第33話

 翌日は隔週で巡ってくる土曜登校日で、当然ながら午後の授業はありません。

 午前中の大半を井口先生が見てくれていて、「ここは外国か」と言いたくなるくらい英語漬けにされてしまったのですが、それでも終始一緒に入れたので、嬉しさからか疲れは感じませんでした。

 出された課題は八割ほど終わっていて、来週の月曜日はゆっくりできそうな感じです。

 それもこれも、半日割いてくれた井口先生のおかげなのですが、答えを教えてもらった訳ではありませんよ。どの教科も解りやすく教えられるなんて、惚れ直してしまいますね。


 そして迎えたお昼は、当然ながら二人きりで取る事になります。先輩たちが来る様子は有りません。

 昨夜メールで伝えていたので、先生は手ぶらで来ていて、私の手作り弁当を食べてもらいます。幸いなことにフロアーの端に位置する教室なので、階段からも中は見えませんし、教室の前を通る人もいないのです。

 開いた扉からは校内の喧騒が聞こえてきますが、多少込み入った話をしても聞かれる心配は少ないでしょう。用心はしますけれどね。


 二人分をまとめて詰めてきたお弁当を取り分けました。先生は面食らっていましたが、ちゃんと取り分けたのですから良いじゃないですか。

 お替りをしてもらっても良いのですよ。「美味い」の一言でホッとして、お腹いっぱいなので。


「道場の方だが大半はボランティアみたいなもんだ。都合の付く時間に行って指導して、終わった後は残った人間で稽古をするから、その場所代を無料にしてもらっていた感じかな」

「何か資格が有れば、小中学生とかに教える事は出来ますか?」

「何とも言えないが、授業料を取っているんだから、バイト代くらいは出してもらえるんじゃないかな」

「募集とかって」

「今まで見た事ないよ。館長と奥さんと息子さんでやり繰りしているからね」

 そうすると他を考えておいた方が良いですね。でも、資格を持っていれば役には立つでしょうから、短大に進むのはほぼ確定です。


「短大を卒業して直ぐに結婚って有だと思います?」

「成人式も過ぎて大人なんだから、当人同士の問題だと思うが……。早すぎる訳でもないから、良いんじゃないか?」

 大人を強調してきましたが、どうやら先生の希望はこの辺りのようで、彼女の期間を二年程と目論んでいる様子です。

 私としては進級前にもう一度告白して、秘密の恋を一年と大人の恋を二年したいわけです。その後すぐに結婚までいくかはわかりませんが、先生も六年目になるのですから大丈夫だと嬉しいです。


「結婚が早いと、彼女でいる期間が短いじゃないですか。それって少し寂しいですよね」

「結婚したからって接し方が変わる訳ではないだろうし、杞憂だとは思うぞ。取り戻せない時間は惜しいと思うかもしれないがなぁ」

「それって、結婚前に同棲も有りだと言っています?」

 井口先生は目を泳がせながらも「あり、かな」と答えてくれる。そうすると、二十歳の誕生日辺りで親に挨拶してって事なのかもしれません。それはそれで楽しみですけど、やっぱり在学中の時間を大切にしたいと思うのは贅沢でしょうか。

「先生って新婚旅行は行けるんですか? 学校の休みだって部活もありますし、長期の休みって取れるんですか?」

「事前に言っておけば大丈夫なんじゃないかな。もっとも、予定も無いのにそんな事は聞けないけど」

 ごもっともです。あらぬ疑いをかけられる事は避けるべきですから。


 同棲か、新婚旅行か、などと妄想に耽っていると、井口先生が人差し指を口に当てながら立ち上がり、窓にそっと歩み寄って外に声をかけました。

「お前ら、ちゃんと飯食ったか? あと、見つかると怒られるぞ」

 驚いてベランダを覗くと、先輩たちが座り込んで照れ笑いを浮かべています。隣の教室で聞き耳でも立てているものと思っていたら、こんな所に居たとは驚きです。それにしても、先生はよく見つけたなと感心して顔を向けると、「風に吹かれた髪の毛がフワフワ見えたもんでな」と苦笑い。

「それじゃ部活に遅れないように」

 そう言って先生が去った後、窓を乗り越える様に先輩たちが入ってきます。心配してくれてたんだろうなと思うと、頭が下がる思いなのだけれど……。いくらスパッツを履いているとはいえ、スカートが捲れるのを気にしないのは苦笑いしか出ないですよね。

 先輩方も決まりが悪かったのでしょう、ポンっと頭を叩かれ「行くよ」と言われて、慌てて荷物を掴んで後を追いました。

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