第7話

 それから約三日後の放課後のこと。部活の休憩時間を使い、とある場所に向かっていた。と言うのも、三日前の夜。如一は千里の家で部活のことを話していた。そのときうっかり千里が「薙刀部ねー、大変そうだな」なんて口を滑らせたものだからずっと薙刀部の見学だけでも来いという冬木如一とかいう人の命令……いや、お願いで千里は薙刀部の、活動室である道場を秋良と一緒に訪ねていた。と言っても剣道部のすぐ近くにあったのもあり、以外と早く着いたのだ。

 冬木如一は千里にとって命の恩人であり、様々なことでお世話になっていたりする、千里の一つ上の先輩で、人気者だったりする。変なところかっこつけで、困っている人は掘っておけない兄貴性分で千里自身も「お前が男だったら惚れている」と言うぐらいにはかなり性格イケメンだ。顔立ちは可愛いと言うよりはきれい系で、女子の間では「冬木君」と、呼ばれファンクラブまでできている。それについてはとても軽いノリで「俺、女だけどね」と、☆がつく勢いで言っている。こうして説明すれば分かると思うが彼女は馬鹿でお調子者だ。それでも彼女から離れていかないのは彼女の人望なのだろうか。

 どうでもいい余談だが、とある諸事情で千里の親はこの世を他界している。その為、千里には保護者が必要だが、あいにく頼れるような親戚がいるに入るが、頼れない状態にある。なので、今の千里の身の預かりは冬木家となっているが本人の要望で学園には地雷で通っているし、保険証も地雷だ。そして先ほども述べたように如一が馬鹿というのにはいくつかの理由があるのだが、その理由というのも、この後にわかるのだが、ここではお楽しみとかいうやつにしていきたいと思う。千里たちは剣道部の休憩中に訪ねたときはちょうど薙刀部の方も休憩中だったようでみんながゆったりとしていた。

「伊織ー!秋良もつれてきたけど、大丈夫だったか?」

「……大丈夫ですよ」

 伊織の少しだけ不機嫌そうなその声に千里は少しだけ首を傾げつつも、「悪いな、邪魔するぜ」と言いながら普段気だるげ、道場に一歩入ると、普段から猫背ではなく、背筋は伸ばしているが、確実にその時よりも確実に伸びており、いつもよりもたかく感じた。千里が秋良のことを横目でちらりと見ると目を細めながら笑って手を振っていた。伊織はその千里の背筋を見てふと思う。────さすが、千里だ。小さいころから武道やっているだけあるな。

 伊織は千里の幼い頃を知っている。というのもそもそもの話し、千里に初めて会ったのは、中学ではなく、小学生の頃だ。知り合った経緯というのは簡単だ。伊織の父親と千里の母親が知り合いだったのもあり千里の母親である千歳に手を引かれながら、剣道の稽古をするために伊織の家によく訪ねてきていた。あの頃は仲良くする、なんてことはなかったので、あの頃の千里のことはよくは知らないが、今の千里とは全くかけ離れている、としか言いようがない。久々に再会した時もピンとこないぐらいには。しかし、小3になる頃、突然ぱったりと二人は来なくなった。それから、姿もまったくとしてみなくなった。まるで神隠しにでもあったかのように。その年、一つの家族が事故に巻き込まれ、二人の死傷者と、一人の行方不明それから一人の軽傷者が一人という事故が起こった。残った女の子はとても小さな子だったと言うが、誰かは今は秘密だ。千里達がこなくなって半年後。伊織は巷で小さな一匹狼のヤンキーがいて、そいつがすごい強い、という噂と、どこかの道場で永瀬千里、という女の子が剣道の腕は怪物のようにいきなり腕を上げた、という話を聞いていた。しかし伊織には興味がなかった。

 中学で再開を果たした者の、中学ではあまり口をきかなかったのだが、高校に入学したとき、再び交流が始まった。原因は如一だった。そのときに千里が中学の時の無礼を謝り、あの時よりも話す様になった。……距離を置きながら。

 そのとき伊織は失礼だと思いながらも、一度千里に訪ねたことがあった。いきなりいなくなってどうしたのかと。千里はその時少し困ったようにへたくそな笑顔で笑いながら『あー……うん。ちっとね』とはぐらかすし、蒼に聞いても似たような感じでうまい具合にはぐらかされていて、詳しい事情は知らなかった。けれども、そこまでして伊織は聞きたいとは思っていなかった。千里は話したいなら話すと思っているし、話さないといけないなら、話すと信用をしていた。無理に聞き出したい、という感情は持ち合わせていない

「いっおりー!手合わせするぞ!!今日こそ俺が勝っちゃうもんね!」

「また貴方ですか……。学習しないですね、冬木先輩は」

 そんな考えを吹き飛ばすような声が伊織にかかったのはそんな時だった。────冬木如一。伊織の薙刀部の先輩で、そして伊織に瞬殺された内の1人である。

『おまっ……バケモノ、かよ…………』

『心外ですね冬木先輩。貴方には言われたくないですが……まあ、でも、噂されるほどの強さじゃなくて安心しました。大変ですよね、噂だけが広まっちゃって本当は弱いのに強いなんて決め付けられるなんて』

『あぁ!?』

『神聖なる道場での喧嘩は御法度ですので。でも、確かに30秒もしないで終わっちゃいましたけど素質は充分ですね。……まあ、でも、素質があるだけで弱い事に変わりはありませんが』

『……はっ、いい度胸してんじゃねぇか。この俺様に向かって喧嘩を売るなんてよぉ……?』

『喧嘩?いやはや、事実を申し上げた迄ですよ』

『……やってやろうじゃねえか。入ってやるよ、薙刀部。そんで、テメェを、ぜってぇ負かす』

『…………いいですね、受けて立ちましょうか』

 如一がそんなことを言われたのは入学式の伊織が薙刀部の見学中だった。たまたまそこにいた如一に腕試し感覚で伊織は突然、勝負を挑まれた。

 如一はたかをくくっていた。いつも通り余裕で勝てると。しかし、そんな如一の考えを欺くかのように伊織はものの数秒で決着をつけた。如一は負けた。そして負け惜しみに言われた一言。それからというもの毎日勝負を挑まれ、その度に瞬殺されているのだが、全くこの人は学習能力が備わっていないのか、と疑ってしまいたくなるほどに、毎回同じところを注意されていた。

「いってえええええええ?!」

「だから、冬木先輩は間合いが狭いんですよ。いくら瞬発能力高いとはいえ、そんなの一瞬で脛薙ぎ払われて終わりですよ。剣道や柔道と違うんですから。いい加減学習してください。それから、あなた歩くとき足音煩いです。大会でそんなことやつたら本気で、脛ぶっ叩きますよ」

「えぇ……」

 脛を思い切り叩かれた如一は声を張り上げながら、その場に倒れこむように座り込んだ。いつもの風景なのかほかの部員は何も言わない。その後に伊織からのここを直せ、という指導が入ると、ますますタジタジになる如一。千里はそれを見ながら、如一があんなに言われるのは珍しいな、と思いながら微笑ましく思っていた。そんな時だった。隣りから今までずっと堪えていた笑いがとうとうこぼれたかのように秋良がけらけらと笑い始める。

「ははっ!如一に向かってこんなにもの言えんのは千里と俺と伊織ぐらいじゃね?ファンクラブの奴らにたまににらまれるけど」

「やめろ、秋良!笑っちゃう。え、そうだっけ?俺知らね」

「ほんとお前らあとで覚えておけよ!!」

 涙目でこちらを睨みながら、そんな風に声を出すが、伊織に「煩いです」と一言言われると、ウッ、となりながら、如一は黙り込む。それを見て更に肩を震わせるハメになったのは秘密だが。その様子を見て伊織は休憩は終わりと言わんばかりにほかの部員に「休憩は終わりです!各自練習に戻ってください」と声をかけてから如一に個別に声をかける。おそらく練習メニューの変更なのだろう。

「それから冬木先輩ですがまぁ、まずは冬木先輩は基本中の基本、足さばきの練習してください。まずはそこからですよ。足腰しっかりしてください。基本がなってなさすぎるんです」

「えぇ……」

 伊織が呆れ交じりにそう言うと如一は不満げに声を上げるが、「すねぶっ叩きますよ」というと、たじたじになりながらも足さばきの練習に取り組み始める。伊織はその様子を見ながらやはり素質だけはあるし、スピードとしては申し分はない。しかし問題点として挙げるなら普段動かないような動きのせいか、たまに自分の足に引っかかって転んだり、足音が立つことぐらいだろう。

「伊織!これ転ぶぞ」

「転びませんよ!あなた重心動かしすぎなんですよ!重心は常に動かさないでください」

「えぇ……なんでそれ言わねぇんだよ」

「毎日言ってます」

「えぇ……」

 何度か繰り返した後に如一は伊織にクレームを申し立てるも、伊織に逆に指導を受け、ますますたじたじになる如一に千里は苦笑を浮かべる。それに続けるように伊織は口を開き始める。

「薙刀では足腰は本当に大切ですから!まずはそこから鍛えてください。スクワット1000回以上はやったほうがいいです。それから水泳とランニングを吐くまで」

「別にいいけどさぁ、それぐらいどうってことないし」

 秋良はトレーニング内容を聞いただけで引きつった笑みを浮かべながら「わぁ……」と盛大に引いていた。やれと言われた肝心の本人はどうってことないという風に別にいいけど、と言いながら頬を掻いた。いいのかよ、とだれもが心の中で突っ込みつつも千里はずっと気になっていたことをおずおずといった様子で伊織に質問を投げる。

「……ねぇ、伊織。薙刀はやらないけど、薙刀やるうえでやっぱその足と腰の二つって必要なの?あとはそれ以外に必要な場所ってやっぱりあったりする?」

「……そうですね、あとは左側ってのは剣道でも必要だと思います。それは薙刀でも同じですね。やはり心臓がある場所ですし。あとは冬木先輩がよくぶっ叩かれてる脛も結構大切ですね……」

 千里の問いに対して大して悩んだそぶりも見せず、千里の方を見ること無くさらりと答えると、千里はふんふんと頷くと納得した様子で最後に「ありがとな」と告げる。千里は少しそのあとに考え込むように黙る。

「いえ、礼には及びませんよ。そうですね、その代わりと言っては何ですが、またうちに来てください。父様も千里に会いたがってました」

「あー、そうだよなぁ、射水さんにも悪いことしたなぁ。わかった、今度……、近いうちに泊まり込みで修行してもらおうかな」

「じゃぁ父様にも伝えておきます」

「了解」

 千里はぐっと親指を立てると下手嘘なうウィンクをする。伊織はそれを見ながら苦笑をこぼすと練習風景に目を戻してその様子を眺める。やはりさすが強豪校だな、とは思うが伊織にとってはまずまずの練習相手だ。千里はふっと時計に目をやると結構時間がたっていた。そろそろ休憩も終わるころだろう。というより終わっていて、片桐かもしくは柊也が血ナマコになって探しているころだろう。

「おっと……、そろそろ俺は戻るよ。ほら、秋良も戻るぞ」

「あぁ、もうそんな時間?じゃあ如一、俺ら部活に戻んねー!」

 秋良はそう言いながら二人に手を振りながら薙刀部の部室を後にする。

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