旧変電所跡

3-11

 ハリーたちは変電所建物に向け、しばらく歩き続けていた。相変わらず雪は降っている。すでにエリア内に、入っていることはわかった。いくつもの給水塔らしき石塔の頭部分が、雪原の中から突き出す形でのぞかせている。

 ハリーはリンの後方を歩いていた。なだらかに下がりはじめた雪原に遠方の坂下付近には、建物の窓枠の部分が現れ始めていた。周囲は当然ながら雪に埋まっている。もともとは、地上から二階建てか三階建ての建物部分のようである。近づくと最近まで窓が出入り口で人に踏み固められていた跡が残っている。幾つもの足跡が確認できた。

「リン、注意して進もう」

 無言のままに彼女は頷きをみせた。

 建物の内部には、いたるところにケミカルライトが照らされている。明らかに人が、建物内に侵入した痕跡があった。足元の確保は、できているが建物の劣化が激しいうえ、至るところの窓からは雪が侵入している。押しつぶされそうな圧迫感すらあった。

 ハリーたちはマスクとゴーグルを外しサックの中へと押し込み、身軽になったうえで武装した。

 リンは、銃の形状をした物を取り出す。

「リン、それは? ロウさんにもらった銃か?」

「そうさ、使いやすいように自分で改良を加えたんだ。拳銃用途とエネルギー源の充填によっては、光線銃にもなる」

「へぇ、君の過去の世界はどこまで文明が進んでいるのか一度行ってみたいものだな」

「やめたほうがいい。ひょっとするとこの世界よりも苛酷かもしれない」

「苛酷……か」

 以前の時よりハリーは彼女の来たという世界に興味が湧いた。苛酷、と答える彼女の眼は蔑んでいた。


 しばらく進むと、下へと降りる階段が目の前に現れた。

 ハリーとリンは用心しながら段差のある階段を下へと降りていく。下にもケミカルライトで所々照らされている。不思議なことに足跡らしいものが建物内には少なかった。暗闇の中にかつての遺物が散乱していた。雪に覆いかぶさり人間の体の一部が無残にも転がっているのがわかった。

 リンは顔を覆いながら目をそらし、室内を見渡す。

「変だね。ケミカルライトが散乱しているから、人がいると思ったけど」

「おそらく、まだ建物だからだ」

「え? どういうこと?」

 彼女はハリーに振り返った。

「建物が雪で包まれているからだと思う。いるとすれば」

 人差し指で床を差した。地下なのではないか。口に出すことなく軽くジェスチャーする。彼の言わんことをすぐにも彼女は理解したようだ。彼女は納得した表情になる。

 彼らはふたたび周囲を見渡した。外気の冷たい風が建物内を通り過ぎていく。窓際はすべて雪で覆いつくされている。壁際に沿って進むと更に下る階段がみつかった。

 かつてエントランスホールだった痕跡が、わずかながらに面影を残していた。ハリーとリンは、警戒をしながら扉という扉を開き、地下への出入り口を捜した。

 扉といえるところを片っ端からあけ、部屋を隅々まで調べたが地下に通じる階段が見つからなかった。

「変だな」

 ハリーが一通り見終えたあと、リンに話しかけた。

「これだけ大きい建物なら、地下に通じる階段が存在しても」

「どこか見落としている場所があるか、あるいは故意に隠しているんじゃないのかな」

「だとしたら、リンはどこにあると考える?」

 そうだね、と腕組をして、彼女はケミカルライトをつかって簡単な見取り図を雪の積もった上に描き始めた。

「一階に存在する部屋は、大体限られていた。更衣室に事務室の跡、発電制御室、会議室に仮眠室」

「無難なところで言えば、仮眠室かもしくは更衣室だな。あまり広すぎると、どこに地下扉があるかわからなくなる可能性はあるだろう」

「ボクもそう考える。ただ、頻繁に使っているか、使っていないかだよね。もし、他の出入り口が存在するなら、使われなくなったこともあり得る」

「よし、決まりだ。狭い部屋のある場所を重点的にもう一度確かめてみよう」

 ハリーたちは再び、扉のある部屋をまわり、がれきに紛れ雪に覆われた床をくまなく調べた。ロッカーの多い更衣室、机のがれきが並んだ事務室跡、そして、二段ベッドの痕跡のある仮眠室と怪しいと思われる場所を念入りに探していく。

「おかしいな。見当違いのところを捜しているのかな」

「いや、推測は間違っていないはずだ」

 仮眠室の奥で、床にあるいびつに盛り上がったクラック(裂け目)をリンは奇妙に感じた。

「ん?」

 ケミカルライトで近づき、鉄の取っ手らしきものを彼女は見逃さなかった。

「ハリー、ちょっとライトをこの裂け目に照らし続けてくれ」

「あ、ああ」

 リンは、雪に覆われた床を手で掻いた。照らし出している傍らで見ていたハリーは、黒い影と取っ手らしきものを発見する。それが鉄でできた扉だということがはっきりとわかった。

「やったな、リン」

 ハリーもリンの隣で手伝いはじめる。

 一部さび付いた引き戸の扉が現れた。

「いいか? ひっぱりあげるぞ!」

 ハリーは渾身の力を込めて取っ手を持ち上げた。

 傍らではリンが、ケミカルライトを腰に差し、銃を構えている。

 重く錆ついていた扉が開かれ、埃にまみれた闇と朽ち果てている階段が現れた。

「この扉はずいぶん長い間使われてないようだな」

 ふう、と一息吐き、扉をようやく持ち上げることができたハリーは、つぶやいた。

「ということは、別の出入り口があるってこと?」

「人が住んでいれば、の話になるけどな」

「でも、ケミカルライトが所々にあるってことは、誰かが建物に入った、ということだよね? いったい、何の目的で?」

 リンがすぐに訊き返した。

「目的がなんであれ、今はホルクとサムを救出することが先決だ!」

 目の前には階段があるものの、崩れかかっているために段を踏むのには危険が生じそうであった。

 ハリーは、ケミカルライトでどのくらいの深さなのか底を調べるため、扉から下にライトを放った。

 どうやら、飛び降りることのできる高さのようだ。

「俺らにはたいしたことがなさそうだ!」

 リンが扉下の底を覗き込んだ。

 なっ、と同意するように彼はリンに顔を向ける。

「そうだね」

 リンは、すぐさま荷物を下に放り投げ、飛び降りる態勢になった。

 慣れたように、一瞬の勢いをつけジャンプする。着地時に刹那、よろめくも無事に降り立った。

「ハリー、早く!」

「ああ、すぐ行く」

 ハリーはジャンプの態勢をとる。

 ここが有事の際の脱出口になるかもしれないが、扉の錆具合から考え長い間使われずにいたということは、他にも地上に出られる場所は存在することは確かのはずだと、ケミカルライトを腰にさす。

 建物内部は、人の出入りがあったものの、何かの目的で使われていた可能性がある。目的はどうであれ考えていても埒が明かないと、ハリーはリンの待つ地下へと飛び降りた。


 ハリーたちの降り立った地下は、意外にも小さいこじんまりとした空間であった。すぐさま周囲の様子をうかがった。

 かつては壁で覆われていた地下倉庫のような場所である。がれきの山はいたるところにあり、木工で作られた棚らしき残骸や、かつて容器として使用されていた道具が朽ち果てていた。

「どうやら、この部屋自体、見捨てられた場所のようだね」

 ケミカルライトで照らし出された室内に一部だけ壊された壁があった。人力で掘られた跡らしく、土の通路が見えない闇につづき冷たい風が吹き抜けている。

「あの通路はどのくらい奥に続いているんだ?」

「途中までは調べてみたけど、かなり奥に続いている。一部は地震か何かで崩れた拍子にできた通路みたい」

「風が通るってことは、どこか別の場所に出口があるかもしれないな」

 ケミカルライトをかざし、ハリーは崩れた通路を奥へと歩みはじめた。

 風の強さが一層増してきた。音を立て鳴りひびいている。

 耳をつんざくほどの轟音が地下に響き渡っている。縦長に深さのある空洞が目の前に現れた。巨大な縦穴の直径は、数十メートルになるだろうか。かつての変電所の通路らしきところへとでてきた。

                      12へつづく

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