双方どこまで正確に意思疎通出来ていたのか

 この付近は様々な商業施設が揃っている。雄治の新居選択は、確かに賢いようである。

 ファミレスも、数百m先にあった。あたし達三人はそこへ向かう。

 あいにく日曜日なので満席だったが、幸い一〇分も待たずして席が空いた。休日はランチメニューがないので、通常のセットメニューをオーダーする。


「いやマジで、一昨日の紗耶香の書き込みは面白いわ」

 と、敬太郎君がライスを頬張りつつ、言う。

「伊都国は、『いと』じゃなくて『』かよ……。しかも国じゃないのか」

「そんなにスゴい情報なの?」

「そうやな。読み方ひとつ判明しただけで、従来説がガラリと変わる」


 そんなものなのか。まだ何の勉強もしていないあたしには、今ひとつ重要性がピンとこない。その一方で、

「だよね」

 と、智ちゃんが相槌を打つ。


「今まで研究者達は、ずっと『いと』って地名に惑わされてたんだもんね。読み方が『いと』じゃないとすれば、福岡県糸島説は完全に崩れるよ。糸島説が崩れたら、邪馬台国畿内説とかは成立しないと思う」

「そうそう。それから、他にも色々ある」

 敬太郎君はライスをウーロン茶で流し込み、さらにライスを頬張る。


「魏志倭人伝の記述から想像するに、伊都国ってのは重要拠点やっとよ。何故か。多分九州の南北を結ぶ、港湾都市やったっちゃろね。ただしその規模は千戸しかない。そのくせ伊都『国』やろ!? ちと不自然じゃね?」

「そっか……」

「卑弥呼が言うように、『国』の概念が向こうとこっちで異なるっちゅう話であれば、その点も辻褄が合う」


「どういうこと?」

「大陸では、国ってのは諸王の支配する『エリア』っち定義やっとよね。しかし我が国では『記紀』……古事記や日本書紀を読む限り、『行政単位』ちイメージやっとよ」

「今で言う『都道府県』みたいな感じ?」

「そうそう。その辺の違いを、双方の通訳がどこまで把握出来たっちゃろか……。現代なら辞書しにろ語学の教科書にしろ、何でも揃っちょるから完璧に意思疎通出来るけど、邪馬台国の時代にはどうやろか?」


「にゃるほどねぇ……」

 と、智ちゃんが頷く。

「同じ『国』って言葉だから、同じ定義だろうと誤解しちゃったまま、あちらの役人さんが記録した可能性もあるよね。それにボイスレコーダーなんて便利な機械もないわけだし、双方の発音を正確に聴き取れたかどうかもアヤシいよね……」

「そうやなあ。つまり双方どこまで正確に意思疎通出来ていたのか。紗耶香の書き込みを見ると、そのようなそんげな疑問の余地も生まれる」


「そっか……」

 あたしは卑弥呼様との会話を思い起こしつつ、漸く腑に落ちた。

「資料の信頼性ってのは、それぞれの要素によって高い低いがある……ってことだよね。例えばあっちの役人が直接見て確認出来るような要素だと、信頼できる。でも概念だとか抽象的な要素についてはアヤシい、と。あ、地名人名の発音もそうか」

「そうそう」


 敬太郎君はライス大盛りを早々に食べ終わり、ようやくメインのハンバーグを片付け始めた。女子的には、その食べ方はちょっとアレだよねえ。……

 でも智ちゃんは、そんな敬太郎君をニコニコと眺めている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る