけてくれ!」
「それで、フレデリックさん、これは?」
「そのデバイスには、赤いスイッチのボタンがある。そのボタンを押している間だけ、周囲につよい結界が張られ相手の一切の攻撃を無効にしてくれるんだ!」
「無効に!?」
キャサリンが叫んだ。
「すごい道具ですね」
フレデリックはかぶりを振る。
「ところがそうでもない。結界が張っている間は、こちらからの攻撃はまったくできない。そのうえ、効果は多くても十秒間だけだ! さらに言えば、ハリーが風圧だけで受けた凄まじい威力のある攻撃は、防ぎきれるかどうかが怪しいのだ!」
「なるほど……」
「使い方によって、ということですね」
フレデリックが頷いた。
「でも遠征隊員、みんなに持たせれば」
「確かにそうかもしれないが、数が限られている。それに、ボスを相手にする君らに最初、持たせてもよかったが、どのくらいの相手なのか目星がつかめなかったんだ」
(数個しか……?)
不思議に思った。このデバイスは過去から持ち込まれたものなのでは、と頭をかすめる。そうであるならば、リンの言う『匂い』というのはやはり彼女と同じタイムトラベラーなのではと、疑念を持った。
フレデリックはキャサリンに振り向いた。
「キャサ……リン、だったか? 君はトグルを攻撃するほどの覚悟は持っているか?」
「はい、一応は」
腰に巻かれた荷物袋から、戦闘用グローブを取り出し、彼女に装備するようにフレデリックは促す。彼はハリーの姿を上から下まで眼でなめると、
「ハリー、も装備が不安だな」
ハリーにも装備品を手渡してきた。ナイフと拳銃の納められる腰ベルト、腕に
「ありがとうございます」
「これから戦う相手は、生半可な人間ではとうてい太刀打ちできない化け物と思って構わない。おれを含め、四人協力してやっと攻撃できる相手だと思ってくれ!」
「了解です!」
「はい!」
ハリーとキャサリンは意気込んだ声を張り上げる。
「よし、乗り込むぞ!」
ハリーはフレデリックにもらったカプセルを飲み込んだ。彼ら三人は、暗視ゴーグルと防護マスクを装着すると、リンを捜した。
「おーい、リーン」
マスクにこもることを覚悟でハリーは大声で叫んだ。音に敏感なトグルに気づかれる恐れは十分承知の上であった。場内の広場にあたる中央には、赤眼に光るトグルの群れが斧や棍棒を片手に持ち、暗闇の中をハリーの方へと近寄ってくる。突如、激しい振動とともに十数メートルにもおよぶ巨大なグリムデッドが、漆黒の闇からのっそりと姿を現そうとしていた。
「ハリー、キャサリン! 散開しろ!」
大声で張り上げるフレデリックが思いっきりジャンプし、暗闇の中へほのかに光る身体とともに宙へときえる。
「キャサリン、何しているんだ!」
怖気づいたように彼女は硬直した。獰猛なまでの顔が彼女に襲い掛かってくる。本来のもつ野獣と化した人間を間近で垣間見た時の金縛りである。陽動の際に側面からみていた彼女であったが、正面から映る禍々しい顔は恐ろしい光景だったようだ。
激しく肩をたたき、
「何をしているんだ! 一緒に来るんだ!」
とっさにハリーは瞬間装置のスイッチを押した。一瞬のうちにふたりは水平方向へと移動し、二階層に通じる階段の方角で姿を現す。そのまま、二階層に上がろうと彼は考えていたが、段差のある場所では瞬間移動装置のスイッチが自動的に切れることを知らずにいた。
気抜けした彼女が、
「ハリー! ごめんなさい。あたし……」
「誰だって正面からみれば、最初はああなってしまうさ」
と冷静にハリーが声をもらす。
「トグルが来るまでに少し間がある。君は二階層に上がって、フレデリックからあまり離れないように、彼と一緒にいるんだ!」
「ハリーは? ハリーはどうするの?」
「俺は、トグルを君から離して、リンを探し出す。見つけたらフレデリックにも連絡を入れるようにする。そうしたら、トグルのリーダーを攻撃する。君はサポートに回ってくれ!」
「ハリー! 気をつけて」
「キャサリンもくれぐれも気をつけてくれ! あとで合流しよう」
「うん!」
キャサリンと階段横でハリーは別れた。
32へつづく
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