伝説のカップル

 暫く高円寺と話していると楽団が曲を奏で始めたので、会場内に音楽が響き渡る。


 そしてその曲につられて、ホールの中心に人が集まりだした。


 そうして二人一組の男女で手を取り合い、自然とダンスの輪が広がっていったのだ。


 私はそれをじっと見つめていると、突然高円寺が私の前に進み出て腰を折り右手を差し出してきた。




「詩音、私と踊って頂けますか?」


「・・・はい!喜んで!!」




 高円寺のその誘いに、私ははにかみながらその手を取って応える。


 そして私はそのまま高円寺にエスコートされながら、ダンスの輪の中に入って行った。


 そうしてそのダンスの輪の中に入っていった私と高円寺は、お互いに一度離れて一礼し、そして再び近付くとお互いの手を取りもう一方の手を其々腕と背中に回して踊る体勢になり、私達は音楽に合わせて踊り出したのだ。




「・・・やっぱり雅也さんのリード、凄く上手くて踊りやすいです!」


「ふふ、詩音もとても上手いから私も踊りやすいよ」




 私達はお互い笑い合って、この楽しいひと時を堪能していたのだった。


 そうして暫く高円寺と踊っていた私は、ふと目の端に赤と紫の色がチラチラと映る事に気が付き、私は踊りながらチラリとそちらの方に視線を向ける。


 するとそこには、眉を顰めた藤之宮とニコニコと笑顔でいる響が一緒に踊っていたのだ。


 そしてよく見ると、お互いの胸元には交換したコサージュが付いたままになっていた。




「あ~結局麗香さん、コサージュ交換するの諦めたみたいですね」


「・・・ああ本当だ。まあ麗香も、ああ見えて満更でも無さそうだから良いんじゃないかな」


「・・・相変わらず雅也さんは、麗香さんの事がよく分かるんですね」


「まあ、小さい時からずっと一緒にいたからね」


「・・・大丈夫だと分かっていても、正直ちょっと妬けますね」




 そう私が少し拗ねたように言うと、高円寺はとても嬉しそうに微笑んできたのだ。




「私の事を想って妬いてくれるなんて・・・凄く嬉しいよ」


「雅也さん・・・私の事だけを見ていて下さいね」


「ああ勿論だよ」




 そうして私は踊りながら高円寺に寄り添うと、高円寺は私の背中に回していた手を強め、握っていた手を指を絡ませるように握り直してきたのだった。




「さて、普通に踊っているのもなんだし少し変化を加えてみるかな」


「え?・・・うわぁ!」




 高円寺が悪戯っ子のような顔で私にウインクしてきたかと思ったら、急にステップを変え踊りの速度を早めてきたのだ。


 私はその突然の事に動揺し思わず驚きの声を上げてしまったが、すぐに気を取り直し高円寺のその早いステップに付いていく。




「・・・さすがだね詩音。この速度にも付いてこれるなんてね」


「響と昔、どれだけ早いスピードで踊れるかって言う遊びをしてましたから!」


「ふふ、じゃあこれはどうかな?」


「・・・っ!」




 高円寺はそう楽しそうに言うと、今度は私をくるりと一回転させてきたので、私はその回転に目を回さないように耐えながら必死に回る。


 そうして元の体勢に戻った私は、どうだと言わんばかりの顔で高円寺の顔を見上げたのだ。




「・・・やっぱり詩音最高だね」


「雅也さん?」


「どんな表情の詩音も、可愛くてしょうがないんだけど?出来れば今すぐ、君のその可愛らしい唇を奪いたいほどなんだよ」


「っ!!こ、こんな所では駄目ですからね!!」


「ふふ、ここじゃ無ければ良いんだね。じゃあ楽しみは後に取っておくよ」


「そ、そ、そう言う意味で言った訳じゃ無いんですよ!!」


「ふふふ」




 私は必死に否定するが、高円寺は楽しそうに含み笑いを溢していたのだった。






 そうして暫く踊り続け、さすがに疲れてきたので少し休憩する事になったのだ。




「詩音、喉が渇いているよね?あそこのテーブルに、飲み物を取りに行ってくるよ」


「あ、私も行きます!ついでにご飯が食べたいです!」


「・・・そうだね、私も少し小腹が空いてきたから一緒に食べよう」


「はい!」




 私が元気良く返事をすると、高円寺はクスクスと笑いそして私の腰に手を回すと体を密着させながら歩き出した。




「え?ちょ!雅也さん・・・」


「ん?なんだい?」


「・・・なんでも無いです」




 その高円寺の行動に驚き抗議しようと顔を見上げると、ニコッととてもいい笑顔を向けられてしまったので、私はそれを見てガックリとうなだれもう諦める事にしたのだ。


 そうしてしっかり高円寺に腰を抱かれながら、沢山の料理が並べられているテーブルまでやって来た。




「うわぁ~!どれも美味しそう!!」


「この学園のシェフは一流ばかりだから、どれも見劣りしない素晴らしい出来栄えだよね。勿論味も間違いないだろう」


「そうですよね!さぁ~どれ食べようかな~?」




 私はそう言って取り皿を手に持ち、料理が並べられているテーブルの前を歩き出す。


 ちなみに高円寺は、その間も私を離そうとしてくれなかったので、もう気にしない事にしたのだ。


 とりあえず私は、目に付いたスモークサーモンのマリネを皿に乗せフォークで刺して口に運ぶ。




「んん~ん!!!美味しい!!!」




 口のなかで広がるスモークサーモンの香りと旨味、そしてマリネされた玉ねぎとの相性も抜群でほっぺが落ちそうなほど美味しかったのだ。


 私はモグモグと咀嚼しながら、その味に満足してニコニコと笑顔になっていた。




「ふふ、本当に詩音は美味しそうに食べるね」


「本当に美味しいんですからね!嘘だと思うなら、雅也さんも食べてみて下さい!」


「そうだな・・・じゃあ食べようかな」


「それじゃ、別の皿に乗せますね」




 そう言って私は取り皿を取りに行こうとしたのだが、何故か高円寺は私の腰に回した手の力を強め、動けないようにされてしまったのだ。




「どうしたんですか?」


「・・・君の持っている、その皿の上に乗っている物で良いよ」


「え?でも、これ食べ掛けですよ?」


「それで良いよ」


「・・・そうですか?まあ良いですけど・・・ではどうぞ」




 私の食べ掛けをあげるのもどうかと思ったのだが、高円寺がそれで良いと強く言ってきたので、私はまあ良いかと思いながら持っていたフォークを高円寺に手渡そうとした。


 しかし高円寺は、笑顔のまま首を横に振ってそのフォークを受け取ってくれなかったのだ。




「ああそっか、私の使いかけのフォークじゃあ失礼ですよね。じゃあ新しいのを取りに・・・」


「いや、それで良いよ」


「え?でも・・・」




 この使いかけのフォークで良いと言われるのに、何故か受け取ろうとしない高円寺を私は不思議な気持ちで見つめる。




「詩音・・・そのフォークでその皿に乗っているサーモンを、私に食べさせてくれないか?」


「え?・・・えええ!?」


「君の誕生日パーティーでは結局食べれなかったし、私の実家では弟の瞳也に先を越されて食べれなかったからね」


「そ、それはそうですけど!でも・・・ここで!?」


「むしろ、ここでやって欲しいんだ」


「で、でも・・・」




 高円寺のその申し出に、私は激しく動揺してしまう。




べ、べつに雅也さんにやるのが嫌と言う訳では無いんだけど・・・さすがに全校生徒の集まっているこの会場内でやるのは・・・。




 私はそう思い、頬を引きつらせながらチラリと回りを見ると、皆こちらを遠巻きに見ながらこそこそと話をしていたのだ。


 そんな皆の様子に、私は乾いた笑いを口から溢しニコニコと微笑んでいる高円寺を見る。




「詩音、お願い」


「・・・はぁ~分かりました!一回だけですからね!」




 私は諦めたようにため息を吐き、そして動悸を早めながらフォークで皿に乗っていたサーモンを刺して高円寺の口元に持っていく。




「・・・はい、あ~ん」


「あ~ん・・・うん、確かに凄く美味しいね!」


「そうでしょう?じゃあ私ももう一枚・・・えっ?」




 なんとか高円寺の要望に応えた事にホッとし、私はもう一枚サーモンを食べようと皿にフォークを近付けた。


 しかしその手を高円寺に止められ、そしてそのフォークを奪われてしまったのだ。




「雅也さん?」


「お返しに、今度は私が詩音に食べさせてあげるよ」


「・・・ええ!?い、いや、良いですよ!!」


「遠慮しなくて良いよ・・・ほら、あ~ん」


「・・・っ!・・・あ、あ~ん」




 私が慌てて抵抗しようとする前に、高円寺は素早く私の持っていた皿からサーモンを一切れフォークで刺し、それを私の口元に持ってきたので、私は観念して顔を熱くさせながら口を開けそれを口に含む。




「詩音、美味しい?」


「・・・はい。美味しいです」




 高円寺に感想を聞かれたが、正直味なんて全く分からなかったのである。




「じゃあ今度は、あのローストビーフを食べさせ合おうか」


「へっ?いや、さっき私一回だけだと言いましたよね?」


「まあまあ、さあ行こうか」


「ちょ、ちょっと!雅也さん!!」




 結局私の抵抗も虚しく、その後も様々な料理をお互い食べさせ合う事になったのだ。


 するとそんな私達の下に、藤之宮を伴った響が近付いてきた。




「凄いね・・・さっきよりもラブラブ度が増して、誰も近付けなくなっているよ」


「本当にそう思いますわ。・・・お二人は、この会場内に他にも沢山の生徒がいるのを忘れてしまっているのかしら?」


「ひ、響!?麗香さん!?」


「ふふ、二人共羨ましいだろう?」


「うん!羨ましい!」


「う、羨ましくなんてありませんわ!!」




 高円寺の言葉に響は素直に頷き、藤之宮は眉をつり上げ必死な形相で否定したのだ。




「ねえねえ麗香ちゃん、僕達もあれやろうよ!」


「え?あれって・・・」


「お互いに、あ~んするあれだよ」


「なっ!そ、そんな事出来る訳ありませんわ!!」


「え~やろうよ~!!」


「私はやらないと言ってますでしょう!そんなにやりたいのなら、一人でやられればよろしいですわ!!」


「いや、それじゃあ~んの意味無いから」


「そ、そんな事私には関係ありませんわ!!」


「まあまあ、やろうよ~!」


「やりませんわ!!・・・もう私は向こうに行きますわ!!」


「あ~麗香ちゃん待って!」




 響の要望に顔を赤くさせながら拒否し続けた藤之宮は、とうとう顔をつんと背け会場内に早足で去っていってしまった。


 それをクスクス笑いながら、響は笑顔で追い掛けて行ってしまったのだ。


 そんな嵐のようにあっという間に去っていった響達を、私はただただ呆然と見送っていたのだった。






 そうして今年のクリスマスパーティーは終わったのだが、後で響に聞いた話、どうも去年コサージュを交換した私と高円寺が今年はラブラブ?のカップルで参加していた事で、伝説を信じた男女が続出して、今年はいつも以上にコサージュを交換する人達が多かったようだと聞いたのである。

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