四、

古くから存在する地名と一致しているから

 翌日、山元智美は母親の車を運転し、市立図書館に向かった。

 九時の開館と同時に飛び込み、「歴史(日本史210)」の書棚の位置を確認する。


 ここ市立図書館は比較的新しく、設備はまあまあキレイだが、残念ながら人口四〇万の地方都市なので規模が小さい。邪馬台国関連の書籍は数冊しかなかった。智美はそれを全部抜き取り、すぐそばのテーブルに積み上げた。

 一冊ずつ「伊都国」に関する記述箇所をチェックする。しかし残念ながら、ネットで見かけた考察以上の記述を見つけることが出来なかった。


(収穫なし、か……)

 智美は溜息をつきつつ、ひと通りノートPCにメモを入力すると、書籍を全て書棚に戻し市立図書館を出た。


 再び車を運転し、五km先の宮崎県立図書館に向かう。

 日本史の書棚を探し、邪馬台国関連の書籍を物色するが、どういう訳か一冊もない。

(あれれれ?)

 と、何気なく周囲を見回すと、なんと数メートル先のテーブルに黒木敬太郎がいた。一〇冊強の本を目の前に積み上げ、何やら一心不乱にノートをとっている。


 智美はそっとテーブルに近寄る。

「お客様ァ。本の独占は他のお客様のご迷惑となりますので、ご遠慮下さい♪」

 びくっ、と敬太郎は顔を上げる。余程集中していたらしい。すぐに声の主が智美だと付き、安堵の表情を浮かべる。

「な~んだ、智美ちゃんか。おはよう」


 智美はニッコリ笑いつつ、敬太郎の向かいに座る。そして彼が目前に積み上げている本を順に手に取り、先程と同じように「伊都国」に関する記述箇所をチェックし始めた。


 しかし、やはり収穫がない。

 どの本に目を通しても、学者先生方は伊都国を、

「福岡県糸島付近だ」

 と主張している。つまり定説とみなして良さそうである。


 しかし実は、紗耶香が指摘したように方角がまるで異なる。末廬国(佐賀県松浦)から福岡県糸島は、おおよそ北東に位置する。かつ距離も二〇kmそこらしかない。魏志倭人伝の「東南に五百里(四〇km弱)」という記述と全く一致しない。これは極めて明白な「矛盾」である。


「そこに関して、学者先生方はどう説明しているのか」

 が気になったからこそ、智美はこうして図書館をハシゴしている。ところがどの本に目を通しても、この「矛盾」に関する説明が為されていないのである。


 例えばある本には、ちゃんと魏志倭人伝の行程記述を引用しながら、

「伊都国は、『日本書紀』の伊覩県いとのあがた、『万葉集』『延喜式』『和名抄』の怡土いと郡にあたることは言うまでもないところである」

 と大威張りで書いている。矛盾に一切触れないまま、

「議論の余地もない」

 といった論調である。その根拠として何が書かれているのかと言えば、

「古くから存在する地名と一致しているから」

 という、わずか一点に過ぎない。その上で、

「伊都国の痕跡を思わせる、様々な遺物が出土している」

 と、考古学上の成果を紹介するのみである。

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