畿内大和朝廷は虫の息状態やった時期もあった筈や

「雄治の言う『歴史観』ってのは、すっごく自然だと思うよ。……あ、いや、あたしもまだ神話時代しか本を読んでいなくて、神武東征以後の歴史はさっぱりなんだけど」

「おう。そりゃ今後、色々読んだ方が良かやろなあ」

「神武東征の歴史って、学者先生方は一〇〇%ファンタジー扱いなの?」

「いや、良識ある学者も少しはちったぁおるじゃろ。戦後の歴史学者が全員、完全ファンタジー認識じゃあえ筈」


「それならさぁ、宮崎の膨大な遺跡や出土品を見れば、雄治の言うように日向勢力が神武東征後も一大勢力を誇っていた事は明白でしょ!? 東九州自動車道の工事中も、県央から県北にかけて、どこを掘っても色々出てきてるわけだし……」

そうだよじゃよなあ」


 車は都城みやこんじょ市街地を大した混雑もなくスムーズに抜け、山道へと差し掛かる。


「西都原の博物館には、幾つかの展示物に『中央(大和政権)の影響が見られる』って書かれてたじゃん。あれって矢印が逆の可能性もあるよね。日向勢力の影響が、中央に及んでいた……って事も考えられるんじゃない?」

「じゃっどじゃっど。それこそこの前の日高祥氏ン本を読めば、そン可能性が推測出来る」


 アマチュア研究家日高祥氏の著書「史上最大級の遺跡 ~日向神話再発見の日録~」によると、氏は宮崎にて、弥生期の鉄器製造の痕跡を大量に発見しているらしい。

 つまり宮崎平野では、弥生期から原始的な鉄生産が行われていた。一m四方サイズの小さな炉を用いて、強い霧島おろしを利用し鉄鏃やじりなんかを作っていたのだとか。氏は、それらたたら溶鉱炉の存在を、万の単位で確認していると著書に記している。宮崎市内のあちこちで炉片や金床石、鉄滓が見つかっているという。


「うん。その話、あたしも大地舜氏(注:グラハム・ハンコック著書の翻訳者)のサイトで読んだよ」

「そうか。ホイでお隣の大分でも、紀元前から製鉄を大規模にやっちょった。日向勢力はそン『豊の国』大分を、勢力下においちょったか同盟関係にあった。神武東征の記録からそれが伺える。神武天皇は宮崎を出航しっせ、まず大分宇佐に寄り足場固めをやっちょるっぽい」

「なるほど」


「つまり太古の宮崎大分は、鉄器使用っちゅうアドバンテージがあったんやろな。神武天皇はそイを引っげて、関西に乗り込んだ。だからじゃかイ神武東征は一応成功した」

「うん」


しかしじゃっどん神武天皇以降数代、全てが神武天皇ン如くごつ勇猛果敢やったか……っちゅうと、多分違ったちごたっちゃろな。出雲勢力やら葛城勢力やら四面楚歌の状況にあっせ、畿内大和朝廷は虫の息状態やった時期もあった筈や。一時期は畿内を捨て、瀬戸内海沿岸に撤退しちょった……っち説もある。だからじゃかイ記紀には、そン頃の記録が残っちょらんとよ。『天皇さんがへなちょこで、大和朝廷が潰れそうでした』とは、さすがに書けんじゃろ」


「なるほどねぇ……。面白い。欠史八代の時期とか、そういう見方もアリなのかも」

それでもそイでん大和朝廷は何とか存続した。何故か。本家大和たる日向勢力が、畿内大和朝廷をバックアップしたっちゃねえやろか。バンバン鉄器を生産しっせ、助っ部隊に持たせてあっちに送ったりして……」

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