3-12



 ハリーたちは、今でも変電所の一部が使われているのではないかと思えていた。

 機械音にまじり、人の叫ぶ声が混ざっているようだった。

「リン、気を緩めず警戒しろ!」

 ハリーたちは緊張感をもって地下へとつづく階段を降り始めた。暗いにも関わらず、鈍いオレンジ色の明かりが遠くの方に見えていた。

 階段の底に降り立ったふたりは、通路がに別れていることに気づく。

「どっちかな?」

「まず、へ行ってみよう。監禁されているとしたらコントロールルームとは別の場所の可能性がある」

「でも、ホルクという人、元は科学者なんだろ?」

「元科学者でもここに連れてこられた理由が不明確だから、人工的に起こす地震と関係しているのかがわからないだろ」

 うん、とリンは納得した表情になった。

 警戒をしながら先に進むと今度は通路が三叉路に分かれている。

「ハリー、どうする?」

 腰からナイフを取り出すと通路の床に目印を刻み始めた。

「とりあえず真っすぐ進んでみよう」

 しばらく進むと、右に折れる曲がり角からトグルらしき大男の影がくるのがわかった。ハリーはすぐさま気づき、

「リン、注意しろ! トグルがいる」

「やっぱり、トグルがうろついているんだね」

 トグルを注視していたハリーは、首のところに赤いものがあることに気づいた。

「ガンマシェルターでみたトグルと違う誰かに従属しているのかな?」

「根拠は薄いが、うろついているところをみると従っていると考えてもいいんじゃないか?」

「厄介だね。監禁場所へ行くまでに出くわしたら」

 リンが不安な顔つきになる。彼女の場合、あくまでも慎重に行動したい様子だった。

「おおよそ、いることはわかっていたことだ。今更、考えていても仕方ないだろ!」

「けど……」

「リン、君はトグルの首に巻かれている赤いものに、発信機か何かが仕込まれているのだと思い込んでいるのか?」

「ハリーはどう考えているんだ?」

 トグルに巻かれているものは発信機である可能性が高かった。おそらく行動を監視したうえで、防衛を図っているのではないか、ならば一刻も早くホルクとサムを助け出しライン博士と合流しなければ、ハリーは焦る心を落ち着かせつつ彼女に話しかけた。

「おおかた君が考えていることと同じだ。どのみち敵陣に侵入したわけだ。ホルクを救出する、しないに関わらずトグルを気絶させればさせるほど、見つかる可能性が高くなることはわかっていたことだろ! それに見ろ」

 ハリーは天井の角を指差した。監視カメラらしきものが吊り下げられていた。

「いまだにあのカメラが至る所に撤去もされず残っている。常に監視されているカメラが死んでると決まったわけじゃない」

「そうだね、たしかにハリーの言うとおりだ! あれが死んでいる死んでいないに関わらず警戒すべきだね」

 と、リンが頷きをみせた。

「とりあえず、進路を阻むものは……」

「排除ってことだね」

 リンはハリーの見えない位置から光線銃を監視カメラに向けて発射した。レーザー光が、監視カメラの枠をわずかにかすめ定位置をずらした。彼女は納得の表情で見上げた。

 ハリーとリンはトグルの隙を見て、トグルの首に肘と膝の二段攻撃を同時にくらわせ失神させた。

「見つかる前に早いところホルクを捜さないと」

「行こう!」

 ハリーたちは更に奥へと進んだ。進むたびにリンは、監視カメラらしきものに向かってレーザー光を発射した。薄暗くオレンジ色の光が彼らたちの影を映し出す。しばらく行くとまたも地下に続く階段が現れる。正面奥は行き止まりであった。



 ハリーは地下区域までに落差が数メートルあり、高低差の広がる空間からかすかな風が上がってくる。

「出口と直接つながる場所があるのかもしれない。先に」

「待った! リン、見てみろ」

 訝しい表情でリンが話しかけた。

「何だい?」

 通路の壁に古びた見取り図をながめている。しかし、長年放置されすぎた所為なのか、ところどころかすれてわからない部分もある。

「地下区域の見取り図か? けど、肝心なところが」

「ああ、これが利用できれば探索もスムーズにできるんだが」

 何を思ったか、彼女リンはコンパクトサイズのキューブデバイスを懐から取り出し、自分の手のひらにのせた。

「おい、今度は何を?」

 キューブデバイスは自動的に展開され、中から数機のミクロドローンがでてくる。

「ちょっと時間をちょうだい」

 ミクロドローンが見取り図を隅から隅まで飛び回り、何か赤い光線を放っている。

 ハリーは呆然と見とれるしかできず、黙っていた。

「この飛び回っているのはドローンっていうんだけど、見取り図をスキャニングしているんだ」

 ミクロドローンがせわしなく見取り図を中心に飛び回っている。

「ボクの命令を聞いてくれるんだ! 解析が終わったらアームデバイスに送信するようにインプットしてある」

「命令? ひょっとして自分の声で反応する装置なのか?」

「あ、ああ、そうだけど。珍しいものじゃないだろ?」


 ふとハリーは思い出した。アルファ・シェルターで亡くなった男の荷物の中に、声で反応する装置があり、ホルクに言われ持ってきたことを思い起こした。もしかすると彼女なら、声で反応する装置の仕組みを知っているかもしれないと期待があったのだ。だが、今はホルクの救出が先なんだと言い聞かせた。彼女が父親アンソニーに会うことが目的なのだとしたら、話せる機会は、この先いくらでもあるに違いない。


「どうか、したのか? ハリー」

「いいや、ちょっとな、考え事をしていて」

 怪訝そうにリンがハリーを見る。

「リンならわかるかもしれない道具があるんだが、落ち着いたら君にも話すよ」

「そう、なのか……」

 ミクロドローンが作業を完了し、キューブデバイスに帰還してくる。

「リン、お前のというものを聞きたいんだが、もし、囚われた人を地下に監禁するとしたら、どんなところに連れていく?」

「そうだなぁ?」

 彼女はこたえた。キューブデバイスとアームデバイスを交互に操作しながら、

「利用価値のある捕虜なら、入り口付近に監禁するけど、価値がそれほど薄い奴は遠くに監禁するかもしれない。もっとも狭い敷地なら一緒に監禁もすると思うけど、ここのボスが、捕虜の価値をどれだけ知っているかにるかもしれないな」

 ハリーは黙ってリンの意見を聞き入っている。さすがに、戦いの場をくぐり抜けてきたような意見に感心していた。

「ハリーなら、どう考える?」

 返された言葉に、

「ほぼ、同意見だ! ただ、ここのボスが理解のできる奴とは限らない。今は生きるか死ぬか、躊躇ためらっていられないほどの弱肉強食の時代だ!」

 と、付け加え、

「リン、見取り図の復元はできそうか?」

 キューブデバイスをみつつ、リンが彼にささやいた。

「もう少し時間がかかりそうだ!」

 間が持たないためなのか、黙っていたハリーが彼女をみつつ、

「リン、せっかくだから君にホルクさんのことをすこし話しておくよ」

 彼女が素直にほほ笑みうなずいた。

「俺にとっては厳しい親父という感じだ。俺の性格を素直に受け取ってくれる。本当に元科学者だったのか疑ってしまうくらいさ」

 リンはデバイスを操作しながら聞き耳を立てているようだった。

「歳はリュック博士と同じくらいで足を引きずって歩く癖があるんだ。義父さんが言うには、昔ドームシェルターにいたころに友人と遊び半分で、大昔の危険なスポーツをしたことがきっかけで脚を悪くしたそうなんだ」

「脚が悪いのか? それじゃぁ、入り口付近にいる可能性も」

 頷きながらハリーはつづけた。

「ああ、十分にあり得る。アルファシェルターから一緒に拉致された監視員もいるかもしれない」

「監視員?」

「サム・ポンドっていうんだが……」

「サム? そういえば、拉致されたのがもう一人いるとか言ってたね。その人がそうなんだね」

 と、リンが振り向く。

 ハリーは彼女の作業をみつつ更にはなしを進めた。

「アルファシェルターにいたころに俺も短い期間だったが、監視員として監視塔にいたんだ。ホルクの話だとサムにドームシェルターで危ないところを助けられた恩人だとか」

「恩人ね」

「俺は遠征隊で物資を届けたり、救助に向かうこともあったから、監視員になるまでは挨拶程度しか面識がなかったんだ」

「その男の特徴はどんなだい?」

 更に質問をしてくる彼女をハリーはみつめる。

「年齢は俺より少し年上といったところだけど、結構臆病なところだ。何か思いつめた眼をすることがあるが、いたって真面目なやつさ」

 そうなのか、と小さくつぶやくと彼女は顎に指を添え、深刻な表情を浮かべた。

                     13へつづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る